安倍晋三内閣によるコロナ禍の「新しい生活様式」がたくさんの飲食店を殺す理由
政府が提言した「新しい生活様式」
2020年5月4日、安倍晋三首相は、新型コロナウイルスの感染拡大を受けて、緊急事態宣言を5月31日まで延長するとアナウンスしました。14日には全国39県に対して解除されましたが、東京や大阪、北海道など8つの都道府県では引き続き継続。
15日には東京都の小池百合子知事が休業要請の緩和に関するロードマップを発表しました。最初の段階「ステップ0」から最終段階「ステップ3」までの4段階があり、飲食店に対する休業要請の緩和は「ステップ2」の3段階目に位置づけられています。
また、安倍首相が延長を発表した4日には、コロナ禍における中長期的な対策として、政府の専門家会議から「新しい生活様式」の実践例も提言されました。
ソーシャルディスタンス(社会的距離)や会話、マスクや手洗いに関する「(1)一人ひとりの基本的感染対策」、体温測定などの「(2)日常生活を営む上での基本的生活様式」、買い物・娯楽、スポーツ等・公共交通機関の利用・食事・冠婚葬祭に関する「(3)日常生活の各場面別の生活様式」、テレワークや名刺交換に言及した「(4)働き方の新しいスタイル」といった4カテゴリから構成されています。
新型コロナウイルスの感染が拡大してから、初めてといってもよいほど、政府が公式に具体的かつ体系的に提示した行動指針です。
食事の実践例
この大きな枠組みにおいて、「(3)日常生活の各場面別の生活様式」の中では食事が取り上げられています。
その詳細は以下の通り。
これらの生活様式は自宅や飲食店に限らず、全てのシーンの食事において推奨されているものです。
自宅であればまだしも、飲食店にとって対応が難しいものがいくつかもあるように見受けられます。
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では、それぞれの項目が飲食店にとって、どのように厳しいものであるかについて考察していきましょう。
「持ち帰りや出前、デリバリーも」
緊急事態宣言が最初に発令されてから、短縮営業ではなく、通常営業の休止を選択する飲食店が増えました。店内における通常のレストラン営業を行わない代わりに、テイクアウトやデリバリーを始めた飲食店も少なくありません。
しかし、飲食店は本来、料理や飲み物だけではなく、店の立地やコンセプトからシェフの個性や経歴、スタッフの立ち居振る舞いや空間の装い、プレゼンテーションやサービスなどを含んだ、その時その場所における食体験を提供する業態。
弁当を提供したくて飲食店をオープンしたオーナーはいません。コロナ禍で営業が制限されているので、仕方なくテイクアウトやデリバリーを行っているだけです。通常の営業に比べれば売上は1割から3割くらいに激減しているので、このまま続けていくことは無理でしょう。
特に、客単価の高い特別な日に訪れるファインダイニングや予約の取れない稼働率が高い専門店、席数が多い大手企業の店であれば、なおさらのこと。
テイクアウトやデリバリーに舵を切ろうにも、客席やキッチンなど求められる造りが全く異なるだけに、効果化を図るのは難しいです。工事しようにも、時間の余裕も投資できるお金もありません。
短縮営業している飲食店も苦境であることは同様。
東京都では20時までの営業となっているので、客の滞在時間が短くなったり、回転数が少なくなったりしており、売上を伸ばすことができません。利益率の高い酒類提供は、19時までとなっているので、利益を上げることも難しいのです。
当初から会食の自粛が要請されていた飲食店は損害の影響が大きいといえます。2月の閑散期を乗り越え、ようやく3月と4月の歓送迎会の書き入れ時を迎えたにもかかわらず、それが全てふいになったので、まさに崖っぷちに立たされているといえるでしょう。
国や自治体、多くのメディアが「接待を伴う飲食店」を「接客を伴う飲食店」と表現したことから、料理やドリンクを主とした普通の飲食店が危険であるかのような風評被害がもたらされたことも留意しなければなりません。
政府がテイクアウトやデリバリーを公式に推奨するのであれば、飲食店をより手厚く保護するべきであると考えています。
「屋外空間で気持ちよく」
食事は屋外でした方がよいと述べられていますが、どれほどの飲食店が実践できるのでしょうか。
飲食店がテラス席を設置するためには各自治体の保健所で定められているルールに従わなければなりません。屋外客席設置届の届け出も必要です。
たとえば、東京都では以下のように定められています。
屋内の客席エリアと隣接していなければならないので、道路を挟んだ向かい側に設置することはできず、調理設備もつくることができません。衛生状態を確保するためにサラダバーなどのブッフェ形式やフリードリンクカウンターなども設置が不可能。テラスの客席数は店内の客席数以下にしなければならないのです。
このような条件があることに加え、家賃が高いこともあって、東京都ではテラス席を有する飲食店は決して多くありません。
食べログで調べてみると、東京都にある飲食店138922店のうち、「オープンテラス」を備えているのは、約3.28%にあたる4564店だけとなっています。※2020年5月17日現在
テラス席を推奨するということは、店内では食べない方がよいということ。テラス席を有する飲食店が少ないことを鑑みれば、ほとんどの飲食店で食べるなと述べているに等しいのではないでしょうか。
「大皿は避けて、料理は個々に」
大皿は避けて、料理は個々に盛るということは、ブッフェ専門のレストランは当然のことながら、サラダバーも推奨されないことになります。
