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なぜ日銀は緩和を止めないのか? 最終目的は「インフレ税」「財産税」による国民資産の強奪か?

山田順作家、ジャーナリスト
(写真:つのだよしお/アフロ)

■円安の真因は日本の国力の長期衰退

 先日の財務省・日銀による為替介入の効果は、まったくなかったと言っていい。すでに、ドル円は介入ラインの145円まで戻している。介入規模は史上最大で約3兆6000億円とされるが、これだけ投じても効果がないことは、じつは初めからわかっていたのではなかろうか。

 今回の円安の原因を、専門家もメディアも日米の金利差に求めている。確かにその通りだが、その真因は、日本の国力の長期衰退にある。これが続く限り、日本は量的緩和を止められない。政府は、国債の大量発行による借金に頼って国家運営をしていかねばならない。

 もし緩和を止めれば、金利が跳ね上がり、日銀は債務超過に陥り、国家財政は逼迫して予算が組めなくなる。

■アベノミクスを推進させた「MMT」

 日本が量的緩和を続けてきたのは、アベノミクスの推進者たちが、「MMT」(現代貨幣理論)という馬鹿げた経済理論を信じたことにある。いまだに、自国通貨で国債を発行できる国はデフォルトしないと言っている者がいるのが、私には信じがたい。

 彼らは常に財政出動、財政拡大を主張し、税負担なしに国債によってそれをまかなえる。国債を財源とすれば、いくらでも財政支出ができると言い続けている。しかも、これだけ借金を重ねているのに、日本は緊縮財政を続けていて、それは財務省の「陰謀」などと言っている。

 しかし、国債を際限なく発行するということは、おカネをいくらでも刷り続けるということだから、マネーストックは膨張し続ける。つまり、おカネが市場に溢れ、インフレが亢進する。インフレ亢進に歯止めが利かなくなると、物価が短期間で倍々になるハイパーインフレになる可能性がある。

■緩和マネーは当座預金にブタ積みに

 このように、現在の円安とインフレを招いたのは、国力の衰退を国債の大量発行で埋め合わせようとしたことにある。それなのに、日本のインフレはアメリカと違う。円安による「輸入インフレ」で、ほぼ海外要因だと解説している者がいるのには、これまた驚くほかない。

 たしかに、ウクライナ戦争などの影響により、エネルギー価格や農産物価格が上がり、それに円安が拍車をかけたのは事実である。しかし、仮に円安がなかったとしても、インフレは起こっただろう。

 コロナ禍前まで、デフレが続いてきたのは、緩和マネーがあまり市場に出ず、日銀内の当座預金にブタ積みされてきたからだ。日銀はこれに0.1%の不利を付けているので、インフレは抑えられ、デフレが続いてきたのである。

 しかし、コロナ禍以後は、流れが変わった。

■日米ともにコロナ対策で巨額の財政出動

 コロナ禍で世界各国が、膨大な財政出動を行った。その財源のほとんどは、日本と同じように国債発行でまかなわれた。この財政出動マネーは、ほぼすべてがコロナ対策費として市場に出た。

 日本の場合は、2020年度、2021年度に補正予算を含めてそれぞれ175兆円、142兆円という巨額の財政支出が行われた。そのなかには、これまでに例がない全国民を対象とした総額約12兆9000億円の特別定額給付金があった。さらに、休業補償、雇用調整助成金などもあった。雇用調整助成金にいたっては、現在も続けられている。

 アメリカの場合は、納税額制限が設けられたが、大半の国民がこれまで3回の現金給付を受けた。1回目は1人最大1200ドル、2回目は同600ドル、3回目は同1400ドルで、計3200ドル(約46万円)である。これらのマネーとこれまでの緩和マネーが合わさって、コロナ禍が終息し始めると、記録的なインフレが起きた。

