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イスラエル軍が六塩化エタン(HC)発煙弾を使用か:白リン弾ではない

JSF軍事/生き物ライター
イスラエルのエルビット社の資料よりM150六塩化エタン(HC)発煙弾

 白リン弾ほど不当に「悪魔化」された兵器は他にありません。18年前の2005年から実態を遥かに上回るデマが数多く流され続けています。今でも「白リン弾は4000度で燃える」などという荒唐無稽な報道が大手メディア※にすら掲載されている有様です。しかし実際のM825A1白リン弾の燃焼温度は800度ほどです。4000度もの高温はテルミット焼夷弾ですら出せません、非現実的な数字です。

※問題の報道:骨まで燃やす「悪魔の武器」…「イスラエルが白リン弾使用」:中央日報日本語版(2023年11月2日) ←筆者解説コメント

 白リン弾は西側の反戦平和運動と報道によって「悪魔化」された結果、今では光るものが沢山降ってきたら何でも白リン弾扱いされてしまい、白リン弾よりも殺傷力が高いテルミット焼夷弾が白リン弾呼ばわりされてしまう非常におかしな事態となってしまっています。

イスラエル軍のガザ侵攻と白リン弾

【関連】白リン弾の使用について基礎知識と提言:再び白リン弾を使用し始めたイスラエル(2023年10月13日)

 2023年10月7日からハマスの奇襲攻撃で始まったガザ紛争でイスラエル軍が反撃作戦「ハラヴォート・バルゼル(英語名ソーズ・オブ・アイアン)」を発動。イスラエル軍は再びM825A1白リン弾(発煙弾)を使用し始めました。ただし現状では2009年のガザ紛争「オフェレット・イェツカー(英語名キャスト・レッド)」作戦の時のような白リン弾の大量使用は行われておらず、ハマス相手のガザ地区への砲撃で極少数の使用と、ヒズボラ相手にレバノン国境で野外での使用が若干確認された程度です。

 そして2023年10月末から11月初めに掛けて遂にイスラエル軍がガザ市街への本格的な地上侵攻を開始し、ハマスとの大規模交戦が始まりました。その中で「白リン弾が使用された」という報告が幾つかあるのですが、映像をよく見るとM825A1白リン弾の特徴ではありませんでした。

 今度は煙が出ていたら何でもかんでも白リン弾呼ばわりされてしまっています。白リン弾の「悪魔化」報道が行き過ぎた結果、別種の発煙弾ではないかと疑う発想が無いのです。そして「敵が悪魔の兵器を使用した」と宣伝する狙いです。それが事実であろうとなかろうと・・・

ガザ北部アル・シャテイ難民キャンプに撃ち込まれた「発煙弾」

 発煙弾(Smoke Projectiles)は様々な種類の成分のものがありますが、代表的なものは以下の特徴を持ちます。これは155mm榴弾砲から発射する発煙弾の場合です。

  • M825A1発煙弾・・・白リン(白燐)。真っ白い煙。発煙体を116個内蔵。
  • M116発煙弾・・・六塩化エタン(HC)。やや灰色の煙。発煙体を4個内蔵。
  • M150発煙弾・・・六塩化エタン(HC)。やや灰色の煙。発煙体を5個内蔵。

 どれも空中で起爆し拡散しますが内蔵された発煙体の数が大きく違いますし、発煙体1個当たりの大きさが違うと煙が出る持続時間が違ってきます。また成分の違いで煙の色も違ってくるので見分けることが可能です。なおM825A1とM116は古いアメリカ製、M150は新しい設計のイスラエル製(エルビット社)です。

空中の煙の筋は4本:M116六塩化エタン(HC)発煙弾の特徴と一致

駐日パレスチナ常駐総代表部の投稿動画よりキャプチャ
駐日パレスチナ常駐総代表部の投稿動画よりキャプチャ

ガザ北部アル・シャテイ難民キャンプに撃ち込まれた「発煙弾」別視点

煙の色はやや灰色:六塩化エタン(HC)発煙弾の特徴と一致

ハマス系報道機関QudsニュースよりSNS投稿動画からキャプチャ
ハマス系報道機関QudsニュースよりSNS投稿動画からキャプチャ

 ガザの報告者は白リン弾だと主張していますが、映像を見る限りこの発煙弾の特徴は六塩化エタン(HC)発煙弾の方に合致していると分析できます。発煙弾はまだ他にも様々な種類があるので、これが六塩化エタン(HC)発煙弾だと断定するにはまだ早いかもしれませんが、少なくともM825A1白リン弾の特徴(真っ白い煙、発煙体は100個以上を内蔵)とは全く異なるので、白リン弾ではない別種の発煙弾だと言うことはできると思います。

