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オミクロンの「次の変異」はあるか:新型コロナとの「共存」の可能性

石田雅彦科学ジャーナリスト
(提供:イメージマート)

 新型コロナウイルス感染症では、次々に新たな特徴を持った変異(変異株、バリアント)が出現し、パンデミックがなかなか収束しない理由にもなっている。現在、オミクロンが分化し続けているが、次の大きな変異はあるのだろうか(この記事は2023/01/26時点の情報に基づいて書いています)。

懸念のあるバリアントとは

 先日、筆者の知人が新型コロナウイルス感染症で亡くなった。60代、男性、基礎疾患があり、かなりのヘビースモーカーだった。発症後は軽症だったが、隔離療養期間の終了後に肺炎が急速に悪化したという。このように新型コロナは単なる「たちの悪い風邪」ではない。

 新型コロナは、2019年12月に中国で最初の患者が発生して以来、これまで世界で6億6000万人以上が感染し、670万人以上が死亡している(2023/01/25まで:WHO)。依然として世界中の社会経済に大きな影響を及ぼしているが、日本を含め、各国は新型コロナとの「共存」を模索し始めているようだ。

 一般的に、新型コロナウイルスのような存在はウイルスだけでは増殖できず、感染してヒトのような宿主のタンパク質(複製や転写に必要な酵素)を利用して増殖する。生命の進化は、細胞の増殖時に遺伝子が複製されるとき、遺伝子のエラーや組み換えなどによって起きるが、宿主の酵素を利用して増殖するウイルスも複製の際にはエラーが起き、変異する。

 WHO(世界保健機関)は、新型コロナウイルスの変異を分類し、その中で「懸念のあるバリアント(変異、VOC:Variants of Concern)」として一般にわかりやすいギリシャ語のアルファベットによる命名方法を提案してきた。これまでアルファ、ベータ、ガンマ、デルタ、そしてオミクロンのVOCが確認され、WHOは現在、オミクロンのみをVOCとしている。

 こうしたVOCの中でもウイルスが系統分化し、感染者が感染している変異が現在ほぼ100%となっているオミクロンでは、BA.1からBA.5などの子孫系統、さらにそれぞれの子孫系統が分化した亜系統など、膨大な変異が確認されている(WHO)。

 オミクロンの亜系統では、米国などでXBB系統の感染が拡大しつつあり、WHOはBQ.1系統とともに警戒すべき変異として2022年10月27日に警告している。また、新たに警告の対象になる系統では、ウイルスの免疫回避能力の向上が起き、ワクチンの効果を弱めたり、感染を広げたりすることが懸念され、WHOを含め、世界各国がウイルス変異の監視を続けている。

新型コロナウイルスの分化。2022年の後半からオミクロン(薄緑色から赤色)がほぼ100%になっている。Via:nextstrain.org
新型コロナウイルスの分化。2022年の後半からオミクロン(薄緑色から赤色)がほぼ100%になっている。Via:nextstrain.org

なぜ新型コロナウイルスは変異するのか

 新型コロナウイルスを含むコロナウイルスの仲間は、ほかのRNAウイルスにはない複製エラーを修復(校正)するための一群の酵素を持つことがわかっていた(※1)。だが、新型コロナウイルスの場合、細胞に侵入するいわゆるスパイクタンパク質や免疫回避能力に関するアミノ酸(酵素)も変異しやすくなっているようだ(※2)。

 なぜ、新型コロナウイルスが、強い複製エラー修復機能を持つのに変異をし続けているのだろうか。この謎を解くことができれば、オミクロンへの変異の理由やオミクロンの次の変異を予測し、ワクチン開発をはじめとした効果的な感染防止対策を考えることができるはずだ。

 その理由について、新型コロナウイルスが家畜や野生生物で変異していることが原因なのではないか、という考えがある(※3)。感染した動物によって複製エラー修復機能が変わって変異率が変わり、より変異しやすくなり、多種多様な変異の中からヒトへ効果的に感染できる変異が生まれているのではないかというわけだ。

 また、免疫力が落ちていたり免疫不全の感染者の中では、複製エラー修復機能を超える変異が急速に起きることがある。そのため、多種多様な変異が生じ、その中からオミクロンのように免疫回避能力を向上させる変異による感染が拡大したのでは、という考えもある(※4)。

