Yahoo!ニュース

ハリウッド三幕構成からみる「鬼滅の刃」大ヒットの理由

河嶌太郎ジャーナリスト(アニメ聖地巡礼・地方創生・エンタメ)
映画館に貼られた、劇場版「鬼滅の刃」のポスター(筆者撮影)

 週刊少年ジャンプで連載し、大ヒットとなった「鬼滅の刃」。2019年4月に放送されたTVアニメが社会的な大ヒットを起こし、それまでシリーズ累計約350万部だった単行本の発行部数が、2020年10月には累計1億部を突破。約29倍もの伸び率となっています。

 なぜ、ここまでの人気となっているのか。単行本の売り上げからみて、アニメの完成度の高さにもありそうです。では、「鬼滅の刃」の面白さは一体どこにあるのか、その“秘密”を探りました。

ログラインにみる「鬼滅」の明快さ

 物語の世界は、無数のパズルが組み合わさってできているように思われるかもしれませんが、実はそうではありません。確かに世の中に出回っている作品は様々な要素が絡み合ってできていますので、一見難しいように見えるかもしれませんが、一つ一つを紐解いて行くと、シンプルな線のようなものが見えてきます。

 例えば「スター・ウォーズ エピソード4」は、「辺境惑星の少年が宇宙に出てお姫様を助けに行く話」。「天空の城ラピュタ」は、「空に浮かぶ伝説の島を、少年がその秘密を持つ少女と共に探しに行く話」などというように説明できます。こうした一文は「ログライン」とも言われ、物語の本線を表すものです。

 このログラインをもとに、さらに短い言葉で言い換えると、「スター・ウォーズ」は「救出譚」、「ラピュタ」は「冒険譚」というように言い表すこともできます。こうした言い表し方は、「物語の類型」とも呼ばれます。

 もちろん、例に挙げたこの2作の要素はこれだけではありませんし、別の解釈も当然成立します。例えば「ラピュタ」を、悪人をやっつける「勧善懲悪モノ」と見なしても、それは間違いではないと思います。上記であげたのは、あくまで筆者の解釈による一例です。

 こうしたログラインや物語の類型がスパッと一つに絞り切れる作品は、それだけ物語が単純明快であり、エンターテイメント寄りであると言えます。大人気ドラマ「半沢直樹」はまさにこの典型例と言えるでしょう。

 一方でログラインや物語の類型が複数存在し、一つに絞りきれない作品もあります。こうなると物語が高尚になり、アート寄りになる傾向があります。映画「レオン」や、アニメだと「新世紀エヴァンゲリオン」や「魔法少女まどか☆マギカ」などがこれに該当するでしょう。いずれも大ヒット作品であり、どちらが優れているというわけでもありません。

 では、「鬼滅の刃」はどうでしょうか。主人公の竈門炭次郎の物語上の欲求は、「鬼にされた妹の禰豆子を助ける」と一貫しています。ログラインにするなら、「少年が鬼にされてしまった妹を人間に戻す話」と書き表せるでしょう。この単純明快さが、面白さのカギを握っていると考えられます。

「BTTF」でみる「三幕構成」

 ところで、脚本における型に「三幕構成」というものがあります。特にハリウッド映画では、基礎として押さえられるべき「文法」とまでなっています。ハリウッド映画だけでなく、大ヒットアニメ映画「君の名は。」も、三幕構成を強く意識して作ったと制作者の新海誠監督は明言しています。

 三幕構成は、一つの物語を「第一幕」から「第三幕」の3つの幕に分け、この3つの幕がおおむね1:2:1という配分になっています。120分の2時間映画だったら、第一幕が約30分、第二幕が約60分、第三幕が約30分という時間配分になります。この時間配分はあくまで目安で、特に第三幕は短く描かれる傾向があります。映画「バック・トゥ・ザ・フューチャー(BTTF)」が典型例で、主人公のマーティが過去に行くまでが第一幕、未来に戻ろうとするところからが第三幕です。

 第一幕では、主要登場人物の日常を通じて設定や欲求が描かれ、その日常が壊される出来事が起きます。その出来事をきっかけに主人公はある決意をし、第二幕へと移ります。

 第二幕では、第一幕での決意をもとに、そこから生まれた物語を通じた目標を成就すべく様々な試行錯誤が描かれます。この目標は達成してしまったらそこで物語が終わってしまいますので、様々な試練が主人公を襲いかかります。そしてその過程で主人公は変化をし、物語の解決となる新たな決意をします。そしてその新たな決意を達成するべく、第三幕が描かれ、物語が解決します。

 第一幕で決意するきっかけのシーンは「プロットポイント1(PP1)」や「ファースト・ターニングポイント」、第二幕終盤で新たな決意をするきっかけのシーンは「プロットポイント2(PP2)」や「セカンド・ターニングポイント」とも呼ばれます。

「BTTF」を例に言えば、ドクの死体を見たマーティが「ドクを助けたい」と決意するのが「PP1」。ドクを助けるべく元いた未来の10分前に戻ろうと決意するのが「PP2」に相当します。

 なお、これは「BTTF」のログラインを「過去に飛ばされた少年が親友の科学者を助けるために未来に戻る話」とし、物語の本線を「マーティとドクの時空を超えた友情劇」とみた場合の見方です。「BTTF」においては、他にも「マーティの父親の成長劇」や「主人公一家の繁栄劇」など、複数の物語の線が存在します。どれが物語の本線なのかは解釈がわかれる部分ではあると思います。

