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雑誌に書いてあった「日本人は減塩しても血圧が下がらない」は本当?【医学論文に訊いてみた】

黒澤恵(Kei Kurosawa)医学情報レポーター

「食塩感受性」って何?

最近出たビジネス雑誌をパラパラと見ていたら、日本人では「減塩には大して血圧を下げる効果がない」と書かれていました。

日本人には「塩の取り過ぎで血圧が上がる」(食塩感受性の高い)人が少ないからだそうです。

では本当に、食塩感受性が低い人は減塩しても血圧は下がらないのでしょうか?

答えは「No」。

人間が頭で考えた理屈どおりにことが運ばないのが、人体そして医学の面白いところ。

「論より証拠」。簡単にご紹介させてください。はるか昔、2001年の論文です [文末文献1]。

「食塩感受性」の高低を問わず減塩で血圧は低下した

米国に住む、軽症高血圧の約400人を、1日食塩摂取量「6mg未満」「6mg以上」の2群に分けて観察してみました。白人と黒人の数はほぼ半々です。

するとその結果、食塩感受性が高い(塩で血圧が上がりやすい)とされている黒人と同程度に白人でも、1日食塩摂取量「6 mg未満」で血圧は下がっていたのです。

この試験は「ダッシュ(DASH)ナトリウム試験」という名で知られています。ランダム化比較試験というバイアスのかかりにくい方法で実施されたため、信頼性は高いと考えられています。論文が掲載されたのは「ニューイングランド医学誌」という、臨床医学では最も信頼されている学術誌。

高血圧を専門にしているドクターで知らない人はいない試験です。

それはさておき、減塩すれば血圧感受性とやらが高かろうが低かろうが、血圧はきちんと下がったのです。

東アジア人も減塩すれば血圧は下がることは証明ずみ

私たちアジア人の「食塩感受性」は白人と黒人の中間だと言われています。

アジア人でも同じように減塩(ナトリウム制限)で血圧は下がるのでしょうか?

「下がります」

2021年に中国から報告された臨床試験をご紹介します。この研究も先述の「ニューイングランド医学雑誌」に掲載されました。つまり「信頼性は高い」ということです [文末文献2]。

ナトリウム25%カットだけで血圧低下

試験の名前はSSaSS。「代替塩と脳卒中試験」の英語頭文字を並べたものです。

対象は中国に住む、上の血圧(収縮期血圧)が「140 mmHg以上」(高血圧)だった60歳の人たち約2万。

この人たちを住む村ごとに「普通の塩」を使う村と、塩に含まれるナトリウムの25%をカリウムで置き換えた「代替塩」を使う村に分け、気の長いことに4.7年間も観察を続けました。

するとナトリウム摂取が「通常塩」に比べ4分の3になる「代替塩」村では、「通常塩」村に比べ、観察期間を通じて収縮期血圧は平均3.5 mmHg近く低下していました。

私たち東アジア人でもナトリウム制限で血圧は下がったのです。

ナトリウム制限で長生きも

ナトリウム制限は血圧を下げるだけではありませんでした。

ナトリウムを制限した「代替塩」村では「通常塩」村に比べ「脳卒中」を起こすリスクが相対的に14%低下、「脳卒中や心筋梗塞、血管病による死亡」のリスクも13%低下、そして何より「死亡」のリスクも相対的に12%減っていたのです。

万国著作権条約にのっとり引用
万国著作権条約にのっとり引用

論より証拠

いかがでしたか?

白人、黒人、東アジア人を問わず、減塩/ナトリウム制限をすれば血圧が下がるという「エビデンス」をご紹介しました。

ちなみに、「食塩感受性」というのはまだ仮説の域を出ていません。「存在しない」と主張する学者もおり、現在でも議論は続いています [文末文献3]。

医学界にはさまざまな仮説があり、それを裏付ける多くの実験データもあります。でも実際に臨床試験をやってみると、その仮説が裏切られることは珍しくありません

論より証拠

雑誌に登場する「専門家」の間では評判のよろしくない「減塩/ナトリウム制限」ですが、今回ご紹介したように、人種を問わず血圧を下げ、東アジア人では心臓や脳の血管疾患を減らすことが臨床試験で証明されています。

私見と試験、どちらを信じます?

雑誌記事については次のような論文紹介記事も書いています。こちらもぜひお読みください。今回も最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。

ではまた!

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今回ご紹介した論文

減塩すれば黒人、白人を問わず血圧は下がる(ダッシュ・ナトリウム試験)

ナトリウム25%減少塩で、東アジア人の血圧は下がり、脳卒中や死亡も減る(SSaSS試験)

ナトリウム摂取と高血圧(解説)

本記事は医学論文の紹介です。データの解釈は論者により異なる場合もあります。またこの論文の内容を否定する論文が存在する可能性も皆無ではありません。あくまでも「参考」としてご覧ください。

医学情報レポーター

医療従事者向け書籍の編集者、医師向け新聞の記者を経てフリーランスに。15年以上にわたり新聞社系媒体や医師向け専門誌、医療業界誌、会員向け情報誌などに寄稿。近年では医師向け書籍も共著で執筆。国会図書館収録記事数は3桁(含筆名)。日本医学ジャーナリスト協会会員(。

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