Yahoo!ニュース

コレステロールが「低い」と「下げる」は別物。「コレステロール低下治療で長生き」は証明ずみ

黒澤恵(Kei Kurosawa)医学情報レポーター

何人かの読者からご質問をいただいたので、番外編的に書かせていただきます。

テーマは「コレステロール」。オジサン雑誌は「高くても良い」が大好きです。本当でしょうか?

実際にデータを見てみよう

よく引き合いに出されるのが、茨城県の観察データです。

40歳以上の約9万人を10年ほど観察したところ、観察開始時の悪玉コレステロール(LDLコレステロール)が「低い」(80 mg/dL未満)の人たちでは「高い」(80 mg/dL以上)人たちに比べ、「脳出血による死亡」のリスクが高くなっていたのです [文末文献1] 。

しかしこれだけではコレステロールが「もともと低い」のが脳出血リスクを上げているのか、はたまた「下げた」からリスクが上がったのか、分かりません

そこで研究者たちは上のデータを、コレステロール低下薬を「飲んでいない人」だけで解析してみました。

結果は同様。つまりLDLコレステロールが「80 mg/dL未満」だった人たちは「140 mg/dL以上」だった人たちに比べ、「脳出血による死亡」リスクはやはり高くなっていました。

薬も飲んでいないのにコレステロールが極めて低い。一体どんな人?

しかし、です。コレステロールを下げる薬も飲んでいないのに「LDLコレステロールが80 mg/dL未満」ってどういう人たちでしょう?スタチンなどのコレステロール低下薬を飲まれている方はお分かりだと思いますが、決して達成が楽な数値ではありません

一般的に指摘されるのは、こういうLDLコレステロール低値の陰に、栄養失調が隠れている可能性です。しっかり食べられない、あるいは栄養の偏った食事しかとれない、そういう人たちでLDLコレステロールが下がっているというわけです。

そりゃ血管は脆くなり、破れやすくもなるでしょう。脳出血で死亡する方が増えるのも納得ですし、血管系の疾患で死亡するリスクが上がるのも当然です(事実、上がっていました)

コレステロール低下薬を飲んでいた方が脳出血死亡のリスクは低かった

さて茨城県の観察研究に戻りましょう。

研究者たちはさらに、「LDLコレステロールを下げた場合」の脳出血死亡リスクも調べています。

その結果を見ると、コレステロール低下薬を「飲んでいる」人は「飲んでいない人」に比べ、脳出血で死亡するリスクは「半分以下」になっていました。

つまり、高いコレステロールは下げたほうが血管にとって良い結果をもたらしたのです。

決して「コレステロールは高くても良い」わけではありません。

「もともと低い」と「下げた」は違う

このようにコレステロールが「もともと低い人」と「下げた人」をごっちゃにしてしまうと真実が見えにくくなってしまいます。

「うつ」の話も同様です。

コレステロールがもともと低い人では「うつ」が多いという報告はあります。

なのでスタチンというコレステロール低下薬が出始めたころ、「スタチンがうつを増やすのではないか」という危惧は当然、多くの医師が持っていました(ただしその後、LDLコレステロールは高い方が「うつ」のリスクも上がるという研究が報告されています [文末文献2] 。

しかし、一昨年、この懸念を払拭するデータが報告されました。

スタチンが「うつ」に与える影響を調べた観察試験データを併合したところ、「うつ」には悪影響も好影響も与えないことが明らかになったのです。約500万人のデータですから、信頼性も高いでしょう [文末文献3]。

スタチンで総死亡も低下

コレステロールが「もともと低い人」と「下げた人」をごっちゃにしたもう一つの実例が「死亡」リスクです。

先述の通り「コレステロールが低いと早死に」の裏には、栄養失調が隠れていることがあります。

さらにコレステロール低値は「がん」の患者さんでもよく見られます。がんが成長するためにコレステロールを大量に消費するからです。

その結果、何もしていないのにコレステロールが低い人ではその後、「がん」が見つかる可能性が高くなります。当然、死亡率は上がります。

一方、「コレステロールが低い」ではなく、「コレステロールを下げた」場合はどうでしょう?

死亡リスクは減ります。これは証明されています。

スタチンと偽薬(見た目はスタチンだが薬効はない)を比較した3つの無作為化二重盲検試験*(約2万人)を併合したところ、スタチンを飲んでいる群では偽薬群に比べ、平均4.5年間(最長7.1年間)の死亡リスクは相対的におよそ10%低下していました。なお、スタチン群で増えていた死因はありませんでした [文末文献4] 。

スタチンでコレステロールを下げると長生き」していたのです。

無作為化試験:比較する群にくじ引きで振り分ける試験。人為性が排除されるため各群の患者特性が等しくなる。そのため、純粋に治療効果を比較できる。
二重盲検試験:自分たちが実薬を飲む群なのか偽薬群なのか、患者にも医師にも分からないようにした試験。どちらかの群だけエコ贔屓することが不可能なため試験の公平性が守られる。また患者の「気分」に対する影響を実薬と偽薬間でなくすことができる。

これでお分かりでしょうか。「コレステロールが低い」と「コレステロールを下げる」はまったく別の話なのです。

この点を「ごっちゃにした話」を盲信して脳卒中や心筋梗塞で倒れたら、被害を被るのはあなたです。「ごっちゃにした話」の著者や編集者は責任をとってくれません

なお、コレステロールについては次のような論文紹介記事も書いています。こちらもぜひ、ご覧ください。

今回も最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。ではまた、週末に!

今回ご紹介した論文

  1. LDLコレステロール値が低いと脳出血死亡のリスクが上がる。一方、コレステロール低下薬で脳出血死亡リスクは低下
  2. LDLコレステロール値が高いと「うつ」になりやすく重症化やすい
  3. スタチンは「うつ」に悪影響も好影響も及ぼさない
  4. スタチンで総死亡リスクは低下。増加した死因もなし

本記事は医学論文の紹介です。データの解釈は論者により異なる場合もあります。またこの論文の内容を否定する論文が存在する可能性も皆無ではありません。あくまでも「参考」としてご覧ください。

医学情報レポーター

医療従事者向け書籍の編集者、医師向け新聞の記者を経てフリーランスに。15年以上にわたり新聞社系媒体や医師向け専門誌、医療業界誌、会員向け情報誌などに寄稿。近年では医師向け書籍も共著で執筆。国会図書館収録記事数は3桁(含筆名)。日本医学ジャーナリスト協会会員。

黒澤恵(Kei Kurosawa)の最近の記事