【捨てる物はない?】卒業アルバムを捨てるに至るまで【今までなかった目線に気づく】
家の片付けをある程度熱心に進めていくと「ウチには不要な物はもうない」と思うようになります。
私も整理収納アドバイザーになって間もないころはそう思い込んでおりました。
しかし、その考えは今では大きく変わりました。
不要な物はもうない、捨てる物もない、と思い込むことのデメリットを卒業アルバムの例で述べます。
■「使える」からと言って持ち続けていると物が増える
生活や考え方は変化します。それに合わせて物の持ち方も変わります。
例えば、今まで続けていたテニスをやめて、ゴルフを始めたのなら、持ち物が変わります。
また、今まで黒が好きだったけど、好みが白に変われば、それに合わせて家具や小物が変わることもあります。
これは、物が変わったわけではなく、自分の暮らしや好みの変化。
持ち物自体が劣化したり壊れたりしているわけでないので「使用可能」の状態です。
使える物なのでそのまま持ち続けてしまいやすいのですが、変化に合わせて持ち物を整理しないと、どんどん増えてしまいます。
■気づかないことは損
「気づかないことは損」これは私がつくづく実感したことです。
思い出の品は「永久保存」だと思い込んでおり、死ぬまで持ち続けることが当たり前と考えておりました。
例えば、卒業アルバム。取捨の選択肢にすら上がらない物でした。
ミニマリストの記事を初めて拝見した時、そういう物も処分の対象として見る、そして実際に処分する。その目線に驚きました。
今まで気づいていなかった、気づかなければ考える対象として見ることができません。そう思うと気づかないことは損だなと思います。
■思い込みは変化の機会を逃す
ただ、卒アルを処分する潔さに感心しながらも、最初は自分自分の価値観とは異なると思っておりました。
しかし、なんでしょう?自分の価値観がだんだんと変化し、「なくてもいいかも?」と思うようになりました。
きっかけは、やはり「処分した」という人の話を見聞きし、選択の余地があることに気づいたおかげです。
すぐに捨てるには至りませんでしたが、心の片隅にできた気持ちが徐々に大きくなり、何年か経ってから捨てました。
データで残せるということが決断の大きな要因でしたが、「なくてもいいかも?」という感覚が芽生えなければ、一生「永久保存」と思い込んでいたかもしれません。
すっきり暮らしたい希望があるけど、さまざまな思い込みで叶っていないことは往々にしてあるものです。
片付けの時、「一番最初に捨てるべきは思い込み」という格言に納得。
捨てることを強要するわけではないけれど
たくさんの物を抱え込んだり、ガチガチの思い込みで「ねばならない」という暮らし方は疲れてしまいます。
ただでさえ、情報が多くて選択肢の多い世の中。身軽なほうがラクだなと、面倒くさがりの私は思うのです。