お金持ちになる方法を語る「世界で最も影響力のあるビジネス思想家」
11月18日、Forbesに「世界で最も影響力のあるビジネス思想家10人」についての記事が掲載された。
1位は、トロント大学ロットマン経営大学院の元学長、ロジャー・マーティン。リーダーシップの研究者である。マーティンの本『「頑張りすぎる人」が会社をダメにする』は、筆者が大学で学生とチームを組む際に、つねに心掛けていることに関係する。あまりに強く、またいびつなリーダーシップは、部下(筆者でいう学生)を無責任体質にしてしまい、結果として組織は壊滅するのだ。「無責任ウィルス」が蔓延する組織をつくらないためには、「責任」という言葉の意味を捉えなおす必要がある。過保護はいけない。
この記事で筆者が取り上げたい人物がいる。それは8位にランクしている、ペンシルベニア大学ウォートンスクールのアダム・グラント教授である。彼の本『ギブアンドテイク』は、ギブする人、テイクする人、マッチを目指す人の三種類のうちで、最もビジネスで成功を収めるタイプの人間を明らかにしている。訳者である一橋大学大学院、楠木建教授は、「世の凡百のビジネス書とは一線を画す一冊だ」と評している。
ビジネスの世界では、他人に優しくしていては競争を勝ち抜くことはできないといわれる。本当だろうか。筆者が目指す「よき社会」の実現のためにも、ここでグラント教授の考えを、筆者の補足を入れながら取り上げておきたい。
お金持ちになる方法
一般にギブアンドテイクとは、お互いに利益のある、持ちつ持たれつの関係のことをいう。対してグラント教授の本は、そのような意味におけるギブアンドテイクについて述べた本ではない。人間関係の以前にある、人間の基本的態度から考察した本といえる。
世の中には単純に分けて、ギブする人=ギバー、テイクする人=テイカー、マッチを目指す人=マッチャーがいる。いずれの人も行為としては、誰かに何かを与えようとする。違いは、与える目的が異なることに見出される。
ギバーは、ただその人のために与えようとし、見返りを求めようとはしない人である。マッチャーは、自分と相手との利益・不利益のバランスを考え、帳尻を合わせようとする人である。最後にテイカーは、与えれば大きな見返りが返ってくる場合に限って、与える人である。まとめれば、ギバーは相手のために与え、マッチャーは公平性という「正義」のために与え、テイカーは自分のために与えるのである。例えるならば、テイカーとは、いわゆるくれくれさんのことだ。私たちのいうギブアンドテイクは、マッチャーの態度に近い。
さて、誰が一番お金持ちになるのか。
ギバーである。最高にお金持ちになる人はギバーであり、他のタイプの人よりも平均して50%も収入が多い。ビジネスだけでなく大学においてもまた、最も成績がよく、また日々を謳歌している学生は、ギバーのようである。
では、最も貧乏になるのは誰か。
ギバーである。全体としてみればギバーはテイカーに比べ、平均して14%も収入が少ない。犯罪の被害者になるリスクは、テイカーの二倍にものぼる。他者への影響力もまた、テイカーに比べて22%劣るようである。
どういうことか。単純な話だ。お金持ちになるギバーは、テイカーには関わらないのである。一方で貧乏になるギバーは、テイカーの要求を受け入れてしまい、自己犠牲的に振る舞ってしまうのだ。テイカーが様々な理由をつけて「くれくれ」というと、自己犠牲型のギバーは「じゃあ、あげるね」と応じてしまう。お金を。ものを。時間を。大切な人生を。すなわち、生きがいそのものを。
恐ろしいことに、テイカーはギバーを見抜く能力が高く、そして狙い撃ちしてくる。テイカーは、手柄を自分のものにする。頼みごとをしてくる。自分が一番目立つように写真を撮る。自分の取り分は一番大きいに決まっていると思っている。人を助けるのではなく、動かすことを目指す(つまりコントロールしたがる)。成功は自分のおかげであり、失敗はギバーのせいだ。燃え尽きたギバーが与えるのを止めると、うらみ、足をひっぱろうとする。さらには、報復のためには手段を選ばず、悪い噂を流すなど、周囲に嘘をつくことまである。自己犠牲型のギバーは、このようなテイカーに、いつも被害を受けている。
ここで解決方法を伝えたい。テイカーには、できる限り関わらないことだ。そのためにも、テイカーの特徴を知っておかなければならない。
