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イスラエルがシリアを攻撃し、イラン人ら死亡、近くにはS-300が配備されているとされるロシア軍拠点も

青山弘之東京外国語大学 教授
ANHA、2024年6月3日

シリアの国防省は6月3日、フェイスブックの公式アカウントを通じて声明を出し、イスラエル軍が同日午前0時20分頃、アレッポ県南東方面からアレッポ市一帯の複数ヵ所に対して航空攻撃を行い、多数が死亡、物的被害が生じたと発表した。

Facebook (@mod.gov.sy)、2024年6月3日
Facebook (@mod.gov.sy)、2024年6月3日

ロシアの通信社スプートニク・アラビア語版が伝えたところによると、爆撃はアレッポ市の北西約10キロの距離に位置するハイヤーン町一帯を狙ったもので、シリア軍防空部隊が迎撃を試みたものの、ミサイルが同町近くの銅精錬工場を直撃した。

Sputnik Arabic、2024年6月3日
Sputnik Arabic、2024年6月3日

標的は「イランの民兵」か?

英国で活動する反体制派系NGOのシリア人権監視団によると、ハイヤーン町は「シリア人および外国人からなるイランの民兵」が支配しており、イスラエル軍の爆撃によって同町とタームーラ村の間に位置する銅精錬工場一帯、「イランの民兵」の武器弾薬庫で複数回の爆発が発生した。

これにより、「イランの民兵」のシリア人メンバー9人、イラク人メンバー3人、レバノンのヒズブッラーのメンバー3人、そしてイラン・イスラーム革命防衛隊の顧問1人を含むイラン人2人の計17人が死亡した。

シリア領内に対するイスラエルの攻撃で、イラン人が死亡するのは、4月初めの首都ダマスカスにあるイラン大使館(領事官)へのミサイル攻撃以来、約2ヵ月ぶり。

「イランの民兵」は、紛争下のシリアで、シリア軍やロシア軍と共闘する民兵の蔑称である。イラン・イスラーム革命防衛隊、その精鋭部隊であるゴドス軍団、同部隊が支援するレバノンのヒズブッラー、イラクの人民動員隊、アフガン人民兵組織のファーティミーユーン旅団、パキスタン人民兵組織のザイナビーユーン旅団などを指す。シリア政府側は、シリア内戦の文脈においてこれらの組織を「同盟部隊」と呼ぶが、それらは対イスラエル抵抗闘争の文脈において「抵抗枢軸」と呼ばれる、シリア、ヒズブッラー、そしてイランを中心とする陣営の一翼を担っていると見ることができる。

昨年10月に、パレスチナのハマースによる「アクサーの大洪水」作戦をきっかけに発生したハマース・イスラエル衝突において、イスラエル軍によるパレスチナ人殺戮と米国のイスラエル支援への報復として、イスラエル領内、シリアやイラクに駐留する米軍、紅海の米軍艦船や商船を狙って攻撃を続けているのも、この「イランの民兵」、具体的にはレバノンのヒズブッラーが主導するレバノン・イスラーム抵抗、イラク人民動員隊に所属するヒズブッラー大隊やヌジャバー運動などからなるとされるイラク・イスラーム抵抗、そしてイエメンのアンサール・アッラー(蔑称はフーシー派)である。

シャーム解放機構支配地域への砲撃、ロシア製S-300との関係は?

シリア人権監視団によると、爆発はシリア政府の支配下にあるアレッポ県西部農村地帯から、「シリアのアル=カーイダ」として知られる国際テロ組織のシャーム解放機構(旧シャームの民のヌスラ戦線)の支配下にある県西部のカフル・アンマ村、カフル・ヌーラーン村にある反体制武装集団諸派の陣地複数ヵ所を狙ってブルカーン重ロケット砲複数発での砲撃が行われた直後に行われた。だが、イスラエル軍の爆撃とこの砲撃の関係は明らかではない。

また、イスラエル軍が爆撃を実施した地域には、ロシアがシリア政府に供与したS-300長距離地対空ミサイル・システムが配備されているロシア軍の拠点や、アサド大統領の弟のマーヒル・アサド准将が事実上の司令官を務める精鋭部隊のシリア軍第4(機構)師団の検問所も点在する。

こうした機微な場所が攻撃を受けたことを反映してか、ロシア外務省は声明で、シリアの主権と国際法の基本規範に著しく違反しているとしたうえで、大規模な武力拡大を誘発する可能性があると非難した。

イスラエルによるシリア攻撃は今年に入って44回目

シリア人権監視団によると、イスラエル軍によるシリアへの攻撃は、6月に入って初めて、今年に入って44回目(うち32回が航空攻撃、12回が地上攻撃)で、これにより92あまりの標的が破壊され、軍関係者165人が死亡、69人が負傷しているという。

同監視団によると、軍関係者の死者内訳は以下の通りである。

  • イラン人(イラン・イスラーム革命防衛隊):23人
  • ヒズブッラーのメンバー:33人
  • イラク人:15人
  • 「イランの民兵」のシリア人メンバー:44人
  • 「イランの民兵」の外国人メンバー:10人
  • シリア軍将兵:40人

また、民間人も13人(女性2人と子供1人を含む)が死亡、20人あまりが負傷している。

攻撃の県別内訳は以下の通りである。

  • ダマスカス県、ダマスカス郊外県:18回
  • ダルアー県:13回
  • ヒムス県:6回
  • クナイトラ県:3回
  • タルトゥース県:2回
  • ダイル・ザウル県:1回
  • アレッポ県:2回

なお、今回の攻撃に関して、イスラエルは声明を発表していない。欧米諸国もまた、ガザ地区での停戦を主唱するその姿勢とは裏腹に、シリアに対するイスラエル軍の攻撃を非難することもなければ、イスラエルに自制を求めることもない。

東京外国語大学 教授

1968年東京生まれ。東京外国語大学教授。東京外国語大学卒。一橋大学大学院にて博士号取得。シリアの友ネットワーク@Japan(シリとも、旧サダーカ・イニシアチブ https://sites.google.com/view/sadaqainitiative70)代表。シリアのダマスカス・フランス・アラブ研究所共同研究員、JETROアジア経済研究所研究員を経て現職。専門は現代東アラブ地域の政治、思想、歴史。著書に『混迷するシリア』、『シリア情勢』、『膠着するシリア』、『ロシアとシリア』など。ウェブサイト「シリア・アラブの春顛末記」(http://syriaarabspring.info/)を運営。

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