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「フラガール」の街、女将も踊る 震災で観光客減の温泉地を復興

なかのかおりジャーナリスト(福祉・医療・労働)、早稲田大研究所招聘研究員
福島県・いわき湯本温泉を盛り上げるフラ女将(湯の華会提供)

3.11後の温泉街を元気にー。福島第一原発からおよそ40キロのいわき市は、映画「フラガール」の舞台で知られる。東日本大震災の影響で、観光客の減ったいわき湯本温泉を盛り上げるため、女将たちが着物でフラを踊っている。この「フラ女将」は、イベントで踊りを披露するほか、女将プロデュースのカレーを販売したり、おすすめスポットを紹介する冊子を作ったり、楽しみながら街づくりに取り組む。

●温泉の「和」とフラ文化を融合

いわき湯本温泉は炭鉱の町だった。斜陽になった炭鉱に代わる街おこし事業として1966年、「常磐ハワイアンセンター」(現・スパリゾートハワイアンズ)が生まれた。温泉を生かした施設で、ポリネシアンショーのステージが続いてきた。そのダンサーたち「フラガール」の物語は、蒼井優さん主演で2006年に映画が公開され、全国に知られた。

東日本大震災後は、観光客も減り、湯本温泉が衰退してしまうと危惧された。地元の女将会「湯の華会」は、市の職員や民間のプロデューサーらとの会議に参加し、「湯本の素材といえば、フラだよね」と意見を出した。

湯本温泉は2015年に「フラのまち宣言」をした。温泉の「和」の文化と昭和のテイスト、ハワイアンズに代表される「フラ文化」の融合というイメージで、街づくりや商品開発をすることになった。

着物でフラを披露する「フラ女将」(湯の華会提供)
着物でフラを披露する「フラ女将」(湯の華会提供)

●旅館の仕事の合間にフラ女将

震災の前から、女将会は「フラガール」の二期生だった先生に来てもらい、練習をしていた。当時はフラのドレスを着て、たまにイベントに出ていた。ある日の集まりで、着物で踊ってみたら評判がよく、続けている。

女将会の会長・若松佐代子さん(61)は「ゆったり踊るフラは、着物と相性がいい。キャラクターとしても女将がフラを踊るおもしろさがあり、世界に一つだけのグループです」と話す。

「フラ女将」は、暖かい季節に毎月、ショーを開く。一緒に踊りたいというフラのグループも出てきて、地元の人もショーに合わせてうどんをふるまってくれるなど輪が広がり、年に1回は地域ぐるみのフェステイバルを開くように。他は、イベントに声がかかれば出演して踊る。ハワイのフライベントにも参加した。

今のメンバーは20人ほど。湯本温泉の女将がほとんど参加している。月2回、ダンススタジオを借りて昼間に集まる。旅館の仕事の合間に都合をつけ、毎月、新しい曲を覚えるという。レパートリーは20~30曲。ハワイの伝統的な曲のほか、映画「フラガール」のテーマ曲で、歌詞に希望のメッセージがこもった「フラガール~虹を~」は定番だ。

フラ女将の小山さん(左)と若松さん なかのかおり撮影
フラ女将の小山さん(左)と若松さん なかのかおり撮影

●女将デビュー直後、震災が

震災後、一時期はフラの練習を休んでいた。旅館も地震で壊れて休業したり、避難してきた人や原発関連の作業員を受け入れたりしていた。温泉は一度、止まったものの、毎分5・5トンが出る。ハワイアンズが営業を再開する話を聞くと、女将会も自然にフラの練習を始めた。

「遊湯亭」の女将・小山いずみさん(41)は、フラ女将の中で最年少。フェイスブックで情報発信する明るい「IT女将」だが、もともと湯本にゆかりはなかったという。父が2009年に経営を始め、旅館業の経験もなかった小山さんは、フロントの仕事をするように。女将会に入ってフラを知り、練習が楽しみになった。

小山さんは震災直前の2月に、女将デビュー。本格的に女将の仕事を覚えようと思った矢先に、震災が起きた。その後は避難してきた人や、作業員を受け入れた。「食事の用意や基本的な仕事は担当のスタッフがいるし、女将としての存在価値が見えなくなってしまいました」

そんな時、小山さんは、地元を活性化するNPOのイベントに参加してみた。直感で「かかわりたい」と思い、志願してスタッフになった。フラ女将と、こうした団体とのかかわりも増え、みんなでまとまってする活動が生まれた。

着物とフラの組み合わせが好評だ(湯の華会提供)
着物とフラの組み合わせが好評だ(湯の華会提供)

●「私だけじゃない」前に進めた

若松さんは、「フラは全身を使うので、旅館の仕事をしながら踊りをキープするのに大変さもある。でも、踊って笑顔になるし、見ている人も元気が出ます」という。自身は踊らないが、イベントの司会を担当する。曲の説明など、細かな台本を用意して臨む。

若松さんの旅館「新つた」は、野口雨情ゆかりの老舗だ。震災後、停電して真っ暗な旅館のロビーで「どうしよう」と心が沈んだ。けれど女将の仲間がいたことで、「私だけが震災にあって、つらくなったわけじゃない」と励まされた。

「湯本の人たちが、それぞれに不安があって、この先どうなるだろうと思っていました。震災後、フラのまちの会議で集まるのは楽しかった。何かやっていると、まぎれるし、前に進んでいる気がしました」

震災にかかわらず、観光地や温泉街は泊まりのお客さんが少なくなっている。「湯本じゃないと、という何かがないと差別化できない。おいしいものを食べてゆっくりするだけなら、風評被害のある湯本に行かなくても、他の温泉があるよねとなってしまう。だから『フラ女将に会いたい』という理由で、湯本に来てもらいたいです」(若松さん)

フラ女将カレー なかのかおり撮影
フラ女将カレー なかのかおり撮影

●カレー・日本酒…ブランド化も

フラ女将は、商品開発にも取り組む。お土産品になっている「フラ女将カレー」は、フラ女将が昭和のテイストでモデルを務めるパッケージ。カレーの味もプロデュースして、女将たちがサンプルを味見して決めた。ご当地カレーが流行していたのでヒントにしたといい、地元のトマトや地酒を取り入れた。

地元産の米による日本酒の「フラ女将ラベル」の発売にもかかわり、フラ女将がモンペ姿で田植えや稲刈りに参加した。こうした商品開発を続け、ブランド力を強めるという。

フラ女将の紹介と共に、地元のおすすめスポットやおいしいものを掲載した冊子も手がけ、2019年は2冊目を作成中だ。

ジャーナリスト(福祉・医療・労働)、早稲田大研究所招聘研究員

早大参加のデザイン研究所招聘研究員/新聞社に20年余り勤め、主に生活・医療・労働の取材を担当/ノンフィクション「ダンスだいすき!から生まれた奇跡 アンナ先生とラブジャンクスの挑戦」ラグーナ出版/新刊「ルポ 子どもの居場所と学びの変化『コロナ休校ショック2020』で見えた私たちに必要なこと」/報告書「3.11から10年の福島に学ぶレジリエンス」「社会貢献活動における新しいメディアの役割」/家庭訪問子育て支援・ホームスタートの10年『いっしょにいるよ』/論文「障害者の持続可能な就労に関する研究 ドイツ・日本の現場から」早大社会科学研究科/講談社現代ビジネス・ハフポスト等寄稿

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