Yahoo!ニュース

リニア中央新幹線 対立続く静岡県で、JR東海はどんな説明をしている?

小林拓矢フリーライター
パネルの展示されているJR東海静岡駅(筆者撮影)

 リニア中央新幹線の静岡工区は、工事開始の目処が立たない。4月からは国土交通省が事態打開のために「有識者会議」を開くものの、その結論も見えないうちにJR東海は静岡県との交渉を行い始めた。一方で静岡県からは厳しい回答が出ており、2027年開業は危ぶまれている。JR東海の経営陣も、「2027年開業は難しい」と新聞記者に向けてコメントしているほどだ。

「有識者会議」で静岡工区の工事をどうするか、大井川水問題をどうするかという話し合いを続けている中で、JR東海がその結論を待たず、静岡県と交渉し、その上対立、国土交通省に仲裁されているという、非常にこじれた状況になっている。せめて有識者会議の結論が出るまでには双方の交渉は待ってはいかがかと、苦言を呈したくなる。

 JR東海にとってリニアは社運をかけたプロジェクトであり、この国にとっても国家プロジェクトとして重要なものであるということはよくわかる。しかし、「有識者会議」で方向性を示そうとし、その後JR東海と静岡県が妥協点を見出し、工事を始めるというのが正しい順序であるなかで、なぜそこまで双方あせるのか、不可解である。

 そんな状況が続いている中、筆者はたまたまある取材で静岡県に行った。

静岡駅でもリニアの意義をアピール

 JR東海の静岡駅には、「リニア中央新幹線の開業に向けて」というパネルが、展示されていた。そのパネルを見ると、リニア中央新幹線の意義と、静岡県にとってのメリットが示されている。

 まず、リニア中央新幹線にはどんな意義があると、静岡県民には説明しているのか。「東海道新幹線は開業から50年以上が経過し、将来の経年劣化や大規模災害に対する抜本的な備えを考えなければなりません」と説明している。静岡県における大規模災害とは東海地震であり、地震の危険性は何十年も言われ続けてきた。そのためにも東海道新幹線は見えないところで改修工事を行い続けている。

 リニアの開通により、そうした動きがさらに加速するということだろう。

 だがJR東海には、別の考え方もある。日本経済の中心軸である東名阪の人の移動を絶やさないため、東海地震の影響を受けやすい静岡県沿岸部を通る東海道新幹線のバイパスルートとして、リニア中央新幹線をつくりたいというものである。

 もっとも、東南海地震にあたっては、名古屋地区も大きな影響を受けることが予想される。その場合はどうするのか、という考えも思い浮かぶだろう。

「『工事の安全』『環境の保全』『地域との連携』を重視し、中央新幹線の工事を進めています」とも述べる。

「工事の安全」については、山奥での工事である以上、確保されなければならない。土砂崩れなど頻発して道路が寸断されるエリアでの工事を行うため。必要なことだ。「環境の保全」については、静岡県とJR東海との争点になっている。「地域との連携」というのは、何だろうか。

 そしてこう締めくくる。「開業後は、日本経済が活性化すると共に、『ひかり』『こだま』の増発、増停車により、静岡県内からの移動が早く、便利になります」としている。

「ひかり」「こだま」の増発は、静岡県にとって大いなるメリットだと感じる。静岡駅の利用者の場合、1時間に1往復の「ひかり」と2往復の「こだま」しかない。これが増えるのだ。

 さらにパネルには、この説明が加えられている。「中央新幹線全線開業後の東海道新幹線『のぞみ』ご利用のお客様が相当程度中央新幹線をご利用になることで、『ひかり』『こだま』については、運転本数と停車回数を増やすなど、現在とは異なる新しい可能性を追求する余地が拡大します」とし、「これにより、静岡県内各駅におけるフリークエンシーが向上するとともに、県内各駅から東京・名古屋・大阪への到達時間を短縮することにつながります」としている。

 静岡県からの「ひかり」「こだま」のダイヤに対する不満は大きいと考えられる。「ひかり」でさえも静岡や浜松で「のぞみ」の通過待ちをし、「こだま」は多くの駅で通過待ちをする。通過待ちをしている時間は結構長い。こういった状況を「のぞみ」の本数を減らせることで解決できたら、という点を静岡の人にアピールしている。

「地域との連携」についても、説明はある。「南アルプスユネスコエコパークへの配慮」とし、貴重な動植物が数多く生息するため環境補選に十分配慮するという。また、林道の舗装で南アルプスユネスコエコパークへのアクセス向上や、観光振興にも協力するとのことだ。

静岡県とJR東海

 鉄道ファンの間では、「JR東海は静岡県をないがしろにしている」という声がときどきある。確かに、このパネルにも「日本経済の活性化が期待されています」とあり、首都圏・中京圏・近畿圏をひとつの巨大都市圏とし、経済活性化などの効果が大きいことが期待されていると述べている。ただしそこから、静岡県はむしろ排除されている、という感じを筆者は抱いた。静岡県にアピールするためのパネルなのに、そんなことを書いていいのか、という疑問を感じる。

 静岡県内のダイヤ設定でも、高頻度運転ながらも短編成・短距離の普通列車の運行が多く、「青春18きっぷ」利用者からはあまり好かれていない。ただし、このダイヤは地元の人にとっては非常に便利にできている。

 大井川水問題に関しても、地域はリニアの恩恵を受けないのに、なぜ水資源に影響があるのかということが反発の背景にある。

 その水資源の豊かさが、農産物などのおいしさにつながり、静岡県を魅力あるものにしていくという自負が、地域の人にはあるのだろう。

 実は、JR東海は何度も静岡県を舞台にした観光キャンペーンを行っている。筆者は「マイナビニュース」の取材で、そのプレスツアーに参加したこともある。

 深みのあるお茶や、脂の乗ったうなぎを味わい、そして美しい風景や歴史ある寺社などを見て、静岡県の魅力というのを感じた。

 そういったものをアピールする観光振興にも、JR東海は力を入れている。

 リニア中央新幹線が品川から新大阪まで開業することで、静岡県へのアクセスはいまよりも楽なものになる。そのことにより静岡県を訪れる人は増え、地域の豊かさは多くの人に知られることとなるだろう。

 そういう意味では、現在の静岡県へのリニア中央新幹線のアピールのしかたには難点があり、静岡県の魅力のため、というのが感じられないのである。

 これまで静岡県のための取り組みをJR東海は一生懸命してきたにもかかわらず、現在の静岡県とJR東海との対立は非常にシビアなものとなっている。

 大井川の水問題が解決することを願ってやまない。お金と時間はかかり、開業は延長することになると考えられるものの、よい形での解決を期待している。

 そのためには、両者のコミュニケーションが対決型のものであるのではなく、対話型のコミュニケーションとなってほしいものである。

 対話のために、JR東海にはより静岡県民に理解が得られるように、さまざまな工夫をしてほしい。

フリーライター

1979年山梨県甲府市生まれ。早稲田大学教育学部社会科社会科学専修卒。鉄道関連では「東洋経済オンライン」「マイナビニュース」などに執筆。単著に『関東の私鉄沿線格差』(KAWADE夢新書)、『JR中央本線 知らなかった凄い話』(KAWADE夢文庫)、『早大を出た僕が入った3つの企業は、すべてブラックでした』(講談社)。共著に『関西の鉄道 関東の鉄道 勝ちはどっち?』(新田浩之氏との共著、KAWADE夢文庫)、首都圏鉄道路線研究会『沿線格差』『駅格差』(SB新書)など。鉄道以外では時事社会メディア関連を執筆。ニュース時事能力検定1級。

小林拓矢の最近の記事