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震災の記憶をどう後世に伝えるか ヒントはリスボンの「体験型施設」にあった

田中森士ライター・元新聞記者
「クエイク」はリスボン地震を体験できる体験型施設だ(田中森士撮影)

熊本地震から今日で7年。復興は進み、地震の爪痕を直接目にする機会はほとんどなくなった。一方で、災害公営住宅などで暮らす被災者の孤立をどう防ぐか、コミュニティーをどのように再生するかといった課題が、今なお残る。また、いつ訪れるかわからない次の震災に備える意味でも、震災の記憶を後世にどうやって伝えていくかという課題も見過ごせない。海外ではどのような取り組みがなされているのかを探るため、ポルトガル・リスボンにある地震センターを訪れた。

「想定外を想定する」

日本でも度々紹介されているように、リスボンは1755年に大地震に襲われている。災害カレンダーによると、この「リスボン地震」は、ポルトガルの西南西200kmの大西洋を震源とする地震で、マグニチュードは8.5~9.0相当と推定される。最大30mの高さの津波や火災により、9万人が犠牲となった。また、当時のリスボン市内の大半の建物が被害を受けたとされる。

Quake――リスボン地震センター(以下、クエイク)」は、リスボン地震を見たり感じたりできる、床面積1800平方メートルの体験型施設だ。オープンしたのは2022年4月。800万ユーロをかけて完成したという。落成式にはリスボン市長も出席。市としても期待を寄せていることがよく分かる。

「Quake――リスボン地震センター」の外観。遠目にも目立つデザインだ
「Quake――リスボン地震センター」の外観。遠目にも目立つデザインだ

ここで、クエイクのウェブサイトなどを参考に、あらためてリスボン地震を簡単に振り返っておこう。

1755年11月1日、午前9時40分頃、突然激しい地震が発生。リスボンの街を襲い、ほとんどの建物、通り、広場を破壊した。地震発生から60~90分後には津波が発生。テージョ川から高さ5mほどの波が押し寄せ、川岸は浸水した。同時に、家々のストーブや教会の燭台から火が上がった。街は火の海となった。

震災後、当時の国務長官・ポンバル侯爵が都市を再建することになった。軍事技術者らの計画により、直交する広い道路を持つ都市を設計。建物の耐震性を確保するため、伝統的な工法にヒントを得て、新しい建築技術を開発した。リスボンの街は、震災を経て、防災都市として生まれ変わった――。

上記の説明のように、リスボン地震について、おおよその知識を持っている人は一定数存在するだろう。しかし、それはあくまで知識である。実際に体験しなければ、地震への備えの重要さを理解することは難しい。

では、どうすれば地震の恐ろしさや備えの大切さが伝わるのか。そのヒントとなるのが、ここクエイクである。

「Quake――リスボン地震センター」の入り口。土曜の午後に訪れたところ、行列ができていた
「Quake――リスボン地震センター」の入り口。土曜の午後に訪れたところ、行列ができていた

クエイクの館内には、いたるところに「想定外を想定する」とのコピーが掲示されている。想定外を想定することは、知識だけでは難しい。身をもって体験する必要がある。そこでこのクエイクでは、リスボン地震を追体験するという方針をとった。しかも、地震発生時だけでなく、その前後も体験することで、より自分ごととして捉えられるという仕掛けだ。

学びが残る仕組み

2022年11月、筆者はクエイクを訪問した。リスボン中心部からは、トラムや電車で容易にアクセスできる。電車を降りて数分歩くと、左右非対称な、デザイン性の高い建物が目の前に現れた。

館内の案内表示。クエイクのシンボルカラーでデザインされている
館内の案内表示。クエイクのシンボルカラーでデザインされている

中に入ると、人の列ができている。受付で当日券を運よく購入できたが、残り枚数はわずかだった。チケット価格は28ユーロ(変動制)。日本円に換算すると、当時のレートで4000円以上する。思ったよりも高い。

決済後、受付のスタッフからブレスレットを渡された。各展示の所定の場所にタッチすることで、ブックマークしたとみなされ、後日その展示に関する情報を確認できるという。同様に、館内に備え付けられたカメラでの写真撮影スポットがあり、所定の場所をタッチすることで、後日画像データをダウンロードできるとも説明を受けた。

受付で渡されたブレスレット。展示のブックマークや写真撮影の際に使用する
受付で渡されたブレスレット。展示のブックマークや写真撮影の際に使用する

筆者の場合、翌日にコード付きのメールが届いた。メール本文のURLをクリックして、ウェブサイトにアクセス。そこでコードを入力すると、ブックマークした展示や画像データを確認できるページが現れた。この原稿を書いている2023年4月時点でも情報を確認できた。行って終わり、ではなく学びが残るという仕組みが素晴らしい。

