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白リン弾の使用について基礎知識と提言:再び白リン弾を使用し始めたイスラエル

JSF軍事/生き物ライター
SNS投稿動画より2023年10月11日、レバノン国境でIDFが使用した白リン弾

 2023年10月7日からイスラエル南西部のガザ地区を支配する武装組織ハマスがイスラエルに先制攻撃を行い戦争状態になりました。奇襲を受けたイスラエルは民間人が大量に殺傷される大損害を受け、報復反撃で大規模な地上戦が直ぐにでも開始されそうな情勢です。またレバノンの武装組織ヒズボラもハマスに同調してイスラエルを攻撃する動きを見せています。ただしヒズボラは戦闘準備をしていなかった模様で、イスラエル北部のレバノン国境で直ぐに大規模戦闘になる兆候はまだありません。

 イスラエル軍の地上部隊によるガザ逆侵攻はまだですが、既にガザへの空爆と砲撃が始まりました。その中で155mm榴弾砲からM825A1白リン弾の使用がガザとレバノン国境で確認されています。イスラエル軍による白リン弾の使用は2009年以来で14年振りです。このままガザで大規模な地上戦が始まると、白リン弾は大量使用されてしまうのでしょうか? ただし今回は過去の例に無い熾烈な市街戦に発展する恐れがあり、イスラエル軍は過去の戦いとは全く違う戦法を選択する可能性もあります。

 そこで最近20年間の世界での焼夷兵器の使用例について再確認して見ましょう。

最近20年間の焼夷兵器の使用例

  1. 2004年 イラク・ファルージャ(アメリカ軍:白リン弾)
  2. 2009年 パレスチナ・ガザ(イスラエル軍:白リン弾)
  3. 2011年~シリア内戦(シリア軍とロシア軍:テルミット及びナパーム)
  4. 2014年~ウクライナ東部侵攻(ロシア軍:テルミット)
  5. 2020年 ナゴルノカラバフ(アゼルバイジャン軍:テルミット)
  6. 2022年~ウクライナ全面侵攻(ロシア軍:テルミット)
  7. 2023年~パレスチナ・ガザおよびレバノン国境(イスラエル軍:白リン弾)

 合計で7事例、5カ国で使用、うち3カ国では現在も継続使用中。製造者はアメリカとロシア。使用量で最多はロシアと推定されます。

※ファルージャでの白リン弾使用が報道され始めたのは戦闘から1年後の2005年11月から。

※シリア、ウクライナ、イスラエルでの使用は現在も継続中。

※厳密にはM825A1白リン弾は発煙弾として設計されている為、特定通常兵器使用禁止制限条約の第三議定書(焼夷兵器の使用の禁止又は制限に関する議定書)で禁止対象とされる焼夷兵器には該当しない。詳細は後述。

※M825A1白リン弾:アメリカ製、155mm榴弾砲用のクラスター白リン発煙弾。

※9M22S焼夷ロケット弾:ロシア製、BM-21グラド多連装ロケット用のマグネシウム-テルミット系のクラスター焼夷ロケット弾。

※RBK-250 ZAB-2.5焼夷爆弾:ロシア製、航空機用でテルミット系のクラスター焼夷爆弾。より大きなRBK-500親爆弾にZAB-2.5焼夷子弾を収納した大型版「RBK-500 ZAB-2.5」もある。

※他に推定ロシア製の型式不明のナパーム弾(ゼリー状の油脂系焼夷弾)らしき焼夷弾の使用が2015年9月にシリアで確認。

※クラスター型はどれも使用時の見た目が似ているが識別は可能。

※テルミットの燃焼温度:2000~3000度。マグネシウムも同様。

※ナパームの燃焼温度:900~1300度。

※白リンの燃焼温度:800~1000度。

※白リン(白燐)の表面にごく微量の赤リン(赤燐)の膜が覆われると薄く黄色みがかった色となり黄リン(黄燐)と呼ばれるが、主成分は白リンと黄リンは同じもの。

※白リンは英語で「White Phosphorus」、軍隊ではWPという略称で呼ばれる。

M825A1白リン弾の条約上の扱い

(b)焼夷兵器には、次のものを含めない。

(i)焼夷効果が付随的である弾薬類。例えば、照明弾、曳(えい)光弾}、発煙弾又は信号弾

出典:焼夷兵器の使用の禁止又は制限に関する議定書(議定書Ⅲ) - 長崎大学RECNA

※M825A1白リン弾は発煙弾として設計されているので禁止対象とされる焼夷兵器には該当しない。つまり現状では使用に規制が無い。

※特定通常兵器使用禁止制限条約の第三議定書(焼夷兵器の使用の禁止又は制限に関する議定書)の原文はUNDOA(国連軍縮部)の「Incendiary Weapons」から”PROTOCOL ON PROHIBITIONS OR RESTRICTIONS ON THE USE OF INCENDIARY WEAPONS (PROTOCOL III)”を参照。

※2005年11月から白リン弾の使用を批判するキャンペーンが西側の反戦平和団体やメディアなどから始まったが、対人地雷やクラスター弾と異なり条約で規制強化する動きには至らなかった。

白リンの煙について

Casualties from WP smoke have not occurred in combat operations.

「WP(白燐)煙による死傷者は戦闘作戦では生じていません。」

There are no reported deaths resulting from exposure to phosphorus smokes.

「白燐煙への曝露による死亡例は報告されていません。」

Generally, treatment of WP smoke irritation is unnecessary. Spontaneous recovery is rapid.

