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日本のカジノ開発に一兆円を投じるか? 答えは「Yes」

木曽崇国際カジノ研究所・所長

ラスベガスサンズ社の相変わらずのハッチャケ振りに、世界の多くのカジノ事業者は腰を抜かしていることでしょう。以下、朝日新聞からの転載。

日本へのカジノ投資額、必要ならいくらでも=ラスベガス・サンズ

http://www.asahi.com/business/reuters/CRBTYEA1N03F.html

日本へのカジノ投資について、必要ならいくらでも投じる考えを示した。アデルソン氏は「100億ドル(1兆円)を投じるかと聞かれれば『イエス』である一方、70億ドルですむならそうしたい」と語り、成功のためなら投資を惜しまない考えを鮮明にした。

ラスベガスサンズ社の会長であるシェルドン・アデルソン氏が、日本のカジノ開発に一兆円の拠出も厭わないとした報道。我が国が、市場としてそれだけ高い評価を受けているという事は喜ばしいことではありますし、アデルソン会長が語っているように確かに1兆円を入札ラインとされてしまうと世界のカジノ事業者の中でもそこに着いてゆける競合は殆ど居ないだろうなぁ...とは思います。

但し、これを受け入れる側となる我々日本としては、このようなアデルソン氏の発言を手放しで歓迎するのはちょっと考えものです。実は、こうやって事前のメディア報道等を使って入札ラインを大幅に引き上げてゆく競争の仕方は、ラスベガスサンズ社が世界の新規カジノ入札において最近良く行なっている戦略です。これは、ポーカーに例えるならば資金力のあるプレイヤーが大きくベット張って競合者を振るい落としているのと基本的に同じ。最終的に自分だけが残れば儲けもんです。

このような行為は、民間企業のメディアを使った正当なる競争の範疇なので違法というわけではありません。しかし、特に行政サイドとして気をつけなければならないのは、こうやって競合業者を振るい落とし、行政との交渉が実質的にone by oneになった時点で多くの事業者は規制のあり方等に関して非常に強硬な条件交渉を始めるという点です。

当然ですが、このような状況の下での行政と民間との交渉は非常に難航します。行政側としてはすでに交渉相手が実質一つなわけですから、投資を獲得するためには大幅な譲歩をせざるを得ない。正当な形で民間の要望が制度に反映されるのは喜ばしいことなのですが、それはあくまで行政側に主導権がある場合に限っての事です。逆に、「唯一の投資企業」として民間側に強力な交渉カードがある中で行なわれるこの種の交渉は、当然のように民間サイドから無理な要求が出てきますし、往々として行政側が制度コントロールを失います。しかも、希望する条件が揃わなければ、事業者側は容易に「やーめた」といって撤退を始めます。

それが非常に悪い形で表面化したのがラスベガスサンズ社のスペインにおける開発事案です。この開発構想も、適正な入札を経ないまま、なぜか実質的に行政と民間事業者のone by oneの交渉になってしまいました。結果、民間側からの強硬な制度交渉が始まり、それに対応しようと行政側が四苦八苦。しかし、それでも要望レベルに届かないとされ、最終的に民間側が行政交渉および計画の中止を宣言。今や、当地は新たな投資も殆ど集まらず、屍累々の状態にあります。

我々日本はかのプロジェクトの失敗を教訓として学ばなければなりません。

シェルドンアデルソン、3兆円のユーロベガス構想をキャンセル―スペイン

Sheldon Adelson cancels $30bn Eurovegas project in Spain

http://www.ft.com/cms/s/0/3783f5c8-63f7-11e3-98e2-00144feabdc0.html

このようなメディア戦略などはまだまだ正当な民間競争の範疇ですが、例えば多くの事業者などは市場開放間近ともなれば強力なロビイストなどを雇って、「我が社の持つノウハウを提供する」などいう甘言をもって各自治体の首長や担当部局などにアプローチを始めます。「行政の代わりにカジノ導入の経済効果試算をしてあげる」、「開発イメージ図を描いてあげる」など幾つかのバリエーションがあるのですが、いずれのアプローチにせよ五里霧中の手探り状態でカジノ導入計画を進めている行政側からしてみると、この種の民間からのアプローチは「救いの手」に見えるんですよね。ただ、これもまた民間事業者にとっては他の競合を廃し、行政側とone by oneの交渉に持ち込むための一手段と思ったほうが宜しいかと思います。しかも、こちら側は前出のメディア戦略と違って、色々な不正が入り込む余地が非常に高い。

このようにカジノ候補地と事業者がone by oneでヒモ付いてしまった結果、大混乱が起こり、すべてがご破算になった例が2007年にイギリスで起こったスーパーカジノ入札ですね。当時のイギリスはちょうどブレア政権からブラウン政権への政治転換期に有りましたが、政権交替の混乱もそこに加わり、最終的には国内唯一のものとして計画されていた大型のリゾートカジノ計画そのものがご破算になりました。あれから5年以上経ちますが、未だにイギリスではリゾートタイプの大型カジノのライセンスが制度上は存在しながらも、開発が行なわれないという状態が続いています。

ブラウン首相、ブレア政権によるスーパーカジノ計画を却下

Brown kills off Blair's supercasino plans

http://www.dailymail.co.uk/news/article-467743/Brown-kills-Blairs-supercasino-plans.html

ということで、ノウハウが手元にない行政側としては民間側から「●●億円の投資意向がある」と言われれば喜ばしいに決まっていますし、「ノウハウを教えてやる」と言われればそれに乗りたくなる気持ちは理解できるのですが、そこは行政マンの矜持としてグッと我慢することが必要。RFI(Request for Information:情報開示要求)、RFC(Request for Concept:概念提示要求)など、行政と民間がone by oneの交渉にならないような形で事業者からノウハウや投資意向を引き出す手法は存在しますから、それらを上手に利用しながら立ち回ることが必要です。

国際カジノ研究所・所長

日本で数少ないカジノの専門研究者。ネバダ大学ラスベガス校ホテル経営学部卒(カジノ経営学専攻)。米国大手カジノ事業者グループでの内部監査職を経て、帰国。2004年、エンタテインメントビジネス総合研究所へ入社し、翌2005年には早稲田大学アミューズメント総合研究所へ一部出向。2011年に国際カジノ研究所を設立し、所長へ就任。9月26日に新刊「日本版カジノのすべて」を発売。

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