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伐採量を2倍にしたら炭素固定量が3倍になる? 最新研究から見た林業と気候変動対策

田中淳夫森林ジャーナリスト
日本は、森林の炭素吸収分を小さく見積もりすぎか。(写真:イメージマート)

「日本が脱炭素を進めるためには、木をたくさん伐るべきだ」

 思わず目を剥きそうな論文が出た。発表したのは、東京大学大学院農学生命科学研究科の熊谷朝臣教授のチームである。

Carbon stock projection for four major forest plantation species in Japan

 具体的には、主要な人工林樹種、スギ・ヒノキ・マツ属・カラマツを対象に、全国スケールで吸収するCO2量を導き出し、過去から未来までに至る動態を確認したものである。

 それによると、森林の炭素蓄積量は樹齢50年以上の木を伐って若い木を植えないと近い将来に飽和してしまい、吸収が鈍ってしまうという結果が出たのである。むしろ木をどんどん伐って、その木を建築物などに使うことで炭素を蓄積し、伐採跡地に造林することが、日本の森の炭素蓄積量を大きく高めるという結論に達したのだという。

 これを言い換えると、日本は気候変動対策のために、もっと林業を活発にすべき! ということになる。

 この内容を簡単に紹介したいが、その前に、4年前に同じ熊谷チームが発表した論文にも目を向けたい。こちらは日本の森林の炭素貯蔵能力は、従来言われてきた数字より、はるかに大きかったことを示している。

Carbon stock in Japanese forests has been greatly underestimated

 ここでは、森林のCO2吸収能力を最新の計測データを元に計算し直している。日本の森林の持つ炭素蓄積量は、これまで17.5億トンと推定されていたが、実際は30.16億トンだったというもの。ざっと1.72倍だ。

 これを年間の森林炭素吸収速度で表すと、従来言われてきた1990万炭素トンではなく、4850万炭素トンとなり、これまでの2.44倍となったという。

 この研究成果を踏まえて、より多くの炭素を固定できるモデルを考えたところ、成熟した木をどんどん伐って、どんどん使い、跡地にきっちり造林することだったわけだ。

日本は、林業を活性化したら炭素蓄積が増える?(東京大学大学院サイトより)
日本は、林業を活性化したら炭素蓄積が増える?(東京大学大学院サイトより)

 ケースとしては、林業活動なし(伐採も植林もしない)と現況の林業活動(2つのケース)、そして伐採量を2倍にして再造林を100%した場合の4つのタイプを比べたところ、いずれも現在より炭素蓄積が増えたが、伐採量2倍の場合は林業活動ゼロに比べて3~4倍もの量になったという。

 正確な研究内容に関しては、上記の英語論文を読むか、東京大学大学院のホームページに掲載されている「要約」に目を通してほしい。こちらの方がわかりやすいのでオススメだ。(何より日本語)

森林は、たくさん伐ってたくさん植えたら、たくさん炭素を蓄える

 この結論は、よく「木を伐って自然破壊している」と見られがちだった林業家を勇気づけるだろう。同時に林業活性化を達成するため木材生産量を拡大することにやっきとなってきた林野庁が大喜びしそうだ。

 一方で私には、どうも腑に落ちない部分があった。何が気になるのか論文のアッチコッチを確認していたが、この結論に至るには、極めて重大な条件があることに気付いた。その点を指摘したい。

 それは、第一に収穫した木(伐採木)を無駄なく利用すること。それも建築物など比較的長く炭素を固定し続ける用途に活かす。一部はバイオマス燃料に使うことも考えられるが、その分だけ化石燃料の使用が控えられなくてはならない。そのうえで伐採跡地を100%再造林することが最重要課題である。

 残念ながら、現状の林業はそうはなっていない。樹木のうち木材、それも建材に活かされるのは4割以下だろう。木造建築物の寿命は延びているが、木造住宅の建設件数は減少気味だ。

 そして現在の伐採量でも、再造林率は3~4割という有様。伐採量を2倍に増やしたら、どうやって再造林を行うのか。苗も足りない、人手も足りない。何より資金が足りない。

 こうした点について、熊谷教授は「日本の人工林の可能性を示したもの」だが、「これは実現可能な未来である」とする。そのうえで指摘するのは「森林だけに頼っても、温暖化抑制は絶対に成しえない」ことである。

 具体的には、現在世界中で排出されているCO2のうち、森林と海が、25%ずつ吸収している。すると排出したうちの半分が大気中にあるわけだが、これを減らすには、まず森林破壊を止めること、そして森林による吸収分をあと20%は増やすべきだとする。そして、残りを技術革新(省エネや再生可能エネルギー)で削減しなければならない。これらの条件を満たしてこそ、気候変動を抑えられるのだ。

 ただ木材を利用することで炭素固定を進めると言っても、建築物だけでは限界がある。端材、おが屑などをセルロースナノファイバーとして利用するのも手だが、熊谷教授はもう一つの有望な手立てとして、「埋めること」を挙げている。

 それは木材が腐朽分解されないよう、酸素に触れられない貯蔵施設の建設や、木炭にして土壌中に埋めることなどが考えられるだろう。実際に世界中の土壌に含まれる炭素量9000億トンを年間0.4%(4パーミル)増やす「4パーミル・イニシアティブ」という運動がフランスの提案で世界に広がっている。

 不思議なのは、肝心の国の対応だ。日本の森林が吸収できる炭素量は、従来の推定値の2.44倍もあったというのに、最新データによる推定値を採用しない

 また森林による炭素の排出権取引として考えられたJクレジットも、常に過小な数字ばかりを使うのだ。たとえばスギとヒノキが混ざった林地の場合、成長が遅く炭素吸収速度の遅いヒノキで計算している

 ちゃんと実情に合わせるだけで、日本の森林の実力を世界に示せて、森林吸収分を大きくカウントできるだろう。それは国際公約を達成するためにも日本にとって有利なはずなのに、あえて小さく、小さく、扱うのはなぜなのか。

 一方で林野庁は、木材利用の歩留りを上げることや完全に再造林を行うことなど、重要な点を後回しにして、ただ木材生産量(伐採量)のアップばかりに力を入れている。これでは「林業が気候変動を招いている」と言われかねない。

 ともあれ、さまざまな手立てを動員して炭素固定量を増大していかないと、気候変動は治まらない。

 森林は、そして林業は、そのための大きな武器になる。

森林ジャーナリスト

日本唯一にして日本一の森林ジャーナリスト。自然の象徴の「森林」から人間社会を眺めたら新たな視点を得られるのではないか、という思いで活動中。森林、林業、そして山村をメインフィールドにしつつ、農業・水産業など一次産業、自然科学(主に生物系)研究の現場を扱う。自然と人間の交わるところに真の社会が見えてくる。著書に『鹿と日本人 野生との共生1000年の知恵』(築地書館)『絶望の林業』『虚構の森』(新泉社)『獣害列島』(イースト新書)など。Yahoo!ブックストアに『ゴルフ場に自然はあるか? つくられた「里山」の真実』。最新刊は明治の社会を揺り動かした林業界の巨人土倉庄三郎を描いた『山林王』(新泉社)。

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