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金与正氏が北朝鮮“第2人者”として地盤固めか――バイデン次期政権の政策を見極めずに開かれる党大会

西岡省二ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長
金与正氏(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

 北朝鮮の朝鮮労働党大会が今月上旬に開かれる。5日午前7時半現在、開催情報は入っていない。国連制裁、新型コロナウイルス感染拡大防止に伴う国境封鎖、度重なった自然災害によって北朝鮮は今、困難にさらされており、経済難克服の糸口を探ることが党大会の最優先課題とみられる。一方、党大会がバイデン次期米政権発足(今月20日)前に開催されることから、米新政権の対北朝鮮政策に構わず、独自の道を進むという方針を固めているものとみられる。

◇前回は2016年5月

 朝鮮中央通信によると、各組織の代表者は先月下旬、平壌に到着。同30日には党大会の代表証が配布されている。今月1日には金正恩党委員長とともに錦繍山太陽宮殿を参拝するなど、党大会の事前行事が着々と進められている。

 今回の党大会に関する決定書(昨年8月発表)によると、議題は(1)党中央委員会の活動総括(2)党中央検査委員会の活動総括(3)党規約改正(4)党中央指導機関選出――の4つとされる。

 ちなみに前回(2016年5月6~9日)の流れをみると、開会の辞を金正恩氏が読み上げたあと、執行部が選出され、議題が承認された。

 続いて、金正恩氏が「党中央委の活動総括」を約3時間にわたって読み上げ、核問題や経済、対米や対日、南北関係についての立場を表明した。党高級幹部数人が金正恩氏への支持を明らかにしたあと、金正恩氏が結びの言葉を述べ、決定書が採択された。

 党規約改正では「党の最高職責を党委員長とする」「党中央委書記の職制を副委員長とする」などが盛り込まれ、次の議題で金正恩氏が党委員長に推戴された。

 その後、党中央委員129人や中央委員候補106人ら党中央指導機関のメンバーが選ばれ、その面々によって党大会閉幕後に中央委総会が開かれ、党の要職人事が発表された――という流れだった。

 今回は、前回あった「金正恩同志を党の最高位に推戴することについて」という議題はなく、金正恩氏の肩書の更新はなさそうだ。

◇今回の党大会の注目点

 今回の党大会では金委員長が「党中央委の活動総括」で経済や対外政策にどう言及するかが焦点となる。

(1)経済政策

 金委員長は国内経済における悪弊を取り除こうと、前回の党大会で新たな方針を打ち出した。だが当時は「経験がまだ浅く、見通しも甘かった」(北朝鮮側関係者)という事情もあり、経済難克服の足掛かりをつかむことはできなかった。

 2019年末に開かれた党中央委員会総会では、国内経済の秩序を合理的なものにするよう指示した。だが、制裁やコロナなど度重なる災難に見舞われ、経済政策の失敗を認めざるを得ない状況となってしまった。

 北朝鮮で今、問題視されている一つが「消費者の状況を知らないままの生産活動」だ。市場経済では通常、生産者は消費動向を踏まえて「何をどのぐらい生産すればよいか」をはじき出すが、北朝鮮ではこれを考慮しないまま生産活動を進め、非合理性があらわになっているのだ。

 もう一つが「流通システムの未整備」。国家的な流通機構が確立されておらず、生産が可能であっても消費者に商品を届ける公的な手段が発達していない。このため住民は非公式ルートによる商品調達に頼ることになる。

「(北)朝鮮では、民主主義国家ではあり得ないことが起きている。しかし、解決の方向は打ち出せない。朝米(米朝)対立が続く限り、国内の統制を続けざるを得ず、市場経済に移行するわけにもいかない」

 北朝鮮側関係者は国内経済の現状をこう表現している。一方で「最高指導者の権威があまりにも高い。だから自然な論議ができない」という状況でもあり、経済難克服に「2重」「3重」のハードルがあるのが実情のようだ。

(2)対外政策

「(北)朝鮮は国連制裁の長期化は覚悟している。一方で、新型コロナ感染の懸念が解消されれば、中国やロシアとの経済関係の強化を図る。そこに米国や日本の入り込む余地はない」。北朝鮮側関係者は自国の対外政策の根本にある考え方をこう表現した。

 米朝協議が停滞するなかで開かれる今回の党大会では、米国を過度に刺激することなく、粛々と従来の対米方針を表明するとの観測が強い。

 その対米政策は、金委員長の実妹、金与正党第1副部長が昨年7月10日に発表した談話にその中身が集約されている。

 ハノイで2回目の米朝首脳会談(2019年2月)が開かれた時期、米側は部分的な制裁解除に乗り出す素振りを見せ、それが北朝鮮の核計画を麻痺させる可能性を持っていた。北朝鮮側は、取引条件が合わないにもかかわらず、制裁の鎖を断ち切ろうとしていた――などと金与正氏は振り返っている。

 そのうえで「われわれは、決して非核化をしないというのではなく、今はできない」と断言している。米朝協議の議題もこれまでの「北朝鮮の非核化措置と米国の制裁解除」の組み合わせから「米国の敵視政策撤回と米朝協議の再開」に改めよと主張している。平たく言えば「われわれを敵視しないと確約し、その担保をはっきりと示すならば交渉に応じてもいい」。米朝交渉の条件を引き上げた形だ。

 一方で、北朝鮮はバイデン次期政権の政策がはっきりするまで、挑発行為は控えるとみられる。核実験や大陸間弾道ミサイル(ICBM)試射を強行する可能性も現状ではほとんどなさそうだ。「潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)に関し、実際に潜水艦から直接発射することぐらいは試すかもしれない」(同関係者)という状況のようだ。

 ただ、3月に恒例の米韓合同軍事演習が中止・規模縮小されず実施された場合には状況が変わるのは間違いない。

(3)人事

 党人事での注目点は、金与正氏のポストだ。現在、党では政治局員候補の地位にあり、党の核心部署である組織指導部の第1副部長を務めているとみられる。

 党大会を経て、金与正氏が政治局員に格上げされる▽組織指導部長に昇進する――などの見方が浮上している。ほかにも「対米や南北関係を統括する党副委員長への就任」との観測も出ている。

 このほか、党の意思決定機関である政治局への若手登用がどれぐらい進むのかも注目点だ。さらに、昨年8月の党政治局会議で言及があった「新設の部署」の詳細についても明らかにされるとみられる。

ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長

大阪市出身。毎日新聞入社後、大阪社会部、政治部、中国総局長などを経て、外信部デスクを最後に2020年独立。大阪社会部時代には府警捜査4課担当として暴力団や総会屋を取材。計9年の北京勤務時には北朝鮮関連の独自報道を手掛ける一方、中国政治・社会のトピックを現場で取材した。「音楽」という切り口で北朝鮮の独裁体制に迫った著書「『音楽狂』の国 将軍様とそのミュージシャンたち」は小学館ノンフィクション大賞最終候補作。

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