シェアスタイルのダイナミックな料理をコンセプトにする飲食店も敬遠した方がよいということです。
大皿をコンセプトにしていても、客が自身でシェアするのではなく、スタッフがワゴンの上で切り分けたり取り分けたりするゲリドンサービスを採用すればよいかもしれません。しかし、大きなワゴンが通れる通路を有する飲食店は少ないです。また、ゲリドンサービスは手間がかかってしまうので、あまり現実的ではないといってよいでしょう。
ブッフェレストランは引き続き極めて厳しい局面を迎えており、ダイナミックな大皿スタイルの飲食店もコンセプトを変えなければならないような危機的な状況にあるといえます。
「対面ではなく横並びで座ろう」
対面ではなく、横並びで座ることを推奨していますが、これも飲食店にとっては非常につらいところです。
カウンター席がほとんどを占めているようであれば、問題なく対応できるかもしれません。しかし、テーブル席が中心であれば難しい面があります。
なぜならば、もともと三密を避けるために隣とひとつ席の間隔を空けていることが多いからです。最もオーソドックスな2人x2列の4席テーブルには、隣席にも対面席にも座ることができなくなるので、厳密に従えば1人しか座ることができなくなってしまうのではないでしょうか。
多くの地域では5時から20時までと、短縮営業が行われています。これに加えて客席数が半分どころか4分の1になってしまっては、売上を増やしていくのはほぼ不可能です。
「料理に集中、おしゃべりは控えめに」
飲食店は、人間の本能のひとつである食欲を満たすためだけに存在しているのではありません。
大切な記念日にファインダイニングを予約したり、ここぞというデートの時にムードのある人気店に訪れたり、友人とリラックスして寛げる店に足を運んだりと、食べ飲みするだけでは味わえない食体験を得るために利用されるものです。
考え尽くされたコースやバラエティ溢れるアラカルトに舌鼓を打ちながら、お酒を嗜みます。そして、料理やドリンクと並んで重要になるのが同席者との会話。同席者との会話がテーブルの雰囲気を醸造したり、前菜の隠し味やメインディッシュの薬味となったり、ワインの味わいを深めたりします。
同席者との会話はもちろん、スタッフとの会話も大切です。
サービススタッフにオススメのメニューを訊いたり、食べた料理の感想を述べたり、ソムリエに好みのお酒を選んでもらったり、ワインにまつわる知見を披露してもらったりと、スタッフとの会話も楽しみのひとつであるといえます。
したがって、飲食店で食事しているにもかかわらず、同席者やスタッフとの会話が制限され、ただ単に食べることだけを可とするのであれば、ファストフードにひとりで訪れるしかありません。
「お酌、グラスやお猪口の回し飲みは避けて」
最後のグラスやお猪口の回し飲みについては、飲食店にとっては問題ないでしょう。
現代の日本における飲食店であれば、食品衛生責任者が必ず存在し、それなりの衛生観念を有しています。ドリンクのカップを回し飲みさせるようなオペレーションは聞いたことがありません。
訪れる客が、回し飲みをしないように留意すればよいだけです。
みんなで協力していかなければならない
飲食店のオーナーは「新しい生活様式」をどのように感じているのでしょうか。
ミシュランガイド三つ星のイノベーティブレストラン「HAJIME」オーナーシェフであり、オンラインとオフラインとを合わせて16万を超える「飲食店倒産防止対策」署名運動の発起人である米田肇氏は次のようにいいます。
「当店は普段から席の間隔を広く取っており、座り方も工夫できる」と対応可能であるとしながらも、「小さな店では横並びできないこともある。ブッフェスタイルの店では皿盛りにすることによって、スタッフの数を増やさないといけないかもしれない」と懸念を表明。
中長期的には「新型コロナウイルスの第二波を防ぎながら、経済活動を進めていく必要がある。感染が完全に収まるか、ワクチンが開発されるかまでは、みんなで協力していかなければならない」と冷静に受け止めます。
愛のない食卓となる恐れがある
ミシュランガイド三つ星「ジョエル・ロブション」元総料理長であり、ミシュランガイドニつ星「ナベノ-イズム」シェフといえば渡辺雄一郎氏。
渡辺氏は「レストランという言葉はフランス語の『回復させる』に由来する。その本質が崩れてしまうのではないか」と憂います。
理由を尋ねると「師匠であるジョエル・ロブションが最も大切にしていたものが『Convivialite(コンヴィヴィアリテ)』。つまり、共に食事して楽しい時間を分かち合うこと。そういった場を提供できなくなり、愛のない食卓となってしまうのではないか」と説明。
引き続き困窮が予想される飲食店
私は、政府が提示した「新しい生活様式」が間違っているといいたいわけではありません。新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐためには、このような行動指針を示すのは仕方ないことだからです。
ただ、先に述べたように、飲食店は会食の自粛要請や「接客を伴う飲食店」という紛らわしい表現によって、他の業界に先んじて甚大な打撃を被ってきました。そして、ここまで考察してきたように、食事について言及された「新しい生活様式」は、多くの飲食店にとって対策が難しいものばかりです。
飲食店が今後も極めて困窮していくことは火を見るよりも明らか。国や自治体には「新しい生活様式」に適応しやすくなる施策を練るなど、飲食店に対する新たな支援を求めたいところです。