北朝鮮が新型SLBMを公開、イスカンデル型に酷似
20日、北朝鮮が前日19日に発射した新型SLBM(潜水艦発射弾道ミサイル)を公開しました。側面機動および滑空跳躍機動をはじめ多くの進化した制御誘導技術が導入された新型の潜水艦発射弾道弾(잠수함발사탄도탄)と紹介されています。ミサイルの正式名称は記述されていませんでした。なお金正恩主席の視察はされていません。
公開された映像からはイスカンデル型によく似た形状のSLBMが水中から飛び出て来る様子が分かります。噴射の炎と煙の様子から固体燃料式です。
グリッドフィンではなく通常形式の操舵翼
画像を拡大して見ると、尾部に通常型式の操舵翼を持っていることがはっきりと分かります。
なお11日から平壌で開幕した兵器展示会「自衛2021」で登場した謎のSLBMは、グリッドフィン(格子状の翼)を持っていました。19日に発射された新型SLBMと全体的な弾体の形状や試験用塗装の塗り分けパターンは同じですが、操舵翼という重要な部品で差異があります。
しかしこれはむしろ納得がいきます。ノーズコーンの形状が2段階に角度が変化するイスカンデル型と同じバイコニック(bi-conic)型を採用していながら操舵翼がグリッドフィンというのは奇妙な組み合わせに思えていたので、実際に発射された新型SLBMの操舵翼がイスカンデル型と同じ通常型式のフィンだというのは、滑空飛行を行う機動式弾道ミサイルとしておかしい点の無い構成です。
底部カバーにグリッドフィン?
展示品のSLBMの方に何故グリッドフィンが装着されていたのかという謎は残りますが、あるいは、この妙に大きな底部カバーにグリッドフィンが付いている可能性もあります。ただし現時点の公開映像からはグリッドフィンはまだ確認できていません。
しかし仮に底部カバーにグリッドフィンが付いていたとして、コールドランチ発射から水上まで出て、其処から本点火までの僅かな間しか機能しないグリッドフィンには意味があるのでしょうか? 新たな疑問も生じてしまいます。※追記訂正:底部カバーのグリッドフィンは水中用の安定翼である可能性が高い。
【追加考察記事】北朝鮮のSLBMは投棄する底部キャップにグリッドフィン付き。その役割の推定(2021年10月23日)
推定:底部カバーの構造
- 底部カバーにグリッドフィンが付いている。
- 本体の操舵翼は折り畳んでおく。
- 折り畳んだ本体の操舵翼の周囲を含めて底部カバーで覆う。
- コールドランチ後に水上に出てから底部カバーを開きながら投棄。
- 本体の操舵翼を展開、ロケットモーター点火。
※推定構造。
【関連過去記事】北朝鮮の北極星SLBMの下面カバーの外し方
なお北朝鮮の発表映像ではミサイルの上部カバーが映っておらず見当たりませんが、韓国軍のSLBMのように水上に出て直ぐに外している可能性があります。
SLBMは上部カバーが無いタイプもあります。ただイスカンデル型のような尖った機首形状のミサイルは水中を進むにはあまり向いていないので、上部カバーはあるが連続写真には捉えられていないだけなのかもしれません。
ただし、水中安定翼があれば上部カバー(保護キャップ)は必要が無い可能性があります。
新型SLBMの懸念点
水平距離約600km、最大到達高度約50km、変速軌道。これが19日に日本防衛省が観測した北朝鮮の新型SLBMの飛行データです。
この新型SLBMは600kmという短距離の射程から対韓国用・対日本用と見られ、最大高度50kmに到達した後に滑空飛行を行ってくるので、最低迎撃高度70kmの大気圏外迎撃ミサイルSM-3では対処できません。現状では大気圏内用迎撃ミサイルのPAC-3、SM-6、そして大気圏外用ですが限定的にある程度の低い高度(最低迎撃高度40km)でも機動できるTHAADで対処することになります。
しかしPAC-3やSM-6では弾道ミサイル相手の広域防空はできず拠点防空までで、THAADも限定的にしか対応できないので、アメリカ軍で現在開発中の対極超音速兵器迎撃ミサイルを早急に配備しないと広い国土を守れなくなる恐れがあります。
極超音速滑空ミサイルに対処できる迎撃ミサイルならば、機動式弾道ミサイルも問題無く対処できる筈です。
東京攻撃には日本海の中央まで進出する必要
射程600kmの短距離SLBMで東京を狙うには日本海の中央まで進出する必要があります。しかし北朝鮮の性能の低い通常動力潜水艦でここまで発見されずに進出するのはかなり難しいでしょう。海上自衛隊の対潜哨戒機や護衛艦が多数行動しているからです。
北朝鮮沿岸から半径600kmの攻撃範囲
北朝鮮にとって防備が厚い沿岸付近(戦闘機と地対空ミサイルで米韓の対潜哨戒機が容易に近付けない)、元山市の沖合いから半径600kmは済州島を除く韓国全土が射程範囲に収まります。
おそらくは基本的な運用はこちらを狙ったものになるでしょう。日本攻撃用のSLBMは600kmよりもっと射程を長くしないと、現実的な運用は難しい筈です。
新型SLBMを発射した潜水艦「8.24英雄艦」
セイル(潜水艦の艦橋)のところにSLBMの発射筒が搭載されている形式です。発射筒の蓋が開いているのが見えます。この潜水艦から発射したならば発射したSLBMは1発だけです。1発しか搭載できない試験用の潜水艦だからです。
よって日本自衛隊が19日に2発の発射を観測したというのは誤認でしょう。韓国軍は1発の発射を観測と発表しています。