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新型コロナ感染症:日本呼吸器学会も「喫煙による重症化リスク」を警告

石田雅彦科学ジャーナリスト
(写真:ロイター/アフロ)

 新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)感染症(COVID-19、以下、新型コロナ感染症)は依然として収束の気配を見せないが、喫煙と重症化リスクの関係について日本呼吸器学会からメッセージが出ているので紹介したい(この記事は2020/04/22の情報に基づいて書いています)。

喫煙と新型コロナ感染症の関係

 喫煙による新型コロナ感染症のリスクについて議論が出始めたきっかけは、中国の約8000例を調査した査読の付かない論文だ(Preprint、※1、現在は取り下げられている)。この調査によれば、新型コロナ感染症の患者は男性のほうが多く(約55%)、男性のほうが合併症で重症化する割合が高く(61.5%)、女性に比べて男性の致死率が3倍以上(1.25%:4.45%)ということがわかった。

 この理由について、中国人男性の喫煙率の高さが影響しているのではないかと考えられた。2019年のWHO(世界保健機関)のレポートによれば、男性の喫煙率は52.1%、女性が2.0%で圧倒的に男性の喫煙率のほうが高いからだ(中国人全体の喫煙率は27.7%)。

 そもそもタバコから吸い込む有害物質は、喫煙者の気道や呼吸器の粘膜バリアや細胞組織などを破壊する(※2)。また、身体の免疫系の応答にも悪影響を及ぼす(※3)。

 タバコを吸うとインフルエンザや風邪、肺炎にかかりやすくなるが、これは年齢に関係なくタバコを吸う若い世代にとっても大きなリスクだ(※4)。また、喫煙によって呼吸器疾患が重症化し、治りにくくなるが、これは受動喫煙でも同じことが起きる(※5)。

 新型コロナ感染症と喫煙の関係は、中国で猛威をふるっていたころから指摘され、その後も同じような研究が続いて出されている。また「タバコ肺」と呼ばれるCOPD(慢性閉塞性肺疾患)が、新型コロナ感染症を重篤化させる独立した因子と指摘する論文なども多い(※6)。

世界中から警告が

 こうしたことから世界中の公衆衛生機関や研究者が、新型コロナ感染症の対策の一環としてタバコをやめること、つまり禁煙の推奨を始めた。

 例えば、東京都医師会は、2020年3月12日に記者会見を開き、新型コロナ感染症の感染拡大を防ぐための「四つのお願い」を公表しているし、WHOは新型コロナ感染症のQ&Aで「してはいけないこと(Is there anything I should not do?)」の第一に「喫煙(Smoking)」を挙げている。

 また3月20日、WHOは「タバコを吸わないでください。喫煙は、あなたがCOVID-19にかかった際に重症化させるリスクがあります(don’t smoke. Smoking can increase your risk of developing severe disease if you become infected with COVID-19)」との事務局長談話を出し、ECDC(欧州疾病予防管理センター)も喫煙が新型コロナ感染症の感染と重篤化のリスクを高めると警告している。

 さらに日本呼吸器学会は4月20日、「新型コロナウイルス感染症とタバコについて」という声明を出し、喫煙が重症化の最大のリスクであり、喫煙室が「三密」の場であり、受動喫煙の防止と禁煙を推奨している。

 新型コロナ感染症の重症化リスクとして年齢や基礎疾患(糖尿病、高血圧など)に比べても喫煙が最大のリスクとし、「タバコを吸うと何度も口元に汚染された可能性のある手を近づけることになるため、感染リスクを高める」としている。また、東京都港区が屋外喫煙コーナー28カ所を閉鎖したことを紹介し、施設管理者に対して「三密」になりかねない喫煙室の閉鎖を求めている。

 この声明の最後には、2020年度から禁煙外来がでスマホやネットを利用するオンライン診療が認められ、禁煙治療が受けやすくなったとし、薬局では薬剤師と相談しながら市販薬のニコチンガムやニコチンパッチによって禁煙することも可能と書いている。

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4月20日に出された日本呼吸器学会の声明の一部。Via:日本呼吸器学会

喫煙による重症化は明らか

 喫煙による新型コロナ感染症では、感染リスクについての議論は続いているが(※7)、もし仮に感染してしまった場合の重症化リスクが高いのは明らかだ。

 新型コロナ感染症と喫煙の関係について5つの論文を選んで比較評価した米国ハーバード大学などの研究グループによるシステマティックレビュー(※8)では、『The NEW ENGLAND JOURNAL of MEDICINE』の調査研究(※9)から重篤化した患者のうち22.1%(16.9%、5.2%)が過去喫煙者を含む喫煙者だったのに比べ、重篤化しなかった患者のうち13.1%(11.8%、1.3%)が過去喫煙者を含む喫煙者だったとしている。

 いずれも過去喫煙者を含む喫煙者が重篤化したり、人工呼吸器、ICU、死亡といった複合的エンドポイントが悪かったりする危険性を示している。また、人工呼吸器、ICU、死亡者の33.1%(25.5%、7.6%)が過去喫煙者を含む喫煙者だったのに比べ、そうした措置を受けなかったり助かった患者のうち13.4%(11.8%、1.6%)が過去喫煙者を含む喫煙者だったと分析している。

 そして、5つの論文を比較評価した結果、喫煙者は新型コロナ感染症で重篤化するリスクが1.4倍(RR=1.4、95%CI: 0.98-2.00)、ICUに入るリスクが約2.4倍、それぞれ高く、タバコを吸ったことのない人に比べて人工呼吸器を使うか死亡するリスクが2.4倍(RR=2.4、95%CI: 1.43-4.04)高くなるとした。

