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ヒットの固着──Spotifyチャートから見えてきた停滞する日本の音楽

松谷創一郎ジャーナリスト
AIを使って筆者作成。

動かないヒット

 ヒットが動かない──日本の音楽シーンで奇妙な現象が起きている。とくにそれは、音楽メディアの中心となりつつあるストリーミングサービスで生じている。

 それが確認できるのは、世界でもっともユーザー数の多いSpotifyだ。そこでは、73か国・地域とグローバル(全体)の200位までのチャートが公開されている(※1)。その特徴はランキング(順位)だけでなく、再生回数もオープンにされていることだ。

 上位200位までに限定されたデータではあるが、そこから読み取れることも多い。とくに日本のチャートが、極めて奇妙な傾向を示していることがわかった。

 一言で表せば、それは“ヒットの固着”と呼べる現象だった。

Spotifyは日本でシェア2位

 データの確認の前に、Spotifyと日本の音楽状況について簡単に整理しておこう。

 Spotifyは現在238の国・地域で利用できる。使えないのは、中国や北朝鮮、キューバ、ロシアなどだ。全世界のユーザー数は2022年上半期の段階で1億8780万人、シェアも30.5%を占める。シェアは減少傾向にあるが、これはSpotifyが進出していない中国市場の成長によるものだ(Mark Mulligan’Music subscriber market shares 2022’ 2022年12月7日)。

 日本のユーザー数は、昨年10月の段階でAmazon Prime Musicに次ぐ第2位だと見られる(ICT総研「2022年 定額制音楽配信サービス利用動向に関する調査」2022年11月11日)。だがこの調査においては、シェアは全体的に割れておりSpotifyも18.3%とさほど高くない。なによりストリーミングサービス利用者は全体の46.2%とまだ過半数に達していない。

 日本におけるストリーミングの浸透度が低いことは、他の調査からも明らかだ。音楽産業の規模は世界2位の大きさだが、2021年の段階でフィジカルメディア(CD、レコード等)が売上の約6割を占める。2021年にCDシングル売上の三分の一を占めたジャニーズ事務所が、いまもストリーミング解禁に消極的なことはその一因だ。

 他国では、概ねストリーミングに切り替わって2014年を底に産業が右肩上がりの成長を見せている。だが、日本ではこの切替が遅れた結果、いまも低迷が続いていると考えられる(ただし2022年は回復が見込まれる)。

筆者作成。
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ストリーミングユーザーは増加傾向

 日本のストリーミング浸透の遅れは、Spotifyの世界73か国・地域の再生回数からも見て取れる。1~200位までの累計再生数は、週平均1億335万回(2022年10-12月)で15位となる。再生数が同水準のチリの人口は2000万人弱、カナダは4000万人弱だ。日本におけるSpotifyのシェアが小さくないことも踏まえると、やはりそもそも日本ではストリーミングサービスの浸透度が低いことがうかがえる。

 各国の再生数と人口はやはり正の相関を見せるが(r=0.50)、なかにはSpotifyのシェアが極端に低い国もある。その代表が韓国だ。人口が約5000万人、産業規模は世界7位だが、その再生数は73か国・地域中55位となる。これは、自国のストリーミングサービス・MelOnが浸透しているためだ。

筆者作成。
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 まだまだ日本のSpotifyの再生数は少ないが、昨年下半期から増加傾向が続いている。とくに昨年の最終週(12月29日付)には、200位までの累計が過去最高を記録した。

 音楽産業全体におけるストリーミング売上も、過去5年は前年比133%→133%→127%→126%→124%(2022年1~9月)と推移している(日本レコード協会『日本のレコード産業』同『The Record』)。他国よりもずいぶん遅れたが浸透しつつある。以上を踏まえれば、早ければ今年、遅くとも来年にはストリーミングがフィジカルの売上を上回ると予想される(※2)。