 このインフレを止めるため、FRBは量的緩和を手仕舞いし、利上げに入ったのである。

■インフレは「インフレ税」になる

 アメリカのインフレは前年同月比で10%近くになるもので、これは2〜3%のマイルドインフレと異なり、国民生活を圧迫する。そのため、FRBは景気悪化の懸念はあっても、断固として利上げを継続している。

 とはいえ、インフレは物価が上がるのだから、それが何%であろうと、税金を払っているのと同じことになる。インフレとは通貨の価値が下がることと同義なので、インフレが起こると借金を持っている人間はトクをする。

 つまり、なんといっても膨大な借金を抱えた政府は、インフレにより債務を軽減させることができる。

 政府債務は、そのほとんどが国債を発行して民間から調達したものである。つまり、インフレになると、貸し手である民間から政府に購買力が移転するかたちになる。そのため、「税」を付けて、インフレによる負担を俗に「インフレ税」と呼んでいる。

 じつは、日本のような巨額の財政赤字を抱える政府にとって、インフレは恵みの雨である。金利を押さえ込んだまま、インフレが亢進すれば、国債の利払い費の価値は実質低下する。これまで抱え込んだ債務も軽減される。さらに、物価上昇によって自動的に税収も増加する。

■10%のインフレでインフレ税はいくらか?

 インフレ税は、債務の額(債務残高)を、インフレ率を上乗せした値で割って求めることができる。

 計算式は次のとおり。

債務残高(名目)× 1/1+インフレ率=債務残高(実質) 

 では、この式を使い、名目債務残高が1000兆円でインフレ率が10%の場合、実質債務残高がいくらで、インフレ税がいくらか見てみよう。

 1000兆円× 1/1+0.1(10%)=909兆円

 1000兆円の借金が実質で909兆円になるのだから、インフレ税は91兆円ということになる。日本の公的債務残高は現在約1200兆円である。この計算式どおりなら、政府は大幅に債務を軽減できることになる。もし、インフレ率が100%なら、債務は半分になる。

 このように見れば、なぜ、日銀が緩和を止めないのか。円安を食い止めるために、日米の金利差を縮める利上げに踏み切らないのかがわかるだろう。

■誰も逃れられない「見えない税金」

 しかし、インフレ税を払うのは国民だから、政府は助かっても、国民は助からない。インフレ率と同じに賃金が上がらなければ、多くの国民の生活は成り立たなくなる。

 現在の日本の状況はまさにこれで、スタグフレーションが日々刻々進んでいる。今後、生活必需品の値上げラッシュが続けば、国民生活はますます苦しくなっていくだろう。

 インフレ率が高いほどインフレ税も増える。もしハイパーインフレなどということになれば、もはや暮らしは成り立たず、経済は破綻する。

 インフレ税は、実際の税金とは異なり、誰一人として逃れることができない「見えない税金」である。実際の税金のように、所得が増えるにつれて税率も上昇する「累進性」などないから、低所得層ほど負担がより重くなる「逆進性」を持っている。

「見えない税金」と言われるだけに、インフレ税は国民に税を取られている意識を持たせない。また、メディアも識者も、このような面からインフレを論じることはほとんどない。メディアは、物価が上がって大変だと騒ぎ、生活防衛を訴えるだけである。

■第2次世界大戦後のインフレ時と比較

 すでに、世界中で亢進しているインフレにより、各国政府の債務は軽減されている。IMFなどによると、アメリカと欧州ではこの2年間で計4.5兆ドル(約650兆円)の債務が軽減されたという。その内訳は、アメリカは3.2兆ドル、欧州は1.3兆ドルだ。

 過去のアメリカを見ると、インフレ税によって債務が軽減され、その結果、経済が成長したという例がある。それは第2次世界大戦後のことで、当時のアメリカは戦費拠出のために政府債務が5年間で3倍に膨らんだ。

 1946年の政府債務残高は、名目GDP比で119%。これを軽減させるため、FRBは金利を抑制し、インフレ率は一時14%まで上昇し、債務は実質的に軽減された。

 もちろん、この負担は国民に強いられたが、戦後復興の好景気によって負担は軽減され、経済は成長した。

 しかし、コロナ禍後の現在はどうだろうか? 