「一般に、WP(白燐)煙は炎症の治療は不要です。自然回復は早い。」

出典:White Phosphorus (WP) - GlobalSecurity

※出典のグローバルセキュリティの記事の内容は2005年11月に追記される形で作成されたもの。イラクのファルージャ戦(2004年)でアメリカ軍が白リン弾を使用したことが約1年後の2005年11月から報道され始めて、イタリア国営放送RAIが白リン弾の煙についてまるで毒ガスであるかのような誤報を流したことへの対処。

※白リンが燃焼すると五酸化二リンを生成、この時に白煙が生じる。

※五酸化二リンは十酸化四リンと記述する場合があるが同じものを指す。

※これはあくまで煙の影響についての話であり、直撃した場合の話ではない。

白リンと水の関係

  1. 白リンの炎は空気を遮断すれば消えるので、白リンは水中保存する。
  2. ただし圧力の高い棒状の放水での消火は飛散する場合があり非推奨。
  3. このため水を使った消火では霧状の放水など飛散し難い方法が推奨。

※2が勘違いされて「白リン火災の消火では水が使えない=水で消せない」という誤解が一部で広まっている。

※しかし1で既に明らかのように水で白リンの炎は消せる。丸ごと水に漬けられるなら安全に消火できるし、圧力の低い流水を当て続けても問題はない。

関連リンクと提言

※2005年11月から白リン弾の使用を批判するキャンペーンが西側の反戦平和団体やメディアなどから始まった結果、白リン弾は実態から遠くかけ離れた凶悪な兵器に「悪魔化」されてしまい、有名になり過ぎて、燃えて光っている兵器は何でもかんでも白リン弾だと決め付けられてしまうようになってしまった。

※アメリカ製のM825A1白リン弾は発煙弾として設計されているので殺傷力が比較的低い(ただしあくまで比較の話で、焼夷効果は付随的だが殺傷力そのものはある)のに騒がれて、攻撃用に設計された殺傷力の高い本物の焼夷弾であるロシア製の9M22S焼夷弾があまり騒がれないという、逆転現象が起きてしまっている。

※このためロシアは自分が使用している9M22S焼夷弾のことを棚に上げて、相手が使っていなくても「相手が白リン弾を使用した」と決め付けるプロパガンダの宣伝を行うようになってしまった。西側の反戦平和運動が悪用されてしまっている。

※ウクライナも「ロシア軍が白リン弾を使用した」とわざと誤報を流すのを止めて、「ロシア軍がM825A1白リン弾よりも殺傷力が高い条約違反の9M22S焼夷弾を使用した」と事実を発表すべき。西側の反戦平和運動を悪用すべきではない。

※メディアは焼夷兵器の正体が分からない場合には拙速に白リン弾と決め付けずに、対象範囲が広い表現の「焼夷弾」や「焼夷兵器」と報道すべきである。

※M825A1白リン弾は発煙弾なので条約違反兵器ではない。条約違反兵器と呼ぶことは誤報になるので止めるべき。

※M825A1白リン弾は発煙弾であり非人道兵器と呼ぶことは推奨されない。明らかに一般的な通常の榴弾を撃ち込んだ方が殺傷力は遥かに高い。もしも白リン弾が非人道兵器であるならば、通常の榴弾や爆弾はいったい何と呼べばよいのか。

※特定通常兵器使用禁止制限条約の第三議定書(焼夷兵器の使用の禁止又は制限に関する議定書)を改正し、M825A1白リン弾を対象に含めるようにすべきという意見については、尊重されるべきである。しかし2005年11月から白リン弾の使用を批判するキャンペーンが始まったにもかかわらず、18年が経過してそのような動きが何も無かったのは何故か?

※条約上はせいぜいグレー扱いのアメリカ製M825A1白リン弾について大騒ぎしていながら、明らかに条約規制対象であり完全なブラックであるロシア製9M22S焼夷弾についてあまり騒がれていないのは何故か?

※再びイスラエルがガザ紛争でアメリカ製M825A1白リン弾を使用し始めたが、これを批判する一方で、シリアとウクライナで今も使用が継続しているロシア製9M22S焼夷弾について黙っているならば、その態度は二重規範であり、改めるべき。今からでもよいので、焼夷兵器によって焼かれ続けているシリアとウクライナの現状に目を向けて欲しい。

M825A1白リン弾と9M22Sクラスター焼夷ロケット弾の見分け方

 ウクライナでロシア軍が使用した9M22S焼夷弾の動画をガザでイスラエル軍が使用したM825A1白リン弾だと称するフェイクニュースが出回り始めてるので注意。なお使用時の見た目はよく似ているが差異はあるので見分けることは可能。

  • 9M22S焼夷弾に内蔵された9N510焼夷子弾は小さく数が多い。
  • 9M22S焼夷弾に内蔵された9N510焼夷子弾はマグネシウム-テルミットで燃焼温度が高く、白く光り輝く。(炎の色は高い温度順に白>黄>橙>赤)
  • M825A1白リン弾は発煙弾なので煙が大量に出る。

M825A1白リン弾:2023年10月11日レバノン国境、イスラエル軍

※TOP画像はこちらの投稿からのキャプチャ。IDFは「Israel Defense Forces:イスラエル国防軍」の略称。イスラエル北部のレバノンとの国境線の付近でヒズボラとの戦闘(2023年10月11日の撮影時は小競り合い)

9M22S焼夷弾:2023年10月12日アウディーイウカ、ロシア軍

※アウディーイウカはウクライナ勢力下の東部ドネツク州の都市で、ロシア軍が包囲を仕掛けようと攻勢中(2023年10月12日現在)

軍事/生き物ライター

弾道ミサイル防衛、極超音速兵器、無人戦闘兵器、オスプレイなど、ニュースに良く出る最新の軍事的なテーマに付いて解説を行っています。

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