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オジサン雑誌が喧伝する「製薬会社が高血圧患者を作り出している」は本当か?医学の歴史を振り返ってみた。

黒澤恵(Kei Kurosawa)医学情報レポーター

放置していると、将来ツケが回ってくるのが「高血圧」

「コレステロール」と並んでオジサン雑誌が好きなのが「血圧」です。

大抵、「高くても心配ない。薬で下げるとよくないぞ!」が結論です。

本当でしょうか?

まず下のグラフを見てください。

万国著作権条約にのっとり引用
万国著作権条約にのっとり引用

血圧別に見た「その人が将来、心臓血管系疾患(心筋梗塞や脳卒中)で死亡するリスク」です。少なくとも74歳までは、血圧が上がるほどこれらの疾患で死亡するリスクは高くなっています

「高すぎる血圧」とは「放っておくと将来、ツケを払わされる血圧」です。

血圧が高くも元気な人はいます。でも来年には脳卒中で倒れているかもしれません。だから人間ドックで「いま健康な人」の血圧を調べても、あまり参考にはならないのです。

「高血圧は正常な加齢現象」と思われていたのは第二次大戦中まで

次のような説明もよく目にしませんか?

「歳をとれば血管が硬くなり、血液の流れが悪くなる。それでも脳などの重要な臓器に血液を届けなければならないから、血圧が上がる。歳をとって血圧が上がるのは自然な加齢現象だ」

という理屈です。

はい。第二次大戦中の世界的な内科学の教科書(セシル)には、そう書かれていました。今から80年近く前の医学常識です

それを信じて高血圧を放置し(血圧を下げる薬もなかった)、脳卒中でいきなり亡くなったのが、米国大統領だったルーズベルトです。

この死がきっかけとなり米国の医師の頭に「?」が浮かびます。

「血圧が高いのってもしかして悪い?」というわけです。

そこで米国のフラミンガムという町の人たちを長年観察してみたところ、やはり、高い血圧を放置すると脳卒中や心筋梗塞になりやすいことが分かりました。

とは言え、その高い血圧を下げれば脳卒中や心筋梗塞が減るか、その当時は不明でした。

「血圧を薬で下げると体に良い」は1960年代に証明ずみ

そこで1960年代、血圧のかなり高い人たち(下の血圧が115〜〜129 mmHg)を集めてきて、恐るおそる薬で血圧を下げてみました(VA研究) [文末文献1] 。

するとどうでしょう。薬を飲んで血圧を下げた人たちでは、下げなかった人たちに比べ、心筋梗塞や脳卒中などの血管病が確かに減っていたのです。

それだけではありません。「死亡」も減っていました。

「高い血圧は下げた方が良い」ことが証明されたのです。1967年のことです。

このVA研究ですが、少しでも「高血圧治療の歴史」を勉強したことがあれば、誰でも知っている有名な臨床試験です。逆に言えば、知らなければあまりに勉強不足と言わざるを得ないでしょう。

上を約140 mmHg近くまで下げた方が心臓・血管系の疾患は減ることも証明

そうなると次の疑問は、「血圧がどれほど高ければ降圧薬を飲むべきか」に移ります。

VA研究よりも血圧の低い人たちを集め、同じような試験が繰り返されました。

そして1991年、衝撃的な臨床試験が報告されます。その名はSHEP(シェップ) [文末文献2] 。

上の血圧が「160 mmHg」以上だった人たちの血圧を降圧薬で下げたところ、薬で血圧を下げなかった人たちに比べ、やはり脳卒中や心筋梗塞は大幅に減っていたのです。

万国著作権条約にのっとり引用
万国著作権条約にのっとり引用

そして世界保健機構(WHO)は、降圧薬群では上の血圧が「141〜144 mmHg」まで下がっていたのに注目しました。「ここまでは下げても良いのだな」と。

そしてこれを逆に「これ以上高いと心臓・血管系疾患のリスクも増える」と捉え直しザックリ、「上の血圧が140 mmHg以上で高血圧」と提唱したのです。

ほぼ同時期に出された米国の高血圧ガイドラインも、同じ理屈で「上の血圧が140 mmHgになったら高血圧」を採用しました。

オジサン雑誌が繰り返し書くような、製薬会社の出番はどこにもありません。

ただ、この基準変更は当時、日本ではかなりの衝撃を持って受け止められていました。「基準が厳しすぎるのではないか」というのです。

日本でも専門家の間で議論はあった

と言うのも、日本では長らく、何の根拠もなく「上の血圧は年齢プラス90までが正常」とされてきたからです。医学がデータ(エビデンス)ではなく「偉い先生の一言」で「基準値」を決めていた時代の名残です。

しかし上記のSHEP試験などが報告されるようになり、日本でもエビデンスに基づく高血圧ガイドラインが作られることになりました。2000年のことです。

この際、「上が140を超えたら高血圧」という基準に、疑問の声を上げる専門家がいたのは事実です。議論にもなりました。しかしどこを探しても、従来の「上が160を超えたら初めて高血圧」を支持するエビデンスはなかったのです。

その結果、日本でも「上が140以上で高血圧」に落ち着きました。

なお、このガイドライン作成にあたり製薬会社からのサポートがあったのは事実です。しかし彼らの関心は「高血圧の基準値」よりも「ウチの降圧薬を推奨してくれるか」にありました(そこの売り込みは熾烈でした)。

「製薬会社の陰謀で高血圧の基準値が引き下げられている」というのは、よく言っても「妄想」でしかありません。

以上、血圧値はすべて診察室で測定された血圧です。家庭測定の血圧なら「上が135 mmHg以上」で高血圧です。お間違いなきように。

まとめ

高血圧治療の歴史を簡単に振り返ってみました。

今の高血圧ガイドラインの推奨がすべて問題ないとは考えていませんが、一般論として「上が140 mmHg以上が高血圧」には、きちんと医学的根拠があることがお分かりいただけたと思います。

高血圧については次のような論文紹介記事も書いています。こちらもぜひ、お読みください。今回も最後までお付き合いいただきありがとうございました。ではまた!

今回ご紹介した論文

  1. 降圧薬を使って「115〜〜129 mmHg」だった下の血圧を下げると脳卒中や心筋梗塞が減った(VA研究)
  2. 「160 mmHg以上」だった上の血圧を140 mmHg近くまで下げると心臓や血管系の重篤疾患が大幅に減った(SHEP試験)

本記事は医学論文の紹介です。データの解釈は論者により異なる場合もあります。またこの論文の内容を否定する論文が存在する可能性も皆無ではありません。あくまでも「参考」としてご覧ください。

医学情報レポーター

医療従事者向け書籍の編集者、医師向け新聞の記者を経てフリーランスに。15年以上にわたり、新聞社系媒体や医師向け専門誌、医療業界誌、会員向け情報誌などに寄稿。近年では医師向け書籍も共著で執筆。国会図書館収録記事数は3桁。日本医学ジャーナリスト協会会員(含筆名)。

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