 このように、ログラインと三幕構成という枠組みを用いて分析することで、物語がどういう構造をしているのかをより論理的にみることができます。中でも、第一幕は視聴者に対するツカミとなる部分なだけに、飛行機が離陸して無事飛び立てるかのごとく、非常に重要な役割を果たします。

「鬼滅」1話と三幕構成

 では、「鬼滅の刃」第1話をみてみましょう。1話では、三幕構成における第一幕の部分が明快に描かれています。

 まず、冒頭に描かれるオープニングイメージでは、兄の炭治郎が妹の禰豆子を背負い、「兄ちゃんが絶対に助けてやるからな」と言うところから始まります。ここで、「兄が妹を助ける話」という主題が提示されます。ただし、この映像だけでは、どうしてこうなったのかはまだわかりません。

 そして炭治郎の日常が描かれます。山奥で炭を作り麓の町で売るのを生業にしていることや、大家族の長男で父親代わりの存在であることが描写されます。炭治郎もこの日常を幸せに思っており、町から帰ったら弟や妹の面倒をみる欲求も語られます。続いて街のシーンでは、町の人からも炭治郎は頼りにされており、鼻が利く設定も明かされます。

 町からの帰路、炭治郎は山小屋で暮らす、知り合いの三郎爺さんに「鬼が出るから泊まっていけ」と言われます。ここで、人食い鬼が存在する世界であること、その鬼を退治する存在が明示されます。ここまで、人物説明や世界観がおおまかに説明されています。

 翌朝、主人公の日常が壊される出来事が起こります。主人公の家族が殺され、妹の禰豆子が鬼にされてしまいます。そこに冨岡義勇という剣士が現れ、鬼になった禰豆子を殺そうとします。禰豆子までをも殺されそうになる炭治郎は、土下座して命乞いをしますが、「生殺与奪の権を他人に握らせるな!」に始まる名セリフで義勇は炭治郎を叱咤します。そして義勇が禰豆子を刺すのを見て、炭治郎は自分の力で禰豆子を助けるべく動きはじめます。

 この強い動機の形成が「PP1」にあたります。もちろん、「禰豆子を助けたい」という欲求はずっとあるものですが、義勇の登場によって「鬼にされた妹を人間に戻す」という目標に具体化されます。物語の目標をわかりやすく視聴者や読者に伝えているわけです。これは「セントラル・クエスチョン」とも呼ばれます。そして最後に義勇は「鱗滝左近次に会いに行け」と明確なミッションを与え、第1話が終わります。

 ここまでの流れは、漫画もアニメも同じ1話としてまとまっています。1話に関してはアニメも漫画も同じ構成になっており、原作のクォリティの高さ、完成度の高さが改めて実感できます。「BTTF」をはじめとする名作の数々に、少なくとも構成の上では何ら引けを取りません。

 その後物語は、「禰豆子を人間に戻す」目標に向け第二幕に移ります。物語の長さがあらかじめ決まっている映画とは違い、いつ終わるかわからない長期連載作品の場合は、作中の大半が第二幕になります。

 ただし、「鬼滅の刃」でもそうですが、第二幕の中でも「○○編」と呼ばれるように、パートがいくつにも分かれています。「禰豆子を人間に戻す」目標に向かいつつも、一つ一つの章の第一幕に相当する部分で新たな課題が与えられ、第三幕で解決することで物語が前に進んでいく点では同じです。解説はしませんが、「鬼滅の刃」はこの一つ一つの章の構成も非常に優れています。

復讐劇ではない「鬼滅の刃」

 このように「鬼滅の刃」1話を分析していくと、一つ見えてくる点があります。この物語が復讐劇として実は描かれていないという点です。もちろん、炭治郎の感情の中に復讐という感情がゼロではないかもしれませんが、終始鬼に対して同情や優しさを持つ人物として描写されています。鬼に敵意を剥き出しにする登場人物が少なくない中、実に対照的な描かれ方をしています。ここも「鬼滅の刃」の一つの魅力ではないかと考えます。

 「鬼滅の刃」に限らず、三幕構成を通して物語を分析すると、違った面白さを発見することができます。原作は5月で完結してしまいましたが、10月16日からは劇場版アニメ「劇場版『鬼滅の刃』 無限列車編」の公開も控えています。映画という形式ならより強く三幕構成が意識されていそうで、公開をいち早く待ち望む一人です。

 ただ、この「無限列車編」が終わっても、全23巻のうち、8巻までが終わったに過ぎません。まだまだ映像化できるストーリーが残されているだけに、今後が楽しみでなりません。

協力:あねもす

ジャーナリスト(アニメ聖地巡礼・地方創生・エンタメ)

1984年生まれ。千葉県市川市出身。早稲田大学大学院政治学研究科修士課程修了。「聖地巡礼」と呼ばれる、アニメなどメディアコンテンツを用いた地域振興事例の研究に携わる。近年は「withnews」「AERA dot.」「週刊朝日」「ITmedia」「特選街Web」「乗りものニュース」「アニメ!アニメ!」などウェブ・雑誌で執筆。共著に「コンテンツツーリズム研究」(福村出版)など。コンテンツビジネスから地域振興、アニメ・ゲームなどのポップカルチャー、IT、鉄道など幅広いテーマを扱う。

河嶌太郎の最近の記事