大リーグ機構が安全対策に本腰。ついに、防護ネット拡大を推奨を声明発表。
大リーグのウィンターミーティング第3日となった米国時間9日(日本時間10日)、コミッショナーがメジャー30球団の球場に対し、来季から防護ネットの増設を推奨することを明らかにした。これまで多くの大リーグの球場は、臨場感を優先し、本塁後方のバックネットのみが設置されているのが普通だったが、近年は観客がライナー性のファウルボールなどに負傷する事故が増えており、11月に行われたオーナー会議でも防護ネットの拡大が討議されてきた。この日、マンフレッド・コミッショナーが通達した声明では、「義務付け」ではなく、「奨励する」という表現が使われていたが、「フィールドレベルの両ダグアウトの外端の部分まで(隣接するカメラ席の壁も含めて、ホームから70フィート(約21メートル)と極めて具体的に言及されている。大リーグが長きに渡って保留してきた防護ネット拡大問題に、ようやく着手。安全対策に本腰を入れたことになる。
防護ネットの拡張問題に関して、大リーグはこれまで慎重に態度を保留し続けてきた。その理由は、オーナー陣が概ね反対の立場をとってきたからだと言われている。なぜ、オーナー陣はネット拡大に二の足を踏んできたのか。それは、ネット増設に掛かる経費というよりは、大口顧客である年間指定席購入者の多くが、ネット増設に反対している背景があり、野球の入場券には、観戦時の怪我に関して機構や球団の免責が明記されているので、事故の責任が及ぶことは過去になかったからである。年間指定席を購入するような熱心な野球ファンは、臨場感を好む傾向が強い。また、年間指定席はダグアウトの後方に位置づけられていることが多く、選手から直にサインやボールをもらえる恩恵を、拡大ネットに奪われてしまうことに対する反対意見が根強いと聞いた。実際、祖父の代から年間指定席を購入しているというボストンのレッドソックスファンの1人は、「ネットは大反対。私は子供のころから球場に来て、内野の前列に座って野球を観て育ってきた。しっかり試合をみていれば、怪我なんてしない」と語っていた。試合中、スマートフォンに夢中になって肝心なボールの行方を見逃しているファンは、いかがなものかというオールドファンの意見である。年間指定席購入者に限らず、米国では100年以上も「バックネット以外は何もない球場」が根付いてきたし、「野球場での事故は自己責任」という認識が確立されている。ネットに視界が遮られることのない開放感や、いつ何時ファウルボールが飛び込んでくるか分からない臨場感が作り上げてきた米国の野球文化が、ネット増設によって損なわれる懸念は確かに付いて回る。
しかしながら、最近の米メディアには、年間の大リーグでの負傷者が1750人という報道も出た。今年6月には、レッドソックスの本拠地フェンウェイパークで試合中に折れたバットが客席に飛び込み、観客の頭を直撃。一命はとりとめたものの重体となる惨事が起きた。最近は、折れやすいアッシュ素材のバットを使う選手も多く、ファウルボールだけが危険ではないということが改めて浮き彫りになった。7月には、アスレチックスの年間指定席購入者が防護ネット拡大を求めて訴訟を起こすなど、ここ数年で、関係者やファンを含めた安全意識は変わりつつある。選手の立場としても、球場で度々起こる惨事は耐え難いもののようだ。8月にタイガースの本拠地で女性ファンの頭にファウルボールが当たって病院に搬送された際に、エースのバーランダー投手は「すべての球場で予防措置が取られるべき。避けられる負傷をみるのに辟易している。手遅れになってからでは遅い」とツイッターで発信。「ダグアウトに飛び込んで来るようなライナー性の打球は、プロのアスリートである選手だって、避けるのが難しい」と、スマホなどによる注意力散漫だけが問題ではないという発言をしていた。レッドソックスのペドロイア選手にも、意見を聞く機会があったが、「絶対に手を打つべきだ。ファンの安全が第一だよ。自分の打球でファンが負傷したら、選手だって辛いもの」と即答が返ってきた。加えて「球団は、球場にもっと子供たちを連れて行こうというプロモーションを行っているし、なおさらだよね」。選手としても、3児の父親としても、ネット拡張に賛成していた。
コミッショナーの発表を受けて、レッドソックス球団は直後に「球団としてファンの安全を真摯に考え、機構の推奨に従って、本塁後方のネットを拡張する」と声明を発表した。その中には「最も影響を受ける年間指定席購入者に、予め、理解を呼びかける」という一文が入っており、やはり、反対意見が予想される年間指定席購入者に、前もって予告し、意思の疎通を示す配慮が感じられた。2016年開幕時には、好むと好まざるに関わらず、ほとんどの大リーグ球場に増設ネットが整備される方向だ。現存する最古の大リーグ球場として伝統を誇るフェンウェイパークの風景も、時代の流れと共に少し変わることになりそうだ。