訪問の翌日、クエイクから筆者に届いたメール。写真のダウンロードなどに必要なコードも記されていた
訪問の翌日、クエイクから筆者に届いたメール。写真のダウンロードなどに必要なコードも記されていた

地震は礼拝中に発生した

ツアーが始まって最初に来館者が立ち寄るのは「実験室」だ。断層やプレートテクトニクスについて学べる展示が充実している。サンフランシスコ地震や東日本大震災を解説した展示もあった。

「実験室」では地震の仕組みを学べる展示が充実していた
「実験室」では地震の仕組みを学べる展示が充実していた

続いて「タイムマシーン」の部屋に入る。歴史的な出来事が紫の光とともに次々と壁や天井に映し出され、だんだん過去にさかのぼっていく。映画「バック・トゥー・ザ・フューチャー」を彷彿とさせる光景である。最終的に1755年に到達し、部屋を出る。すると、地震前のリスボンの街並みが広がっていた。洗濯物が干してあったり、食材が積んであったり。立体的な映像も流れており、当時の暮らしがよく分かる。

地震前のリスボンの暮らしを体験できる展示
地震前のリスボンの暮らしを体験できる展示

スタッフが「教会に入ってください」と大声で呼びかけた。「礼拝」が始まるのだという。皆で中に入り、木製の椅子に座る。壁に礼拝の様子が投影される。

「教会」に入ると「礼拝」が始まった
「教会」に入ると「礼拝」が始まった

数分程度だったか。しばらく礼拝が続いた。突然「ゴン」という音とともに椅子が少し揺れた。それでも礼拝は続く。「ゴゴゴ」という地鳴りがしてきた。そこから一気に揺れ出す。立つことが難しいほどの強い揺れだ。それに長い。恐怖を感じる。ようやく揺れがおさまった。教会は火の海だ。シミュレーションと分かっていても、体が震えるほど怖い。

「礼拝中」にリスボン地震が発生。「教会」は火に包まれた
「礼拝中」にリスボン地震が発生。「教会」は火に包まれた

スタッフに促され、急いで教会から脱出する。そこには、地震によって発生した火災で変わり果てたリスボンの街があった。立体的な構造物と映像で火災の恐ろしさが伝わってくる。それに熱も感じる。早く次の部屋に行きたいが、部屋の滞在時間は厳格に管理されており、後数分間はここにいなければならない。しばらく端の方に立って、時間が過ぎるのを待った。次の部屋では一転。どのように街が再建されていったのかを解説した展示だった。ようやくほっと一息つき、ゆっくりと見て回った。

教会を出ると、地震と火災で変わり果てたリスボンの街が広がっていた
教会を出ると、地震と火災で変わり果てたリスボンの街が広がっていた

1時間半ほどのツアーを終え、最後の部屋を出ると、ショップとカフェがあった。リスボン地震を実際に体験したかのような錯覚に陥っていたので、現代的な光景に頭がついてこなかった。

館内にはデザインされたグッズを扱うショップもある
館内にはデザインされたグッズを扱うショップもある

ショップには、クエイクのオリジナルデザインのグッズが並ぶ。ウォーターボトルやエイドキット、缶詰など、どれもクエイクのシンボルカラーでデザインされていたのが印象的だった。帰国したら、もう一度食料の備蓄や避難グッズを確認しよう。自然とこうした思いが浮かんだ。

ウォーターボトルやエイドキット、缶詰など、クエイクのシンボルカラーでデザインされていた
ウォーターボトルやエイドキット、缶詰など、クエイクのシンボルカラーでデザインされていた

「もしも」の問題ではなく、「いつ」の問題なのだ。

確実に起こるであろう地震のために、学び、準備することは賢明なことである。

だから、賢く、先のことを考えよう。

クエイクのウェブサイトに書かれていた文である。「もしも起きたら」という議論は無意味だ。日本のように地震が多い国では、いつか必ず地震が発生する。そして、いつ起こるのかは誰にも分からない。だからこそ、常日頃から準備を怠らないという姿勢が重要となる。しかし、ただ知識を詰め込むだけでは、こうしたマインドを身につけることは難しい。その意味で、クエイクのような体験型施設は、検討に値すると感じた。(写真はすべて田中森士撮影)

ライター・元新聞記者

株式会社クマベイス代表取締役CEO/ライター。熊本市出身、熊本市在住。熊本県立水俣高校で常勤講師として勤務した後、産経新聞社に入社。神戸総局、松山支局、大阪本社社会部を経て退職し、コンテンツマーケティングの会社「クマベイス」を創業した。熊本地震発生後は、執筆やイベント出演などを通し、被災地の課題を県内外に発信する。本業のマーケティング分野でもForbes JAPAN Web版、日経クロストレンドで執筆するなど積極的に情報発信しており、単著に『カルトブランディング 顧客を熱狂させる技法』(祥伝社新書)、共著に『マーケティングZEN』(日本経済新聞出版)がある。

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