野口啓代と野中生萌は大舞台の重圧やケガに苦しみながらも決勝に進出〈スポーツクライミング複合女子予選〉
はじめて味わう重圧と緊張感に苦しみながらも有力選手たちが予選突破
実力者が予選で姿を消す波乱がさまざまな競技が起きている東京五輪。スポーツクライミングの有力選手たちもオリンピックの魔物に飲み込まれかけた。
東京五輪13日目の8月4日(水)にスポーツクライミング複合女子予選が行われ、日本勢はふたり揃って8人で競う決勝進出を決めた。
野口啓代が〈スピード9位〉×〈ボルダリング3位〉×〈リード6位〉の複合162ポイントで予選4位。
野中生萌は〈スピード4位〉×〈ボルダリング8位〉×〈リード3位〉の複合96ポイントの予選3位。
2019年の世界選手権で「複合」「ボルダリング」「リード」の3種目を制し、東京五輪でも金メダルの最有力候補のヤンヤ・ガンブレット(スロベニア)は、〈スピード14位〉×〈ボルダリング1位〉×〈リード4位〉の複合56ポイントで予選を1位で通過した。
結果だけを見れば、メダル候補は順当に決勝に駒を進めたように映る。しかし、3種目を行うなかで有力選手たちが競技人生ではじめて体験する重圧と戦う姿が随所にあった。
この大会を最後に競技を退く野口は、最初の種目のスピードで自己ベストを連発して幸先よいスタートを切ったものの、続くボルダリングでは窮地に追い込まれていた。
野口が複合で躍進するにはボルダリングで悪くても3位以内の順位が必須。それが2課題を終えて1完登で、残すは完登への難易度の高まる第3、第4課題。両課題をどちらも登れなければ次のリードの成績次第では予選敗退も起こり得た。
そうした状況で臨んだ第3課題は完登。これまでならTOPホールドを両手で止めると、満面の笑みやガッツポーズなどで喜びを表すところだが、この時は険しい表情のまま眉ひとつ動かすことはなかった。
追い込まれて発揮した集中力の高さを第4課題にも繋げて、最終的には3完登でこの種目3位に滑り込んだ。これが効いて、リードも本来の姿からはほど遠い結果ながらも決勝戦に駒を進めた。
野中はスピードで1本目7秒74、2本目7秒55と自身が持つ日本新記録を更新するパフォーマンスを連発し、この種目のスペシャリストたちに食らいついて4位スタート。しかし、続く得意のボルダリングでは苦戦した。
W杯年間女王になった2018年シーズンのような輝きはなく、1課題に完登したのみで、この種目8位。最後のリードはフィジカルパワーが求められるルートだったことが、野中のパワーでねじ伏せるスタイルにハマってリード3位となった。ただ、野中よりもリードの実績を持つ選手たちが、本来のパフォーマンスを発揮していたら予選通過も紙一重という状況だった。
重圧に苦しんだのは、自国開催の日本勢だけではない。”絶対女王”のヤンヤ・ガンブレット(スロベニア)も同じだった。
スピードは大会直前に自己ベストを7秒台にまで高めて死角なしと思われていたなか、2本とも序盤にミスをして勢いに乗り切れずに14位。続くボルダリングで第1課題に完登したときの表情は、これまでのW杯や世界選手権であまり見せたことのないものだった。
ヤンヤは2019年世界選手権複合を、ボルダリングとリードで1位を獲得し、スピードの低順位を挽回して金メダルを獲得。だが、あれから2年間で両種目で自身に迫る力を持つ選手が台頭していることを感じていたからこそ、切迫した表情を見せたのだろう。それでも1課題目を一撃してプレッシャーから解放されたヤンヤは、ボルダリング4課題をすべて1度目のアテンプトで完登。レベルの違いを存分に見せつけた。
この3選手以外の予選通過は、2位ソ・チェヒョン(韓国)、5位ブルック・ラバトゥ(アメリカ)、6位ジェシカ・ピルツ(オーストリア)、7位アレクサンドラ・ミロスラフ(ポーランド)、8位アヌーク・ジベール(フランス)になった。
メダルの行方を大きく変えるスピード選手2名の決勝進出
8月6日(金)の17時30分から始まる決勝戦で、メダルの行方に大きな影響をもたらすのが、スピードのスペシャリスト2選手のパフォーマンスだ。
ミロスラフは予選スピードで世界記録に0.01秒まで迫る6秒97をマーク。ジベールも予選で自己ベストを更新する7秒12を出すなど好調を維持している。
複合成績は3種目それぞれの順位を掛け算したポイントが少ない順に決まる。そのため掛け算しても値の増えない”1位”を取ることが重要。とはいえ、8人で争う決勝ではスピードで1位を獲っても、ほか2種目で最下位だと〈スピード1位〉×〈ボルダリング8位〉×〈リード8位〉なら64ポイント。これだと表彰台に乗ることは難しかった。
今回はスピード選手が2人も決勝に進んだことで、ミロスラフかジベールのどちらかが、〈スピード1位〉×〈ボルダリング7位〉×〈リード7位〉=49ポイントになる可能性が生まれた。もしこれが実現されればスピードのスペシャリストが表彰台の一角を占めることも十分に起こり得る。
絶対女王がいて、スピードのスペシャリストが立つとなれば、残るスペースはひとつしかなくなる。しかし、過去の実績どおりに順当に事が運ばないのがスポーツの怖さであり、魅力でもあり、東京五輪でもある。
果たして、最後の最後に表彰台で笑顔を咲かせるのはーーー。
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予選順位
【 】内は予選での各種目順位を、決勝進出者内での順位に置き換えたもの
1位 ヤンヤ・ガンブレット(スロベニア)
【S7位×B1位×L4位】
2位 ソ・チェヒョン(韓国)
【S8位×B5位×L1位】
3位 野中生萌(日本)
【S3位×B5位×L3位】
4位 野口啓代(日本)
【S4位×B3位×L1位】
5位 ブルック・ラバトゥ(アメリカ)
【S5位×B2位×L1位】
6位 ジェシカ・ピルツ(オーストリア)
【S6位×B6位×L2位】
7位 アレクサンドラ・ミロスラフ(ポーランド)
【S1位×B8位×L8位】
8位 アヌーク・ジベール(フランス)
【S2位×B7位×L7位】
ーーーーー以下予戦敗退ーーーーーーーーーー
9位 ヴィクトリヤ・メシュコワ(ロシア)
10位 ショウナ・コクシー(イギリス)
11位 カイラ・コンディー(アメリカ)
12位 ソン・イリン(中国)
13位 ジュリア・シャノーディ(フランス)
14位 アランナー・ヤップ(カナダ)
15位 ラウラ・ロゴラ(イタリア)
16位 ペトラ・クリングラー(スイス)
17位 ユリヤ・カプリナ(ロシア)
18位 ミア・クランプル(スロベニア)
19位 オセアニア・マッケンジー(オーストラリア)
20位 エリン・スターケンブルク(南アフリカ)
【この記事は、Yahoo!ニュース個人編集部とオーサーが内容に関して共同で企画し、オーサーが執筆したものです】