飲食店が理不尽な巻き添え! 「接待を伴う飲食店」が全く無神経な理由
「接待を伴う飲食店」の具体例
2020年6月3日、菅義偉官房長官が、新型コロナウイルス感染のリスクが高い場所として「接待を伴う飲食店」を挙げるのは誤解されるおそれがあるとして、キャバレーやナイトクラブといった具体的な業種を示しました。
誤解の理由は、接待という表現が取引先などとの食事と思われ、飲食店に客が訪れなくなるからであると説明しています。
私は以前に「接待を伴う飲食店」に関する記事を執筆し、当初「接客を伴う飲食店」が用いられていたことの問題点を指摘しました。
その時から状況が進展したので、改めて「接待を伴う飲食店」という表現について考えてみたいです。
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「接待を伴う飲食店」とは
まず「接待を伴う飲食店」とは何でしょうか。
産業別の経済活動を分析する際にも使用されるなど、日本で最も代表的な業種の分類に、総務省統計局の日本標準産業分類があります。
これによると飲食店は「中分類76」となっており、その下にぶらさがっている業種は以下の通り。ちなみに、この下にもさらに業種がぶらさがっていますが、当記事には必要ないので割愛します。
「接待を伴う飲食店」は、この分類の中には存在していませんが、推測や消去法からして「バー,キャバレー,ナイトクラブ」であることは確かです。
では、「接待を伴う飲食店」という言葉はどこからきたのでしょうか。
風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律、いわゆる風営法は、客を接待したり、店内に遊技施設を置いたりするなど、特殊な飲食店について定められた法律。特殊な飲食店が該当するのは風俗営業ですが、性風俗とは関係がありません。
ここに該当する飲食店は公安委員会に許可を得たり、届出を提出したりする必要があります。
そして風営法の中に「接待飲食等営業」という分類があるのです。
「客の接待をして客に遊興又は飲食させる営業」と記されていることから、「1号営業 料理店、社交飲食店」が「接待を伴う飲食店」であることは明白。
つまり、「接待を伴う飲食店」は、風営法で定義されるような特殊な飲食店なのです。
以降「接待を伴う飲食店」と区別するために、風営法に該当しない、料理やドリンクを主とする飲食店のことを「普通の飲食店」と記すようにします。
「接客を伴う飲食店」と混用されている
「接待を伴う飲食店」は、3月の終わり頃から新型コロナウイルスに感染するリスクの高い場所として挙げられるようになりました。
そして、意図的であるかどうかは不明ですが、国や自治体、および、メディアが「接待を伴う飲食店」ではなく、「接客を伴う飲食店」と表現する場面も多く見かけられるようになっています。
接待も接客も、相手をもてなすという意味を持ちますが、実際の使われ方には大きな隔たりがあるでしょう。
接待は相手を歓待する場を設けることです。これを接客という人はいません。
接客は、飲食店であれば、オーダーをとったり、料理を作ったり、ワインを注いだり、皿やグラスを下げたり、支払いの対応をしたりするような行為です。これらを接待とはいいません。
法的には、接待はどのように定義されているのでしょうか。
風営法では、歓楽的雰囲気を醸し出す方法により客をもてなすことであると定められており、警視庁の法解釈では、スタッフとの会話やサービスなどの慰安や歓楽を提供することであると述べられています。
以上のように、接待と接客は全く異なるものです。
したがって「接待を伴う飲食店」ではなく「接客を伴う飲食店」と表現すると、大きな問題に発展します。
なぜならば、「普通の飲食店」はどこも必ず接客を行っているので、「接客を伴う飲食店」と表現してしまうと「普通の飲食店」も含まれていると思われるからです。
そもそも「接客を伴う飲食店」という言葉は一般的ではありません。意図的に使用していれば悪質なので言語道断であり、意図せずに使用していれば認識を改める必要があります。
いずれにせよ、「接客を伴う飲食店」という表現は、関係のない「普通の飲食店」の風評被害につながるだけなので、絶対にやめるべきです。
接待がもつ響き
「接待を伴う飲食店」は風営法で現れる言葉なので使用されても仕方ありません。ただ、接待という言葉は、法的な用語と一般的な用語との間に隔たりがあるので、誤解を生んでしまいがちです。
さきほども述べたように、接待とは一般的に相手を楽しませる場を提供すること。そこに飲食店という言葉が加わると、会社の経費で訪れるような高級な飲食店という誤ったイメージが持たれてしまいます。
