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SNSの反響等をもとに演出家が振り返る『芋たこなんきん』

田幸和歌子エンタメライター/編集者
画像提供/NHK

いよいよ残り10話を切ってしまった、BSプレミアム再放送中のNHK連続テレビ小説『芋たこなんきん』。

「演出家が今だから語れる『芋たこなんきん』制作秘話」記事でお話しいただいた、同作演出の1人・真鍋斎氏に、改めてSNS等の反響をもとに、当時を振り返っていただいた。

町子+矢木沢の「最強タッグ」は、こうして生まれた

本作において絶賛の声が非常に多いのが、ヒロイン・町子(藤山直美)と、そのパートナー・健次郎を演じる國村隼と並んで、仕事上のパートナーである秘書・矢木沢純子を演じるいしだあゆみである。

「モデルとなった実際の秘書の方は非常に良い家のお嬢さんのようで、屈託がなく、明るく、とても上品な方ですが、いしださんはそうした話をもとに、非常に魅力的な女性像を表現されていました。メインキャストは皆さん、お芝居の上手な方ばかりですが、矢木沢さんは藤山さん演じる町子とずっと一緒に行動する人物なので、藤山さんの芝居に自然に合わせる力量がある方ということも重要でした。それに、笑いがかなり重要な要素の作品ですが、いしだあゆみさんは笑いのセンスも非常に良いんですよね。どんな相手とでも呼吸をピタリと合わせられる、百戦錬磨ですよね」

夫婦像が素敵であることはもちろん、後半に行くにつれ、町子+矢木沢のタッグはますます最強になって来る。撮影時はニコイチのように過ごしているようなことも?

「いやいや、意外にそんなこともなかったんですよ。いしださんももちろんですが、藤山さんは何しろ“プロ中のプロ”ですから、カメラが回っていないところで関係性を作るといったことよりも、カメラの前でスイッチを入れる方なんです。俳優さんにとってはリハーサルを念入りにやりたい方もいますが、藤山さんは『稽古で疲れたら意味がない』とよくおっしゃっていました(笑)。そういった意味でも、藤山さんの求めるお芝居のレベルに合わせられる人ばかりで作っていったところはあります」

写真:アフロ

料理シーン、家族の食事シーンのナチュラルさも評判

「料理が中心の話ではありませんので、料理の腕が特別必要なわけではありませんでしたが、藤山さんご自身が料理をなさる方ですし、作品の時代的にお母さんが料理を作ることが普通の時代だったので、包丁さばきが下手だと考証上シラけてしまうということもありますね。食事シーンは演出的に言うと、子どもたちがみんな座ってしまうと、座りきりの画になってしまうので、お皿を運んだり、手伝ったりするような動きをつけることで自然なシチュエーションを作りやすいんです。それに、NHKドラマの消え物(食物)は美味しいんですよ(笑)。テストで食べ過ぎて本番で食べられなくなったら困りますが、そこは子どもたちも育ち盛りですし、特に制限せずに実際に食べてもらっていたことも自然な映像になっているのかと思います。あとは、朝ドラは特に膨大な物量を撮影しないといけないので、当時は、基本的に3~4台のカメラを並べて、長回しでスイッチングしながら撮っていたことも影響しているかと思います。今は編集機も発達しましたから、3回くらい同じ芝居をして、いろいろな方向からの映像を編集しますが。それに、やっぱり上手な役者さんが揃っていたから、できたことでもあります。藤山さんなどは、『もうワンカットでいいんちゃう?』とおっしゃることがありました(笑)」

名優たちや歴代朝ドラヒロインたちの活躍も

印象的だったのはサイン会とかぶってしまったことで、町子が子どもたちの運動会に間に合わなかったシーン。

「運動会のシーンは、大阪で撮影できる学校が見つからず、京都の学校で撮影したんですよ。学校の脇の道を藤山さんに『全速力で走ってください』とお願いしましたが、藤山さんはすごく足が速くて、驚きました(笑)。その後に運動会に間に合わなかった町子のために、晴子(田畑智子)も巻き込んで、子どもたちみんなでピラミッドを作るシーンがありましたが、みんな和気藹々と楽しんでやってくれましたね」

健次郎の父・喜八郎(小島慶四郎)や、ドラマオリジナルキャラの風来坊の長男・昭一(火野正平)、町子の母・和代(香川京子)についても、こんな思い出を語る。

「火野さんは、本当に女性にすごく優しいんですよね。姪っ子・由利子役の子役(土岐明里)と公園にいるシーンでも、ずっと隣に座って楽しくおしゃべりされていましたから(笑)。その様子が本当に優しくて。昭一はドラマオリジナルのキャラですが、火野さんの一見飄々としているようで、実は世の中の苦労をよく知っていて、荒波に揉まれてきた感じがすごく良かったんですよね。それと、お父さん役の小島慶四郎さんは松竹新喜劇の名物役者さんで。東京の方にはあまりなじみがないかもしれませんが、私などは子供の頃からよくテレビで拝見して見ていた大好きな方だったので、ご一緒できたのはすごく貴重な経験でした。また、町子の母親役の香川京子さんも、あの小津安二郎監督ともお仕事をされていた大女優さんですが、私ごときがどんなお願いをしても『いや…』とはおっしゃらず、必ず『やってみます』とおっしゃる、すごい女優さんでしたね」