 イランのシーラーズ大学の研究グループが3月24日に発表した論文(※10)は、10論文を比較評価し、メタ解析で分析している。各論文で患者の喫煙歴のデータについてバラツキがあるとしつつ、喫煙によって新型コロナ感染症からの肺炎などの合併症にかかりやすくなることが示唆されるとした。

 以上のように、新型コロナ感染症の重篤化リスクだけではなく、喫煙は呼吸器をひどく痛めつける。どうだろう。タバコを吸っている人は、こうした機会にぜひ禁煙してみたらどうだろうか。

 人によるが、タバコをやめると約8時間後に血液の中の酸素レベルは正常値に戻る。3日後には呼吸が楽になったと感じるだろう。3ヶ月から9ヶ月後には肺の機能が戻り始める。タバコ代も浮くし、タバコを買いに外出し、感染リスクを高めることもない。

 科学的に信頼性の高いとされるコクラン(Cochrane)は、新型コロナ感染症のパンデミック時に効果的な禁煙方法を紹介している。日本語のサイトなので参考にしてほしい。

・全国禁煙外来・禁煙クリニック一覧(日本禁煙学会)

※1:Yang Yang, et al., "Epidemiological and clinical features of the 2019 novel coronavirus outbreak in China." medRxiv, doi.org/10.1101/2020.02.10.20021675, February, 21, 2020

※2:J A. Dye, K B. Adler, "Effects of cigarette smoke on epithelial cells of the respiratory tract." Thorax, Vol.49(8), 825-834,1994

※3-1:Yan Feng, et al., "Exposure to Cigarette Smoke Inhibits the Pulmonary T-cell Response to Influenza Virus and Mycobacterium tuberculosis." Infection and Immunity, doi:10.1128/IAI.00709-10, 2011

※3-2:Feifei Qiu, et al., "Impacts of cigarette smoking on immune responsiveness: Up and down or upside down?" Oncotarget, Vol.8(1), 268-284, 2017

※4-1:Jeremy D. Kark, et al., "Cigarette Smoking as a Risk Factor for Epidemic A(H1N1) Influenza in Young Men." The New England Journal of Medicine, Vol.307, No.17, 1982

※4-2:J Pekka Nuoriti, et al., "Cigarette Smoking and Invasive Pneumococcal Disease." The New England Journal of Medicine, Vol.342, No.10, 2000

※5-1:Marc Fischer, et al., "Tobacco smoke as a risk factor for meningococcal disease." The Pediatric Infectious Disease Journal, Vol.16, Issue10, 979-983, 1997

※5-2:Saran Sridhar, et al., "Increased Risk of Mycobacterium tuberculosis Infection in Household Child Contacts Exposed to Passive Tobacco Smoke." The Pediatric Infectious Disease Journal, Vol.33, Issue12, 1303-1306, 2014

※6-1:Wasim Yunus Khot, Milind Y. Nadkar, "The 2019 Novel Coronavirus Outbreak- A Global Threat." Journal of The Association of Physicians of India, Vol.68, 67-68, 2020

※6-2:Wei-jie Guan, et al., "Clinical characteristics of 2019 novel coronavirus infection in China." medRxiv, doi.org/10.1101/2020.02.06.20020974, 2020

※6-3:Guoshuai Cai, "Bulk and single-cell transcriptomics identify tobacco-use disparity in lung gene expression of ACE2, the receptor of 2019-nCov." medRxiv, doi.org/10.1101/2020.02.05.20020107, Feb. 28, 2020

※6-4:Guoshuai Cai, "Bulk and single-cell transcriptomics identify tobacco-use disparity in lung gene expression of ACE2, the receptor of 2019-nCov." medRxiv, doi.org/10.1101/2020.02.05.20020107, Feb. 28, 2020

※6-5:Samuel James Brake, et al., "Smoking Upregulates Angiotensin-Converting Enzyme-2 Receptor: A Potential Adhesion Site for Novel Coronavirus SARS-CoV-2 (Covid-19)." Journal of Clinical Medicine, Vol.9(3), doi.org/10.3390/jcm9030841, March, 20, 2020

※6-6:Firas A. Rabi, et al., "SARS-CoV-2 and Coronavirus Disease 2019: What We Know So Far." pathogens, Vol.9, doi:10.3390/pathogens9030231, March, 20, 2020

※6-7:Wenhua Liang, et al., "Cancer patients in SARS-CoV-2 infection: a nationwide analysis in China." THE LANCET Oncology, Vol.21, Issue3, 335-337, 2020

※6-8:Yang Xia, et al., "Risk of COVID-19 for cancer patients." THE LANCET Oncology, doi.org/10.1016/S1470-2045(20)30150-9, 2020

※7:Giuseppe Lippi, Brandon Michael Henry, "Active smoking is not associated with severity of coronavirus disease 2019 (COVID-19)" European Journal of Internal Medicien, doi.org/10.1016/j.ejim.2020.03.014, March, 14, 2020

※8:Constontine I. Vardavas, Katerina Nikitara, "COVID-19 and smoking: A systematic review of the evidence." Tobacco Induced Disease, doi.org/10.18332/tid/119324, March, 20, 2020

※9:W Guan, et al., "Clinical Characteristics of Coronavirus Disease 2019 in China." The NEW ENGLAND JOURNAL of MEDICINE, DOI: 10.1056/NEJMoa2002032, March, 16, 2020

※10:Amir Emami, et al., "Prevalence of Undelying Diseases in Hospitalized Patients with COVID-19: a Systematic Review and Meta Analysis." Archives of Academic Emergency Medicine, Vol.8(1), e35, 2020

科学ジャーナリスト

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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