 第2次世界大戦後のような大規模な復興需要はあるだろうか? IMFによると、2020年の主要先進国の政府債務の名目GDP比は127%で、第2次世界大戦後の1946年の126%を上回っている。

 現在、アメリカ経済はコロナ禍後の需要復活で景気は上向いてはいるが、それほどでもない。日本は、いまだコロナ規制を引きずり、インフレによる個人消費の落ち込みもあって、完全に低迷している。

■預金封鎖、新円切替、財産税の3点セット

 インフレによる通貨価値の低下は、国民の購買力が弱まることを意味する。消費が落ち込むなかで、インフレがさらに進むと、ハイパーインフレの恐れが出てくる。

 歴史的にハイパーインフレの例は数多くあるが、近年では、1998年のロシアのルーブル暴落が典型例だろう。このとき、ルーブルの貨幣価値は1年で6分の1になった。

 現在の日本の政府債務残高(2021年)の対GDP比は263%で、ベネズエラに次いで世界第2位である。200%を超える水準は、第2次世界大戦の末期と同じだ。すでにベネズエラは経済破綻している。

 終戦後、ハイパーインフレが起き、戦時に発行された国債は紙切れになった。そうして行われたのが、「預金封鎖」「新円切替」「財産税」という3点セットによる国民財産の没収だった。

■富裕層から財産を没収する「財産税」

 インフレが度を超えてハイパーインフレになってしまえば、ほとんどの国民は困窮化する。前記したように、インフレ税からは誰も逃れられず、富裕層も低所得層も実質的に負担させられる。

 しかし、低所得層の負担を減らし、富裕層から財産を取り上げるという政府債務の圧縮方法もある。それが、「財産税」だ。

 日本で第2次世界大戦後に行われた財産税は、「預金封鎖」「新円切替」と同時に実施され、最高税率は90%(財産額1500万円超)だった。

 現在の日本人の個々の財産状況で、このような最高課税を課すのは無理があるので、予想としては、財産額4000万円以上の層から段階的に課税するのが妥当ではないかと考えられる。実際、こうした案は一部で検討されている。

■いまや日本人自身が円を売っている

 たとえば財産税の課税率が100億円超で40%なら、40億円の没収である。これはかなりの負担だが、ハイパーインフレよりはマシだ。

 なぜなら、もし100倍のハイパーインフレになれば、100億円は実質的に1億円の価値にしかならなくなってしまうからだ。これに対して財産税40%なら、40億円を納めて60億円は手元に残る。

 つまり、富裕層にとっても、もちろん、一般層、低所得層にとっても、ハイパーインフレよりは財産税のほうがマシである。

 よって、ハイパーインフレの兆しが顕在化したとき、政府は財産税を課してくる可能性がある。ただし、それによってインフレが止まるかどうかはわからない。いずれにしても、インフレを放置すればするほど、政府は助かる。

 はたして、今後の日本がここまで行くかどうか。

 現在、政府が恐れる投機筋だけが、円売りをやっているわけではない。すでに、日本人自身が円を売っている。そうして、「ドル転」による「資産フライト」を進めている。

作家、ジャーナリスト

1952年横浜生まれ。1976年光文社入社。2002年『光文社 ペーパーバックス』を創刊し編集長。2010年からフリーランス。作家、ジャーナリストとして、主に国際政治・経済で、取材・執筆活動をしながら、出版プロデュースも手掛ける。主な著書は『出版大崩壊』『資産フライト』(ともに文春新書)『中国の夢は100年たっても実現しない』(PHP)『日本が2度勝っていた大東亜・太平洋戦争』(ヒカルランド)『日本人はなぜ世界での存在感を失っているのか』(ソフトバンク新書)『地方創生の罠』(青春新書)『永久属国論』(さくら舎)『コロナ敗戦後の世界』(MdN新書)。最新刊は『地球温暖化敗戦』(ベストブック )。

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