筆者作成。
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「Subtitle」の大ヒット

 昨年後半から日本のSpotifyで再生数が増えたのは、大きなヒットが続いたからだ。具体的には、Ado「新時代」、米津玄師「KICK BACK」、そしてOfficial髭男dism「Subtitle」などがそうだ。この3曲はすべてアニメやドラマの主題歌であり、現在もチャートの上位に位置し続けている。

 そのヒットの大きさは数字にもはっきりと表れている。8月のAdo「新時代」のヒットから、1位の再生数はそれまでの倍近くにまで増えている。その勢いが米津玄師の「KICK BACK」を経て、Official髭男dismの「Subtitle」に続いていった。とくに「Subtitle」は、年をまたいだ現在(2023年2月9日付)まで1位に居座り続けている。再生数は約244万と落ち着いてきたが、これも昨年上半期と比べればかなり多い。

筆者作成。
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新陳代謝が起こらない日本

 だが、こうした日本のチャートでは、“ヒットの固着”と呼べるような現象が起きている。より具体的に言えば、新しい曲がチャートに入りにくく、ヒットがなかなか入れ替わらない状況だ。

 それはいくつかのポイントから説明できるが、まずそれが簡潔に確認できるのは200位以内にランクインした曲の年間総数だ。これが68か国・地域で、下から2番目の622曲にとどまる(※3)。もっとも多いドイツの1600曲と比べると、その4割弱にしかすぎない。

 全体では欧米は楽曲数が多く、オセアニアやアジア、中南米は少ない傾向を見せる(ただし、韓国はアジアでも例外的に多い)。

筆者作成。
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ヒット曲が異常に長寿

 なぜ日本では新陳代謝が生じないのか? それはチャート内に長くとどまる曲が多いからだ。つまり、ヒット曲の寿命が長い。これは200位以内の曲の連続ランクイン回数から読み取れる。

 2018年以降のデータが発表されている57か国・地域のなかで(※4)、連続ランクイン回数の中央値(週平均)を見ると、日本は41.2回と最多となる。1年は52週なので、200位以内のかなり多くの曲が1年以上ランクインを続けていることになる。いちどヒットすれば、それがかなり長く続くということだ。

筆者作成。
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 こうした傾向は、アジアで強く見られる。台湾、フィリピン、シンガポール、インドネシアもロングヒットが多い。そうなると、熱狂的なファンの“推し”文化が浸透するアジア特有のアイドル文化の反映ではないかと予想してしまう。K-POPがアジア全域を席巻しているからだ。

 しかし内実を見ていくと、ヒットが長く続いているのはアイドルではない。たとえば日本では、昨年の最終週であれば、103位のあいみょん「君はロックを聴かない」が256週連続、174位のOfficial髭男dism「ノーダウト」は246週、85位のMrs. GREEN APPLE「青と夏」は233週と、5年近くチャートに滞在し続けている。

筆者作成。
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 たしかにアイドルでも、K-POPのBTSの「Dynamite」が123週、「Butter」が84週、TWICEの「The Feels」が65週、IVE「ELEVEN」が56週など、人気が持続している。だが、非アイドルのJ-POPはそれらを上回るロングヒットを続けている。

 気になるのは、かなり古い曲も目立つことだ。たとえばスピッツの「チェリー」は、四半世紀以上も前の1996年のヒット曲だ。あいみょんの「君はロックを聴かない」も2017年、back numberの「高嶺の花子さん」も2013年発表の曲だ。こうしたロングヒットが、順位は高くないものの200位圏内にずっととどまり続けているのが日本のSpotifyチャートの特徴だ。

ランクインするアーティストは世界最少

 ここからは、アーティストを軸に見ていこう。まず、2022年に日本のSpotifyでよく聴かれたアーティストを順に並べると以下のようになる。

筆者作成。
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 Ado、Official髭男dismが2億5000万回再生を超えてトップを争い、そこにロングヒットが続く優里やYOASOBIが迫る。そしてVaundy、King Gnu、BTS、Saucy Dog、back numberが続く。ここまでが年間再生数が1億5000万回以上だ。