よく覚えておいてほしい。テイカーは、レックする。レックとは、複数の鳥が一か所に集まり、集団で求愛する行為である。テイカーは類似の行動をとることが多く、例えばギバーの集まりに参加し、自分をよく見せようとふるまう。グラント教授のいうように、SNSなどでは際どいほど実物以上によく見える自分の写真を投稿しており、露出度が高く、慎み深さに欠けている。言葉も押しつけがましく、自己中心的で傲慢だ。いつか頼みごとができるようにと、うわべだけのコネクションをつくることに躍起になる。
また、善意の言葉を使っている人を、ただちに信じてはならない。なぜならテイカーは、他人によく思われることが自分の利益になるのだと知っているからだ。テイカーは、手段としてギバーの言葉を使うのだが、実際にはあなたの利益など考えていない。言葉巧みに相手を利用する方法を模索し、虎視眈々とあなたから何かを奪う機会を狙っているのである。このようにテイカーは「人を動かす」方法を熟知しており、善意をテクニックとして用いる。一方のギバーはお人よしであるから、テイカーの言葉を信じ込んでしまい、簡単にやられてしまうのである。
ギバーは誰かのために頑張る人である。そういう「いいひと」が損をすることに、筆者は耐えられない。ところで幸運なことに、これからはギバーこそが幸福になる社会が到来する。相互に与え合うことで、より大きな価値を創造することができるようになる。
いいひとの時代がきた
筆者はイノベーションの研究者であるが、グラント教授の研究はイノベーションの実現においても大きな意味がある。
ギバーは、あるいは本性における人間は、人びとに貢献することで自分の人生の充足を得る。そしてイノベーションとは、端的にいえば、社会が本当に求めるものを見出し、新たな価値を生みだして世の中を変えることである。かくしてイノベーションは、他者に貢献したい人、人びとに与えることを喜ぶ人が興すのである。
もともと人間は、いいひとが好きだ。イェール大学の乳幼児認知力研究室の研究によれば、他者の手助けをする人形と、他者の妨害をする人形の登場する二種類の人形劇を乳児に観させた場合、8割の乳児が「いいひと」の人形を笑顔で選択するようである。人間は、理性ではなく本性において、いいひとが好きなのだといえる。
そして人は、いい人同士でつながりをもったほうが、幸せになれる。研究によれば、社会的につながりのある人が幸せであることは、自身の幸福度を9%高めるようだ。対して、社会的につながりのある人が不幸せであることは、自身の幸福度を7%下げる。周りの人の幸不幸の間には、幸福度において16%もの差が生じるのだ。そうであれば、他者に幸せを与える人とつながりをもち、相互に支え合うことによって、全体の幸福度は高くなる。相互に貢献する姿勢をもって、より大きな幸せを目指したほうがよいであろう。
それなのにグラント教授によれば、ビジネスにおいてギバーの割合は、わずか8%である。残りの92%は「仕事では受け取る以上に与える気にはなれない」と回答しているようだ。なぜか。人は過去の経験から、テイカーに食い物にされることへの恐れを抱いている。そのため相手の「最悪」を予想すると、自分の中の「最悪」を引き出して、対抗しようとするのだ。ビジネスにおいて大多数の人は、テイカーの有利にはならないよう努めるのである。
たしかに公平性を重んじるマッチャーの態度は、テイカー対策には有効のようである。他者から何かを受けたとき、お返しをしなくてはいけないという気持ちになる心理を、返報性の法則という。この法則には、好意の返報性と嫌悪の返報性があるのだが、よい影響を与える人にはよい影響をお返しする反面、悪いことをする人には報復しようとするのが人間というものだ。
かくして、マッチャーの報復により痛い目を見てきたテイカーは、マッチャーには近寄ってこない。そうであればギバーもまた、テイカーに対しては表面上、マッチャーとしてふるまうべきである。とはいえギバーは、そもそも与えることを信条とする人だから、実際には困難であろう。そこでギバーは、より多くのギブを生み出すことを目指し、テイカーへ与える習慣を断ち切ろうと意識する必要がある。テイカーがいると周りが迷惑し、共通の利益を生み出そうとしなくなるのだから。
テイカーの要求を斥けることは、自分自身だけでなく他者の利益も思いやった行為であると、自らに釈明するのである。勇気を振り絞り、あなたが断ることでみんなが幸せになるのだと意識して、NOと突きつけねばならない。ギバーのあなたのやるべきことは、テイカーの快楽の追求ではなく、より大きなギブのために貢献することである。
最後に、筆者はテイカーをギバーにする方法についても摸索している。いくらテイカーだからといって、永遠に報復を受け続けるのは可哀そうだ。みんながみんなギバーになれば、世の中はもっと豊かになり、笑顔の絶えない社会が実現する。