 あるいは、ヒトのAPOBECという酵素群が、新型コロナウイルスの変異を加速させているのではないか、という考えもある(※5)。この酵素群は、DNAやRNAの塩基を書き換える(シトシン→ウラシル、グアニン→アデニン)機能を持ち、新型コロナウイルスのRNAがこの機能によって書き換えられ、多種多様な変異が生まれている、というわけだ。

感染者が増えれば変異率も高まる

 いずれの仮説も感染者が増えることで、新型コロナウイルスの変異も加速し、新たな変異が生じる危険性がある点に注意が必要だ。ヒトで感染者が増えれば、家畜や野生生物での変異も増える。また、ヒトの感染者の中には免疫不全の人もいるだろうし、そもそもヒトに備わった酵素がウイルスの遺伝子を書き換えているのかもしれないのだから、感染者が増えればその確率も高くなる。

 だが、新型コロナウイルスが変異を続ければ、やがて病原性が低くなり、普通の季節性の風邪のようにおとなしくなる、というのは誤った考え方だ(※6)。病原菌が人類の都合良く変異する保証はどこにもないし、病原性が低いのでは、とされるオミクロンが最後である保証もない(※7)。

 重要なのは感染者を増やさないこと、そして各国が協力して新たな変異の出現を監視し続けることだ。これは感染防止対策の変更とは別の問題だが、感染者が増加している地域で監視能力を下げないことや監視体制の弱い途上国での強化推進など、感染者が減少傾向に転じたといっても新型コロナに関しては油断せず、手を緩めてはならないだろう。

※1:Lorenzo Subissi, et al., "SARS-CoV ORF1b-encoded nonstructural proteins 12-16: replicative enzymes as antiviral targets" Antiviral Research, Vol.101, 122-130, 2014

※2-1:William T. Harvey, et al., "SARS-CoV-2 variants, spike mutations and immune escape" nature reviews microbiology, Vol.19, 409-424, 1, June, 2021

※2-2:Aakriti Dubey, et al., "Emerging SARS-CoV-2 Variants: Genetic Variability and Clinical Implications" Current Microbiology, Vol.79, 14, December, 2021

※2-3:Manish Dhawan, et al., "Omicron variant (B.1.1.529) and its sublineages: What do we know so far amid the emergence of recombinant variants of SARS-CoV-2?" Biomedicine & Pharmacotherapy, Vol.154, 113522, October, 2022

※3:Arinjay Banerjee, et al., "Molecular Determinants of SARS-CoV-2 Variants" Trends in Microbiology, Vol.29, Issue10, 871-873, October, 2021

※4-1:Bina Choi, et al., "Persistence and Evolution of SARS-CoV-2 in an Immunocompromised Host" The New England Journal of Medicine, Vol.383, 2291-2293, December, 3, 2020

※4-2:Victoria A. Avanzato, et al., "Case Study: Prolonged Infectious SARS-CoV-2 Shedding from an Asymptomatic Immunocompromised Individual with Cancer" Cell, Vol.183, Issue7, 1901-1912, December, 23, 2020

※4-3:Lok Bahadur Shrestha, et al., "Evolution of the SARS-CoV-2 omicron variants BA.1 to BA.5: Implications for immune escape and transmission" Reviews in Medical Virology, Vol.32, Issue5, 20, July, 2022

※5:Christoph Jung, et al., "Omicron: What Makes the Latest SARS-CoV-2 Variant of Concern So Concerning?" Journal of Virology, Vol.96, No.6, 23, March, 2022

※6:Aris Katxourakis, "COVID-19: endemic doesn’t mean harmless" nature, Vol.601, 485, 27, January, 2022

※7-1:David Adam, "Will Omicron end the pandemic? Here’s what experts say" nature, Vol.602, 20-21, 3, February, 2022

※7-2:Katia Koelle, et al., "The changing epidemiology of SARS-CoV-2" Science, Vol.375, No.6585, 1116-1121, 10, March, 2022

※7-3:Harald Brussow, "COVID-19: Omicron – the latest, the least virulent, but probably not the last variant of concern of SARS-CoV-2" Microbial Biotechnology, Vol.15 Issue7, 1925-2141,July, 2022

科学ジャーナリスト

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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