『紅白歌合戦』に「馴染みのある歌手がいない」ワケ──データが示唆する視聴者と出演者のギャップ
「馴染みのある歌手がいない」──11月、『紅白歌合戦』の出演者が発表されたときに目立ったのは、そうした反応だった。
それは公共放送に向けられる厳しいまなざしであるのと同時に、長らく一年の締めくくりとして愛されてきた『紅白』への大きな期待のあらわれでもある。
では、こうした『紅白』を客観的に考えるとどうなるか? さまざまデータを使って『紅白』を分析すると、その先に視聴者の疑問に対する答も見えてくる。
新陳代謝が順調に進む
まず、今年の出演者をおさらいしよう。特別出演も含め今年は51組となる。2部制となった1989年以降、『紅白』の出演者は50組前後で推移しており大きな変化はない。このなかには、milet×Aimer×幾田りら×Vaundyのユニットのように、ひとりの歌手が複数回出演するケースもある。
出演回数をカウントすれば、今年は以下のようになる。5回以下が58%、6回以上が42%となっている。初出演は昨年と同じ13組で、変化はない。むかしと異なるのは、ベテランの演歌勢が大幅に減ったことだ。
今年の出演者で最多は、45回となる石川さゆりだ。歴代4位の記録だが、北島三郎と五木ひろしの50回にひたひたと迫っている。そんな石川には『紅白』における“法則”がある。2007年以降、奇数年に「津軽海峡・冬景色」、偶数年に「天城越え」と交互に歌い続けており、偶数年の今年はやはり「天城越え」だった。“石川さゆりの法則”は今年も発動した。
出演回数の推移を見れば、2010年代中期から生じた新陳代謝が、順調に進みつつある。ベテラン勢が退場し、5回以下の新人・若手が増える傾向が見られる。1990年代中期から2010年代中期まではベテラン勢が多く、そこからは意図的に世代交代をしようとする意図が感じられる。
新曲率は51%
次に、パフォーマンスされる曲について見ていこう。近年目立ったのはメドレーだったが、昨年は発表段階で1曲にまで激減した(「今年の『紅白歌合戦』、メドレー激減の異変」2021年12月28日 )。だが、蓋を開けてみれば実際は多くのメドレーが披露された。昨年は、記録に残らない曲も多く見られたことになる。今年はメドレーが6曲と、また増える傾向を見せている。
一方、2年以内に発表された新曲を歌うのは、全体の51%である26組となる。やや増える傾向も見て取れるが、この割合はベテラン勢が多かった1990~2000年代よりもむしろ減っている。
様変わりしたジャニーズ勢
『紅白』の出演歌手発表時に、しばしば注目されるのはジャニーズ事務所のアーティストだ。今年も6組が出演し、なかには2度目となるKinKi Kidsや、初出演となるなにわ男子の姿もある。また、来年メンバー3人の脱退が発表されたKing & Princeのパフォーマンスも注目されている。
2011年まで、ジャニーズの出演者は2~4組で推移してきたが、2012年以降は5~7枠にまで増えた。もっとも多かったのは、SMAPと嵐が最後に同時出演した2015年の7組だった。
だが、その頃と出演するグループはさま変わりした。2015年にも出演したのは関ジャニ∞のみ。昨年はKAT-TUNが選出された功労的なベテラン枠としてKinKi Kidsが入り、あとの4組は、King & Prince・SixTONES・Snow Man・なにわ男子の5年以内にデビューした若手グループだ。
来年は、King & Princeの代わりに今年デビューしたTravis Japanが入ってくると予想される。余談だが、ジャニーズだからと言ってかならず『紅白』に出演できるとは限らない。たとえば、2008年にデビューしたA.B.C-Zがそうだ。
65歳以上が過去最多
最後に出演者の世代を見ていこう。
34歳以下を若年層、35~54歳までを中年層、そして55歳以上を高年層とすると、それぞれ42%:38%:16%となる。年齢非公開は3組・6%だが、おそらくこれらは若年層だと推定される。よって出演者の48%、約半分が若者だと言える。