 日本ではこれらのアーティストにヒットが集中している傾向がある。それはランクインしたアーティストの総数に顕著に顕れている。全世界で比較すると、以下のようになる。

筆者作成。
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 すると、日本は245組と圧倒的に最少だ。楽曲の総ランクイン数も少ないのでアーティスト数が少なくなるのも当然だが、それにしても極端に少ない。トップのドイツと比較すれば、四分の一以下だ。

 また、楽曲ランクイン数が日本(622曲)とともに最少水準のフィリピン(629曲)やインドネシア(575曲)よりも、アーティスト数は約100組も少ない。つまりこれは、AdoやOfficial髭男dismなど一部のアーティストの曲ばかりがヒットしていることを意味する。

筆者作成。
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強まる日本の“固着”度

 チャートの新陳代謝が生じず、一部のアーティストばかりに人気が集まる──これが“ヒットの固着”だ。

 それはいまに始まったことではなく、過去5年の変化からもうかがえる。しかも、より強まっている傾向も見られる。日本では、年々ランクインするアーティスト数が減っているからだ。ドイツが逆に増加傾向にあるのとは対照的だ。

筆者作成。
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 こうしたデータから想像されるのは、一部のアーティストばかりを延々と聴き続けている日本の音楽リスナー層だ。簡単に他のアーティストの曲が聴けるストリーミングサービスにもかかわらず、音楽の趣味が広がらないどころか、ヒット曲や同じアーティストを何年も聴き続ける──そんなイメージだ。

 結果、生じているのが“ヒットの固着”である。

【分析編「なぜ日本の音楽ヒットは新陳代謝しないのか?──“推し”ドーピングの副作用から離脱するために」に続く/Thanks to 永井純一】

※1:公開されているデータの期間は、国・地域によってさまざまだ。週間データは2016年12月29日以降が多いが、日本は2017年8月31日以降に限られる。理由は不明だが、他国に比べてサービス開始時期が2016年9月29日と遅かったからだと考えられる。

※2:Spotifyの200位以内の累計は、全体のストリーミング売上ほどの増加傾向を見せていない。このことからは、201位以下の曲の累計再生数が増えていることがうかがえる。つまり、「ロングテール化」が生じている可能性が高い(「アーティストにとってサブスクは地獄の入り口か?」2022年9月26日)。

※3:2022年途中からデータが公開されたベラルーシ・カザフスタン・ナイジェリア・パキスタン・ベネズエラの5か国は、通年のデータがないので除いている。

※4:連続ランクイン回数の中央値は、各国のデータ公開以降のカウントとなるため、公開が遅い国・地域は小さい数値になる傾向がある。たとえば韓国のデータ公開は2021年2月以降のため、25.3回となっている。そのため、ここでは2018年1月以降のデータが存在する57か国・地域に限り、韓国を含めた16か国・地域を除いている。

【この記事は、Yahoo!ニュース個人のテーマ支援記事です。オーサーが発案した企画について、編集部が一定の基準に基づく審査の上、オーサーが執筆したものです。この活動は個人の発信者をサポート・応援する目的で行っています。】

ジャーナリスト

まつたにそういちろう/1974年生まれ、広島市出身。専門は文化社会学、社会情報学。映画、音楽、テレビ、ファッション、スポーツ、社会現象、ネットなど、文化やメディアについて執筆。著書に『ギャルと不思議ちゃん論:女の子たちの三十年戦争』(2012年)、『SMAPはなぜ解散したのか』(2017年)、共著に『ポスト〈カワイイ〉の文化社会学』(2017年)、『文化社会学の視座』(2008年)、『どこか〈問題化〉される若者たち』(2008年)など。現在、NHKラジオ第1『Nらじ』にレギュラー出演中。中央大学大学院文学研究科社会情報学専攻博士後期課程単位取得退学。 trickflesh@gmail.com

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