創造性の溢れる料理やワインのセレクト、独特のコンセプトや質の高いサービスに磨きをかけているファインダイニングのスタッフにとっては、客への接待をウリとする業態と混同されることに強い困惑を覚えているのです。
したがって、菅官房長官が「接待を伴う飲食店」の具体例を挙げたことは、「普通の飲食店」を守るための大きな一歩であるといってよいでしょう。
大切なのは、継続的にこのような表現ができるかどうかということ。
今後も国や自治体、メディアが「接待を伴う飲食店」という表現を用いる際には、必ず業種もあわせて、国民が間違いなくわかるように伝える必要があります。
「夜の街」や「夜の歓楽街」という形容
「接待を伴う飲食店」の枕詞として、もしくは、「接待を伴う飲食店」の代わりとして、「夜の街」や「夜の歓楽街」という表現が使われることがあります。
「夜の街」は辞書に掲載されていませんが、「普通の飲食店」および風営法で定義された飲食店が含まれているという印象があるでしょう。「夜の歓楽街」は飲食店だけではなく、遊技場などが集まる盛り場を意味する言葉です。
国や自治体が指摘しているのは、風営法で定義されている「接待を伴う飲食店」のはずですが、「夜の街」と「夜の歓楽街」は共に「普通の飲食店」も含む表現となっています。
これによって、大衆的な居酒屋やこだわりの逸品を提供する割烹、バイザグラスのワインが充実したビストロ、郷土料理がおいしいオステリアなども被害を受けているのです。
ちなみに、ここでいう「普通の飲食店」には、午前0時から午前6時にかけて酒類を主として提供する「深夜酒類提供飲食店」は除外されます。
「夜の街」や「夜の歓楽街」という言葉を使用してる側は、このような意図をもっていないかもしれません。しかし、自身の人生をかけて営業しているような「普通の飲食店」にとっては、少しでも消費者にとって心理的な負担になるような報道は甚だ迷惑なのです。
そもそも「夜の街」や「夜の歓楽街」といった言葉で、どの業種を表しているのかよくわかりません。風評被害を発生させる形容は許されるべきではないでしょう。
国や自治体はもちろん、特にメディアは、視聴者や読者を引きつけるだけの煽情的な言葉遊びには極めて慎重になってもらいたいです。
飲食店の声
匿名を条件に、割烹料理店や串揚げ店など複数の飲食店を経営するオーナーから話を聞きました。
「コロナ禍の以前から『スナック、キャバクラ』と『居酒屋、料理店』が、同じように飲食店と表現されることに疑問をもっていた」と述べます。
このような区分や報道について「知り合いのテレビや新聞の記者、業界団体に改善を求めてきた。しかし、残念ながら対応が全く進まなかった」ということです。
ここまで述べてきたように、「接客を伴う飲食店」の混用による誤解、接待というニュアンスが及ぼす影響、「夜の街」「夜の歓楽街」という曖昧な形容が与える心象が、「普通の飲食店」を苦しめてきました。
インタビューによれば、コロナ禍の前から「普通の飲食店」で疑問視されてきたということなのです。
「普通の飲食店」に被害を与えないために
「普通の飲食店」の側に立って述べてきましたが、消費者の側に立ってみても、私の主張は変わりません。
なぜならば、消費者にとっては、どの施設が新型コロナウイルス感染のリスクが高いかを正確に知ることが重要だからです。
どのような業種が危険あるのか間違いなく伝えることが、国や自治体、メディアの役割ではないでしょうか。
それにはやはり、しっかり特定できるように、具体的な業種を述べることであり、恣意的な報道がされないように注意を払うことです。
責任をとりたくないからか、何かに対して忖度しているのか、その理由はよくわかりません。浅薄な表現や何気ない形容が、「普通の飲食店」に極めて大きな損害を与えていることを、しっかりと認識することが非常に重要です。
日本が世界に誇る食
大手飲食店予約サービス「TableCheck(テーブルチェック)」は、5月25日に全国で緊急事態宣言が解除された後、飲食店の新規予約件数が2020年3月末水準まで回復したというデータを紹介しています。
飲食店がコロナ前の状態に完全に戻るのは、半年後や一年後などだいぶ先になることでしょう。しかし、緊急事態宣言が解除されてから、復調の兆しがみられたのは喜ぶべきことです。
平成28年経済センサスによれば、当記事でいうところの「普通の飲食店」は全国で約38.7万店あり、年間売上は約14.1兆円に上り、従事者数は約297万人もいます。
日本の主要な産業であり、世界に誇れる日本の食文化を紡ぎ出す「普通の飲食店」が理不尽な風評被害を受けることは、日本の経済にとっても食文化にとっても決してよいことではありません。
国や自治体、および、メディアは「接待を伴う飲食店」という表現が与える影響をしっかりと認識する必要があります。