Yahoo!ニュース

反マスク、反ロックダウンの思想性――コロナ対策の拒否はなぜ生まれるか

六辻彰二国際政治学者
(写真:ロイター/アフロ)
  • ロックダウンはもちろん、マスク着用にさえ抵抗する動きは世界中で広がっているが、とりわけ右翼によるものが目立つ
  • 右翼にはもともと現在の体制への不信感が強く、それによって私生活が拘束されることに拒絶反応が生まれやすい
  • これに拍車をかけているのが、右翼に典型的な「自分は他人ができないことをできる」という万能感の強さとみられる

 コロナ第二波、第三波が押し寄せるなか、マスク着用などをことさら嫌い、周囲とトラブルになる人は多かれ少なかれどの国にもいるが、本人がどこまで意識しているかはともかく、コロナ対策の拒否には右翼の思想性を見出せる。

コロナ対策に反対する人々

 日本よりコロナ感染が拡大している各国では、ロックダウンなどより厳しい措置がとられているが、それに比例して抗議活動も活発化している。ロックダウンは生活に大きな影響を及ぼすため、様々な立場から批判は出やすいが、なかでも目立つのが右翼によるものだ。

 ここでいう右翼とは政治的な「保守」よりさらに右の、いわゆる極右を指す。

 コロナ蔓延の初期、欧米でアジア人などへの差別が広がったことは記憶に新しいが、コロナ対策の強化もまた右翼の活動を活発化させているのだ。例えば、ヨーロッパで感染者が特に目立つ国の一つ、スペインでは5月、右翼団体がロックダウンに抗議して高速道路を占拠した。

マスク着用など、より基本的なコロナ対策への反対でも右翼は目立つ。アメリカのトランプ大統領やブラジルのボルソナロ大統領などがコロナを軽視し、マスク着用やロックダウンに消極的なことは、その象徴だ(そして2人とも感染した)。

 そのトランプ大統領を支持する右翼団体「プラウド・ボーイズ」は、厳しいコロナ対策で知られるミシガン州ホイットマー知事の誘拐を企て、事前に多くの逮捕者を出したことで、世界にその名を知られることになった。

 また、ドイツでは8月、マスク着用に反対するデモが行われたが、平和的な抗議活動に多くの右翼活動家が合流し、連邦議会に乱入しようとするなどしたため、緊張が高まった。

体制批判の先の反マスク

 右翼がコロナ対策に反対する最大の理由には、もともと多くの右翼が現在の体制を認めていないことがあげられる。

 その典型はドイツの右翼「帝国の市民」だ。この団体は第二次世界大戦がまだ終わっておらず、ドイツ第三帝国が存続していると主張する。今の体制を認めない立場から、「帝国の市民」支持者は納税の義務などを拒絶し、外国にルーツのある市民の権利を認めようとしない(「帝国の市民」はコロナ感染が拡大し始めた3月、非合法化された)。

 ここまで分かりやすい例は稀だが、各国の右翼は多かれ少なかれ、現在の体制を拒絶する点で共通する

 プラウド・ボーイズなどアメリカの白人極右は、時代の変化に応じて黒人や性的少数者の権利を認めた現在の法体系を拒絶し、アメリカ合衆国が建国された当時のままの憲法解釈を要求する。日本国憲法がアメリカによる「押し付け憲法」であることを強調する立場も、現在の体制を否定する点で同じだ。

 このように、もともと現在の体制への不信感が強い右翼にとって、マスク着用の徹底やロックダウンなど、私的な領域にまで踏み込まざるを得ないコロナ対策は、「政府の横暴」を叫ぶ絶好の口実になる。「不当で非民主的な政府が、いよいよその本性を表した」というわけだ。

ドイツでは第三波襲来を警戒し、コロナ対策を強化するメルケル首相に対して、右翼活動家が「全体主義者」、「独裁者」と罵声を浴びせている。

右翼と左翼の違いとは

 ただし、多くの右翼がコロナ対策に反対するのは、体制への不信感だけが理由とはいえない。体制批判だけなら左翼も同じだが、左翼は右翼ほどコロナ対策への抗議が目立たない。

 一般的に右翼と左翼は、本人たちが否定するほど全く違うわけでもない。政治学者の故ハーバード・マクロスキー教授らによると、右翼と左翼は独善的な視点に固執して陰謀論に傾きやすいことや、現在の体制への不信感が強い点で共通する。

 だとすると、コロナ対策批判に関する温度差には、右翼と左翼の違いが浮き彫りになっているように思われる。

 社会心理学者マイラン・オバイディ教授によると、左翼は人間関係を対等であるべきと考える傾向が強く、人種や性別などによる差別に拒絶反応が強いのに対して、多くの右翼はむしろ人間関係を垂直的に捉える。そのため、「自分より劣る」とみなす属性や立場に威圧的、排他的な態度をとりやすい。

 つまり、右翼も左翼も自分が下に置かれることを拒む点では同じだが、右翼の場合、タテの関係に意識が向かいやすいことの裏返しで、誰かにマウントを取られることへの恐怖心や対人不信が強い。

 そのため、根拠のあるなしにかかわらず、右翼には自分への万能感が強い。精神分析学者ハインツ・コフートによるヒトラーに関する指摘と、トランプに関する心理学者たちの研究は、どちらも自己愛の強さを浮き彫りにしており、そこには対人不信やコンプレックスとともに万能感も共通する。

 万能感が強く、「他人が知らないことを自分は知っている」と思いたがる傾向が強ければ、都合のいい情報を寄せ集め、「コロナなどたいした問題ではない」と過小評価したがったり、マスク着用を当たり前と捉える専門家や世の中の大半の人を嘲笑したがったり、果ては「ビル・ゲイツがワクチン開発に多額の資金を出しているのは世界中の人間にマイクロチップを埋め込むため」といった陰謀論を展開してコロナ対策を貶めようとしたりすることは、不思議ではない。

力への信仰

 もちろん、マスクやロックダウンを拒絶する人の全てが、ここでいう右翼に当たるとは限らない。マスクを拒否しながらも外国人や社会的少数者に寛容な人もあるかもしれない(ちょっと想像しにくいが)。

 とはいえ、コロナ対策の強化に反対する論理と思想が、本人の意識とは関係なく、右翼のそれと親和性があることも疑えない。そこには、他人を見下したがる、いわば力への信仰があるといえる。

 コロナ禍は長距離通勤や押印主義といった社会習慣を改めて浮き彫りにしたが、個人の内面に関しても同じことがいえるのである。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

六辻彰二の最近の記事