 アル・シャテイ難民キャンプ(Al-Shati refugee camp)はガザ市の中部の海寄りですが、現時点(2023年11月2日)ではまだ歩兵の接近戦闘には発展していません。しかし基本的には発煙弾は歩兵の突入を支援する使い方です。つまりイスラエル軍の意図はおそらくですが、住民に出て行けという、嫌がらせや警告の意味での発煙弾を用いた砲撃なのでしょう。

追記:イスラエル軍のM150発煙弾の投入を確認:@berifilmer

SNS投稿画像より砲弾のラベルを拡大。155mm発煙弾、M150などと書かれている
SNS投稿画像より砲弾のラベルを拡大。155mm発煙弾、M150などと書かれている

 今回の戦場では発射前の砲弾でM150発煙弾が実際に確認されていますが、M116発煙弾は確認されていないので、「空中の煙の筋は4本だからM116発煙弾」とした事例は実際には煙が一部重なっていただけで、空中の煙の筋は5本であり、M150発煙弾だった可能性があります。

参考比較:2023年ガザ紛争での他の発煙弾の使用例

M825A1白リン弾(内蔵された発煙体は116個と数が多い)

クラスター弾ではなく六塩化エタン(HC)発煙弾の可能性

M150六塩化エタン(HC)発煙弾の可能性(光点が5個)

M116またはM150六塩化エタン(HC)発煙弾の可能性

 ガザの報告者はクラスター弾や白リン弾としていますが、2023年10月末以降の3例の映像はどれもM825A1白リン弾にしては光の点の数が少な過ぎるので、六塩化エタン(HC)発煙弾である可能性が高いでしょう。M825A1白リン弾は発煙体の内蔵数が116個と非常に多いので、10月12日の報告例のように、光の点ないし煙の筋の数が非常に多く見えていないとおかしいからです。

 現時点まで(2023年11月2日)、今回のガザ紛争「ハラヴォート・バルゼル」作戦でイスラエル軍は白リン弾の大量使用を控えて(若干は使用した)、別の種類の発煙弾を主に使用している可能性が高いと考えます。砲弾の残骸など決定的な証拠がまだ無く断定は出来ませんが、発煙弾が使用された映像の様子からM116ないしM150といった六塩化エタン(HC)発煙弾の可能性が高いのではないかと思われます。(追記:上述のようにイスラエル軍のM150発煙弾の投入を確認)

 イスラエル軍はおそらくですが、今回はM825A1白リン弾を大量使用する意思は無く、エルビット社に開発させた新型のM150六塩化エタン(HC)発煙弾を主に使用するのではないかと予想します。既に夜間に発煙弾と照明弾を同時併用する戦法で、M150発煙弾らしき5個の纏まった光る点(発煙体と推定)が飛来する様子が複数例、確認されています。

  • ※六塩化エタン(HC)・・・HCはHexachloroethane(ヘキサクロロエタン)の略。ヘキサが6の意味、クロロが塩化(塩素、クロリン)、エタンは石油を分留することで得られる炭化水素の一つ。六塩化エタンはエタンの水素が全て塩素に置き換わった化合物。
  • ※発煙弾と照明弾を同時併用・・・2009年のガザ紛争「オフェレット・イェツカー」作戦でも夜間作戦で行われていた戦法。同時併用すると煙で光が散乱しハレーションを起こし目晦まし効果が高まると言われている。
  • ※M485A2照明弾・・・内蔵された発光体は1個でパラシュート付き。マグネシウム粉と硝酸ナトリウムが照明剤の主成分。燃焼中に煙も出るが発光が主体。
  • ※M825A1発煙弾・・・いわゆる白リン弾。内蔵された発煙体は116個で白い煙を出す。
  • ※M150発煙弾・・・イスラエルは白リン弾の使用を控えるために、新たに六塩化エタン(HC)を使用するM150発煙弾をエルビット・システムズ(Elbit Systems)社が開発した。内蔵された発煙体は5個でやや灰色がかった煙を出す。

M150六塩化エタン(HC)発煙弾 イスラエル、エルビット社製

イスラエルのエルビット社の資料よりM150六塩化エタン(HC)発煙弾
イスラエルのエルビット社の資料よりM150六塩化エタン(HC)発煙弾

発煙体を5個内蔵

イスラエルのエルビット社の資料よりM150六塩化エタン(HC)発煙弾
イスラエルのエルビット社の資料よりM150六塩化エタン(HC)発煙弾

追記:イスラエル軍はガザ市街でM150六塩化エタン発煙弾を使用し、市街地で白リン弾を使わない方針(2023年12月10日)

軍事/生き物ライター

弾道ミサイル防衛、極超音速兵器、無人兵器(ドローン)、ロシア-ウクライナ戦争など、ニュースによく出る最新の軍事的なテーマに付いて兵器を中心に解説を行っています。

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