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マツタケと4パーミル・イニシアティブ

田中淳夫森林ジャーナリスト
落ち葉が積もるとマツタケは生えなくなるが……(写真:イメージマート)

 マツタケの季節。今年は豊作か不作か。今のところ聞こえてくるのは、どうも不作になりそうという声だ。何やら世界的にマツタケが採れなくなってきたという声も聞かれるが……。

マツタケが絶滅危惧種になった理由は、森が豊かになったから

 マツタケは、貧栄養土壌に育つのだから、もっと松林の土を痩せさせる必要がある。具体的には、地面の草や落ち葉を除いてやることだ。そうすれば、今後に期待できるかも。

 そう考えて、ふと気がついた。もしマツタケがたくさん生えるような土壌になったら、気候変動の抑制にはよろしくないのでは……。

 なぜ、そんなことを考えたのかというと、「4パーミル・イニシアティブ」の取組を思い出したからだ。これ、フランス政府が2015年に提唱した気候変動対策、つまり脱炭素の国際的な取組の一つだからだ。国連気候変動枠組条約第21回締約国会議(COP21)で打ち出したのである。

フランスが提唱した脱炭素策

 人間の経済活動などによってCO2として排出される大気中の炭素量は、年間で約100億トンと推定される。ここから植物の光合成や海水に吸収されるのが約57億トン。残り約43億トンが毎年増えていく計算だが、世界中の土壌に含まれる炭素量9000億トンを年間0.4%(4パーミル)増やすことができれば、理論上は相殺できる。そうすれば気候変動も抑制できるのではないか……というのだ。

 こうした理念や目標に賛同した国や機関は約700に上り、それぞれが土壌への炭素貯留に取り組んでいくこととしている。

 とくに狙うのは農地である。農地の土壌は、基本的に人が手をかけるものだから、炭素を持ち込みやすい。しかも炭素には土壌改良効果があり、土壌炭素量を増やせば生産能力が向上する期待もあるからだ。それは、発展途上国など農業国にもよいモチベーションになる。だから、この取組では貧困地域の雇用や収入の増加も目標の一つに掲げている。

 では、炭素の土壌改良効果とはなんだろうか。炭素は、実は木炭の形で土壌に漉き込むことが有効だ。木炭は、長く土壌に滞留しても腐ったり水に解けたりしない。それどころか土壌の透水性や保水性、そして与えた肥料を長く保つ保肥力を向上させる効果がある。加えて木炭に含まれるミネラル分が、土壌に供給される可能性も考えられる。

 そして木炭にある微小の空隙はバクテリアや菌類が住み着く場となりやすい。

 マツタケは菌類であるが、極めてひ弱い。マツの根にだけ共生するが、ライバルとなる菌や細菌がいると負けてしまうのだ。もし木炭のためにライバルの菌もしくは細菌が増えると、マツタケ菌には不利となるのではないか。だから木炭を土壌に漉き込むと、マツタケ増産には向かないのでは、と思えたのである。

山梨県が果樹園で始めた木炭散布

 マツタケ増産はともかく、日本でも、この「4パーミル・イニシアティブ」に参加して、活動している自治体がある。山梨県だ。2020年4月から、この運動に取り組み始めた。

 山梨県は、モモやブドウなど果樹栽培が盛んな果物王国だが、その果樹の栽培過程では、剪定枝が大量に出る。果実を多く稔らせるのに、必要不可欠なのだ。その剪定枝を炭化して畑にまけば、土壌に炭素貯留させられると考えられたのである。

 モモやブドウの剪定枝は、一般に面積10アール当たり年間200~400キロ程度発生する。従来は、これらを野焼きによって処分してきたが、それではCO2を発生させてしまう。ほかチップにして農地に散布したり、堆肥化することもあるが、それも長い目では分解される過程でCO2の発生につながる。

 そこで山梨県は、「4パーミル・イニシアチティブ」への参画を機に、剪定枝を炭化させ砕いて粉炭にして、それを土壌にまくことを推進した。この炭は、その後分解されることも気化することもなく、半永久的に土壌に残るから、炭素を貯め込むことになる。

 炭化させるのも簡単だ。無煙炭化器で乾燥させた剪定枝を燃やすと、灰にならずに炭化したら火は消える。

 山梨県総合農業技術センターの試験では、10アールの果樹園から発生する剪定枝を炭にすると、30~40キロ程度になるそうだ。ちなみに、果樹園の土壌炭素量を0.4%増加させるには10アール当たり30キロの炭素を散布する必要があるから、発生する剪定枝の量とぴったり合う。もし土壌改良効果によって果樹園の収穫量が増え、収益も増えるなら文句なしだ。

 もちろん山梨県の果樹園の土壌だけでは、炭素固定量はたいした量にはならない。それでも気候変動を抑え込むためには、各地各人それぞれが、さまざまな方策で大気中のCO2量を減らす必要がある。しかも農業振興にもなるのなら一石二鳥だ。ほかの農家も、いや一般家庭でも、庭の落ち葉を集めて腐葉土をつくることから始めてみてはどうだろう。

 ちなみに、近年のマツタケの不作は、必ずしも土壌の影響だけではなさそうだ。夏場が暑すぎて土壌の温度も上がると、マツタケ菌が弱ってしまうらしい。そのほか少雨やアカマツの高齢化なども原因として推測できる。

 マツタケ増産を掛け声に、気候変動を抑える取組に参画するのも面白いではないか。

森林ジャーナリスト

日本唯一にして日本一の森林ジャーナリスト。自然の象徴の「森林」から人間社会を眺めたら新たな視点を得られるのではないか、という思いで活動中。森林、林業、そして山村をメインフィールドにしつつ、農業・水産業など一次産業、自然科学(主に生物系)研究の現場を扱う。自然と人間の交わるところに真の社会が見えてくる。著書に『鹿と日本人 野生との共生1000年の知恵』(築地書館)『絶望の林業』『虚構の森』(新泉社)『獣害列島』(イースト新書)など。Yahoo!ブックストアに『ゴルフ場に自然はあるか? つくられた「里山」の真実』。最新刊は明治の社会を揺り動かした林業界の巨人土倉庄三郎を描いた『山林王』(新泉社)。

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