経年的に見てもこの傾向に大きな変化はない。ただ、65歳以上に限れば、今年は加山雄三など7組にもなる。これは過去最多だ。演歌勢だけでなく、松任谷由実や郷ひろみ、そして桑田佳祐のユニット、安全地帯などもここに含まれる。むかしのアイドルや「ニューミュージック」と括られていた若者が、高齢層となっている。
つまり、大ベテランがとても増えている。
高齢化する視聴者、しない出演者
歴史を振り返れば、『紅白』でもっとも若者が多かったのは、1960年代後半から1970年代前半にかけてだ。オイルショック直前で日本の高度経済成長が終盤を迎えつつあった当時は、戦後すぐに生まれたベビーブーム世代(団塊の世代/1947-1951年生まれ)が成人を迎えたあたりでもある。たとえば和田アキ子(1950年生まれ)やにしきのあきら(錦野旦/1948年生まれ)が初めて出演するのは、1970年のことだ。
日本も『紅白』も、これ以降に徐々に高齢化していく。日本人口と『紅白』出演者の平均年齢は、同じように上がっていく。
だが、そこに変化が見られつつあるのが、2010年代中期以降だ。日本人口の平均年齢はそのまま上がるのに対し、『紅白』出演者の平均年齢は上げ止まった傾向を見せている。
これが意味するのは、視聴者と出演者の世代差が広がっていることだ。テレビが急激に普及する1960年代前半に出演者の年齢が視聴者平均を下回るが、それ以降長らく2~5歳の差で推移していた。しかし2016年以降にその差は広がり始める。今年も推定で約9歳差がある。
高齢者と音楽メディア
「馴染みのある歌手がいない」──冒頭で提示した視聴者のこの反応について、以上のデータを踏まえて考えてみよう。
『紅白』の出演者は新人が増えたわけでもなく、とくに若返っているわけでもない。むしろ65歳以上の出演者は過去最多だ。一方、視聴者である日本の人口の平均年齢は上がり続けている。
以上の2点から考えると、今年の『紅白』はとくに若者向けにシフトしたわけではなく、視聴者が高齢化したと見るのが妥当だろう。
ただ、こうした世代間ギャップだけで視聴者の反応を解釈することもできないだろう。
というのも、今年の出演者で目立つのはストリーミングサービスでヒットしたアーティストだ。Ado(ウタ)やOfficial髭男dism、King Gnu、Vaundy等々、今年『紅白』は例年になくヒットを反映しいてると捉えられる。
それは、Billboardチャート上位が多く揃っていることからも確認できる。Billboardチャートは音楽の浸透度を人気と捉え、ストリーミングを強く反映してランキングを構成する。結果、CDに固執し続けて信頼を失ったオリコンに代わって、現在は日本の中心的な音楽チャートとなった。
このBillboardが発表する年間アーティスト100位圏内の『紅白』出演者は、以下の表のようになる。順位が上がるほど色を薄くしており、30位以内に限れば今年は19組にものぼる。2020年が12組、2021年が11組であることを踏まえると明らかに増えている。
以上も踏まえると、『紅白』に対する視聴者の違和感は、日本社会の高齢化だけでなく、高齢者層のストリーミングサービスの接触機会の可能性が浮上してくる。実際、日本レコード協会のでも、年齢層が上がるにつれて「定額制音楽配信サービス」の使用率は下がっている(「音楽メディアユーザー実態調査 2021年度」)。
いま音楽は、ストリーミングの浸透による大きな過渡期を折り返したくらいの段階にある。こうした調査からは、高齢化著しい視聴者が音楽メディアの変化になかなか追いつけていない状況がかいま見える。
今年は、そうした高年層が『紅白』で「馴染みのない歌手」に接してどのような反応をするかがポイントにもなるだろう。そして、そこからみずからの手元にあるスマートフォンを使って新たに音楽の出合いに向かう──そうした展開が理想的だと言えるだろう。
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