また、撮影のときの思い出で印象深いのは、回想シーンで登場する尾野真千子だとか。朝ドラ『カーネーション』(2011年度下半期)でヒロインを務める5年前に、本作では町子の叔母役を演じていた。

「昌江(尾野真千子)のお見合いというハレの日に、町子が泥だらけになって大きなカエルを捕まえて家に持ち帰って、玄関先でワチャワチャになるっていうエピソードがあって。"子ども町子”(山崎奈々)は平気なんですが、尾野さんはカエルがすごく苦手で。僕もカエルは苦手なんですが、そのとき、尾野さんが不意に『私、カエルつかんで良いですか』と言うんですね。驚いて『でも、嫌いでしょ?』と聞くと、『嫌いです。でも、やってみて良いですか』と。それで、カエルを手に取ってギャーギャー騒いでいました(笑)。たぶんカエルに対するリアルな反応をしたかったのだと思いますが、まさに役者魂ですよね」

『私の青空』(2000年度上半期)のヒロイン・田畑智子が健次郎の妹・晴子を、『やんちゃくれ』(1998年度下半期)のヒロイン・小西美帆が看護師・鯛子を演じていたのも印象的だ。

「智ちゃん(田畑智子)は『私の青空2002』のときから知っているのですが、藤山さん、國村さんの芝居を間近で見ながら、その空気を邪魔しないよう、演出の意図にも寄り添ってくれていたのを覚えています。また、小西さんにはずいぶん感心しました。健次郎先生(國村)とのやりとりが多いですが、ちょっとした場面でも力が入りすぎず、先生とも患者さんとも絶妙な塩梅で楽しい掛け合いができるんです」

写真:イメージマート

撮影が大変だった「たこ芳」。石橋蓮司、友近の凄みも

視聴者が夢中になったのは、ツチノコ回の「チィーッ」の言い方。

「あの独特の言い方は藤山さんオリジナルです(笑)。ちょっと溜める間の取り方、迫り方などは絶品ですよね。あの言い方は、初めて聞いた時から一発OKでした。藤山さんと石橋蓮司さんとの掛け合いは剣豪同士の斬り合いを見るようで(笑)、現場は笑いをこらえるのに必死でしたし、藤山さんもすごく楽しんでいらっしゃいました」

朝ドラでは、みんなが集う喫茶店や飲食店が必ず登場するが、たこ芳のようにカウンターのみの狭い店内にぎっしり横並びになるのは、非常に珍しいシチュエーションだ。実は距離のあるテーブルの向かい合わせよりも狭い場所で隣同士のほうが仲良くなりやすいのは、人付き合いあるあるだが、もしかしてそういう意図も?

「カウンターのみの狭い店というのは、実際に大阪の天満あたりの飲み屋街にはよくあるんですよ。それに、狭いところでみっちり並ぶやりとりも、楽しいですよね? ただし、撮影に関しては、本当に狭い場所で撮るので、かなり大変でした(笑)」

もう一人、強烈に覚えている役者として、真鍋氏は友近を挙げる。演じたのは、町子の友人でグルメライターやテレビ番組の構成をしている神田みすず役。凄いのは、当時、まだ33歳くらいだった友近が1まわり以上年上の藤山直美の友達役として何の違和感もなかったこと。

「友近さんはすごいですよ。あれだけ凄い役者陣に囲まれ、まして藤山さんのお友達設定で、緊張した様子も見せずに堂々と演じられていました。それに、女性が一人でネタを作り、笑いを生み出していこうという姿勢に、藤山さんはかなり共感されていたようで、非常に友近さんを気に入っていらっしゃいましたよ」

こうして当時のエピソードを聞くと、改めて最初から観たいと思う人もいるのでは? 実際、今回の再放送で初めて観た人、評判を聞いて途中から観始めた人は多いように見受けられる。今度はNHK総合でもう一度最初から再放送してくれないものでしょうか……。

(田幸和歌子)

エンタメライター/編集者

1973年長野県生まれ。出版社、広告制作会社勤務を経てフリーランスのライターに。週刊誌・月刊誌・web等で俳優・脚本家・プロデューサーなどのインタビューを手掛けるほか、ドラマコラムを様々な媒体で執筆中。エンタメ記事は毎日2本程度執筆。主な著書に、『大切なことはみんな朝ドラが教えてくれた』(太田出版)など。

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