Yahoo!ニュース

イスラエルが「イランの民兵」を狙ってシリア南東部のダイル・ザウル県各所を爆撃:沈黙する欧米、ロシア

青山弘之東京外国語大学 教授
Naher Media、2023年10月3日

シリアが10月2日深夜、イスラエル軍による爆撃を受けた。

シリアの国防省はフェイスブックの公式アカウントを通じて声明を出し、10月2日午後11時50分頃、イスラエル軍がダイル・ザウル県ダイル・ザウル市一帯のシリア軍の陣地複数ヵ所を爆撃、これにより軍関係者2人が負傷、若干の物的損害が生じたと発表した。

イスラエルがシリアに対して爆撃をはじめとする侵犯行為を行うのは、今年に入って28回目、ないしは31回目となる。侵犯行為の回数を特定できない理由は以下の3つの攻撃を行った主体が明らかでないためである。

  • 8月13日に首都ダマスカス西の山岳地帯で発生した爆発と火災:ロシアのスプートニク・アラビア語版や反体制系サイトのサウト・アースィマ(首都の声)はイスラエルの爆撃によるものだと伝えているが、シリア、イスラエル両政府、あるいはシリア領空を管制している米軍やロシア軍の公式発表はない。
  • 9月5日にダイル・ザウル県ダイル・ザウル市に対して行われた無人航空機(ドローン)による爆撃:シリア人権監視団によると、米主導の有志連合とイスラエル軍のいずれによる攻撃としているが、シリア政府、イスラエル政府、米軍、ロシア軍の公式発表はない。
  • 10月1日のダマスカス郊外県クラー・アサド村で発生した4回の爆発:サウト・アースィマはイスラエルの爆撃によるものと報じているものの、シリア政府、イスラエル政府、米軍、ロシア軍の公式発表はない。

関連記事

首都ダマスカス西の山岳地帯で複数回の爆音と起こり、火災が発生:イスラエル軍の爆撃か?(2023年8月13日)

シリア政府の支配下にあるダイル・ザウル市が米主導の有志連合、あるいはイスラエル軍所属のドローンの爆撃を受ける(2023年9月5日)

ダマスカス郊外県クラー・アサド村で爆発が発生:サウト・アースィマはイスラエル軍の爆撃と伝える(2023年10月1日)

Facebook (@damascusv011)、2023年8月13日
Facebook (@damascusv011)、2023年8月13日

この爆撃に関して、英国で活動する反体制派系NGOのシリア人権監視団は、イスラエル軍と見られる所属不明の戦闘機複数機が、シリア政府の支配下にあるダイル・ザウル県ユーフラテス川西岸のイラク国境に近いブーカマール市内のハミーダ地区に設置されている「イランの民兵」の陣地3ヵ所を爆撃したと発表した。

「イランの民兵」、あるいは「シーア派民兵」とは、紛争下のシリアで、シリア軍やロシア軍と共闘する民兵の蔑称である。イラン・イスラーム革命防衛隊、その精鋭部隊であるゴドス軍団、同部隊が支援するレバノンのヒズブッラー、イラクの人民動員隊、アフガン人民兵組織のファーティミーユーン旅団、パキスタン人民兵組織のザイナビーユーン旅団などを指す。シリア政府側は「同盟部隊」と呼ぶ。シリア政府の要請に基づいて、シリア国内、とりわけシリア南東部で活動するが、反体制派はその存在を「占領」と非難している。

シリア人権監視団によると、爆撃は、イラクとの国境に面するハリー村の入口に架けられている橋、軍用の国境通行所、通行所前の広場を狙ったものと見られ、外国人6人が死亡したという。

また、ダイル・ザウル市のハラービシュ山の山頂に設置されているレーダー大隊基地が標的となり、「イランの民兵」に所属する「電力保全旅団」のレーダー・サイトが破壊され、シリア軍兵士4人が負傷したという。同サイトには、シリア軍の空軍部隊と「イランの民兵」が駐留していたという。

反体制派系サイトのナフル・メディも、爆撃によってハリー村の橋が破壊されたと伝え、写真を公開した。また、ブーライル村の墓地に至る交差点に設置されている共和国護衛隊の検問所近くの信号塔も標的になったと伝えた。

Naher Media、2023年10月3日
Naher Media、2023年10月3日

イスラエル軍の活動をモニタリングしているシリアの活動家のSAMはX(旧ツイッター)で、ダイル・ザウル市一帯に設置されているシリア軍の早期警戒レーダー・サイト複数ヵ所が標的となったと伝えた。

一方、反体制派系サイトのイナブ・バラディーは、ダイル・ザウル・アサド病院内の特別医療筋の話として、負傷したイラン人らが病院に搬送されたと伝えた。

同筋は、搬送された負傷者の数については明らかにしなかったが、病院周辺では厳戒態勢が敷かれ、治安部隊が病院を封鎖、民間人、軍関係者の病院への立ち入りが禁じられていると付言した。

この爆撃に関して、米国をはじめとする西側諸国が非難することはいつもの通りない。また、シリアに駐留するロシア軍も現時点では爆撃について発表を行っていない。

東京外国語大学 教授

1968年東京生まれ。東京外国語大学教授。東京外国語大学卒。一橋大学大学院にて博士号取得。シリアの友ネットワーク@Japan(シリとも、旧サダーカ・イニシアチブ https://sites.google.com/view/sadaqainitiative70)代表。シリアのダマスカス・フランス・アラブ研究所共同研究員、JETROアジア経済研究所研究員を経て現職。専門は現代東アラブ地域の政治、思想、歴史。著書に『混迷するシリア』、『シリア情勢』、『膠着するシリア』、『ロシアとシリア』など。ウェブサイト「シリア・アラブの春顛末記」(http://syriaarabspring.info/)を運営。

青山弘之の最近の記事