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【熊本地震】明治熊本地震で流れた「金峰山が破裂する」とのデマ 127年前の人々も情報に振り回された

田中森士ライター・元新聞記者
「平成28年熊本地震」で拡散されたデマ投稿(左)と「熊本明治震災日記」

「平成28年熊本地震」では、「ライオンが逃げた」「原発で火災が発生している」など、数多くのデマに人々は振り回された。今回の地震から127年前の「明治熊本地震」でも、「金峰山(現在の熊本市西区に位置)が破裂する」「正午に堪え難い大きな揺れが起きる」などのデマが広まり、被災者らが混乱。荷物をまとめて自宅から逃げ出す者が続出したという。当時の状況を詳細に記録した現代語訳版「熊本明治震災日記」(水島貫之編纂)から、情報との向き合い方について、考察する。

(前回記事)【熊本地震】知られざる127年前の「熊本地震」 二度の激しい揺れと長期の余震に人々は苦しんだ

二度目の激しい揺れで、デマが加速度的に広まった

「明治熊本地震」が発生したのは明治22(1889)年7月28日深夜。その6日後の8月3日午前2時すぎにも、激しい揺れが熊本を襲った。本書によると、デマは、最初の揺れの翌日から流れ始めたようだ。金峰山が破裂するとのデマが広まり、「人心の動揺がひき起こされる状況」になったとしている。

「明治熊本地震」で「破裂する」とのデマが流れた熊本市西区の金峰山
「明治熊本地震」で「破裂する」とのデマが流れた熊本市西区の金峰山

8月3日午前2時すぎに発生した、二度目の激しい揺れでは、人々の不安が頂点に達した。翌4日付の熊本新聞は「全市街はだんだん混乱しはじめ、人身はますます怖れおののいてしまったが、巷説はさらに巷説を呼び、数々の根拠のない流言を増幅させ」と、人々の不安から、デマが加速度的に広まっていく様子を報じている。

この時には、「金峰山破裂」だけでなく、再度激しい揺れが起こるとのデマも流れたようだ。「正午十二時ごろに耐え難い大きな揺れが起きる」というデマは、「神社のおみくじにも正午に地震が起きると書いてある」との“根拠”も付随して、広まったという。

こうしたデマにより、人々は食事を摂ることもなく、木々の繁みや竹やぶなどに「むしろ」を敷いて、「蚊に刺されるのも厭わず、ひたすら身を伏せ神仏に祈る」状況となった。結局、正午に地震は起きなかったものの、午後1時に「やや強い鳴動」が発生。人々は混乱し、デマが勢力を盛り返した。

「手の込んだデマ」は明治時代にも存在した

「おみくじに地震が起きると書いてある」との“根拠”について触れたが、こうしたデマのもっともらしい“根拠”は「平成28年熊本地震」でも見られた。例えば、“火事場泥棒の犯人”とする“手配写真画像”を添付したTwitter投稿。また、ライオンが道路を歩く写真が添付されていた、「ライオンが逃げ出した」との投稿もあった。これらは極めて悪質なデマであるといえる。

「平成28年熊本地震」で出回ったデマ投稿
「平成28年熊本地震」で出回ったデマ投稿

「明治熊本地震」では、ほかに「これは県庁でも極秘のことで、あなたの家に限って御忠告するので、他にもらしてはなりません」や「警察官の○○氏に聞いた」など、相手にデマを信じ込ませるための細工をする者も出た。当時の新聞記事では、「何者の悪ふざけなのだ、何者が言いふらした巷の噂なのだ(中略)記者は思わずおのれの眼から熱い涙を一滴こぼした」と、デマに対する怒りをあらわにしている。

もちろん、流した本人が「デマ」との認識のないものもある。例えば、今回の地震で筆者が避難生活を送っていた熊本市内の中学校でのことだ。同じく避難していた女性から、突然「明日大きな地震が来るみたいですね」と告げられた。「えっ」と驚いたが、女性にその根拠を尋ねると、教室内の黒板を指差す。見ると、何の事はない、「今後も大きな余震が起きる可能性があります。気をつけてください」との趣旨のことが書かれていた。

この例からも分かる通り、デマを完全に防ぐことは、今の時代も難しい。したがって、個人個人による情報の見極めが重要になってくる。

「信頼の置ける情報を自分から取りに行き、行動の判断材料に」

現代語訳版「熊本明治震災日記」を出版した、熊本市都市政策研究所の植木英貴副所長は、「『明治熊本地震』でも、人々はデマに翻弄された。時代に関係なく、いかに各機関が正確に情報を伝えるかが重要だ」と、地震直後の混乱時における、報道機関や行政の役割について強調。被災者自身は、こうした信頼の置ける情報を自分から取りに行き、行動の判断材料にすべきと訴えている。

「明治熊本地震」による地割れを赤線で示した図
「明治熊本地震」による地割れを赤線で示した図

「明治熊本地震」では、「金峰山破裂」のデマの火消しのため、学者が金峰山に出向いて調査している。その後「破裂の恐れはない。もし破裂したとしても、熊本市は危険が少ない」との調査結果を新聞などで公表した。それを聞いて、安心した者もいれば、それでも熊本市外へと逃げ出す者も出た。結局、行動するのは自分自身。しかし、デマをもとに行動するのでは、あまりにも危険が伴う。やはり、正確な情報をいかにして受け取るかが、地震時には重要となってくるのだ。

※「熊本明治震災日記」の購入方法については、リンク先記事の下部

ライター・元新聞記者

株式会社クマベイス代表取締役CEO/ライター。熊本市出身、熊本市在住。熊本県立水俣高校で常勤講師として勤務した後、産経新聞社に入社。神戸総局、松山支局、大阪本社社会部を経て退職し、コンテンツマーケティングの会社「クマベイス」を創業した。熊本地震発生後は、執筆やイベント出演などを通し、被災地の課題を県内外に発信する。本業のマーケティング分野でもForbes JAPAN Web版、日経クロストレンドで執筆するなど積極的に情報発信しており、単著に『カルトブランディング 顧客を熱狂させる技法』(祥伝社新書)、共著に『マーケティングZEN』(日本経済新聞出版)がある。

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