G20欠席で日本政治の恥部を世界に晒した最大派閥安倍派の国対政治
フーテン老人世直し録(694)
弥生某日
世界で最も長い歴史を持つ議会は英国議会である。英国議会は「議会の母」と呼ばれ、民主主義国の模範とされる。その英国議会では、大臣の海外出張と議会審議の日程が重なった場合、国益の観点から海外出張を優先し、大臣は議会を欠席する。
その時、もし議会で採決が行われれば、野党は海外出張中の大臣と同数の野党議員を自発的に欠席させる。当然ながら野党は与党より議員数は少ない。それでも欠席させるのは民主主義の議会は党利党略ではなく、フェアプレイが大事であることを示すためである。
ところが55年体制下の日本では、社会党が「国権の最高機関たる国会を軽視するのか!」と言って、国会会期中の大臣の海外出張を認めなかった。従って総理も各省大臣も国会日程の隙間を縫ってしか、国際会議に出席することができなかった。
しかし誰もそれを表だって批判することをしない。与野党なれ合いの「国対政治」があったからだ。「国対政治」とは、与党と野党第一党が国会審議を仕切ることで円滑な運営を図ることを言う。しかしそれは表の話で、実際には総理の権力が及ばない聖域だった。
国会審議の日程を決めるのは自民党と社会党の国対幹部だが、それが1対1の秘密の会合を持つ。そこで野党が審議拒否に入る時期と、審議に復帰する時期が決められた。そのシナリオに沿って野党議員が激しく政府を攻め審議拒否に持ち込む。そして野党が審議に復帰するまでの間、どの法案を成立させ、どの法案を廃案にするかが裏取引で決まる。
それを総理も与野党議員も知らされない。1対1の国対幹部だけが知っている。自民党国対がその気になれば、野党と組んで総理を辞任に追い込むことも可能だった。フーテンが現役で取材していた頃、国対を牛耳っていたのは最大派閥の田中派で、だから弱小派閥の総理は誰も田中派に逆らうことができなかった。
一方、国民には自民党と社会党が対立しているように見せる必要があり、そのためNHKに予算委員会を中継させ、野党は予算と関係のないスキャンダルを追及した。そして予算委員会には、総理以下全大臣の出席が要請され、野党の機嫌を損ねないよう、答弁の機会がない大臣も朝から夕方までじっと座っていなければならなかった。
政権交代を目指さない社会党はもっぱら護憲運動に力を入れた。憲法改正させない3分の1の議席獲得を目標にしたが、それを可能にしたのが中選挙区制である。1つの選挙区から3人もしくは5人が当選できる制度で、社会党は1選挙区で1人は獲得することができた。それが55年体制の実像である。
しかし30年ほど前に「政治改革」があり、選挙制度は中選挙区制から小選挙区制に代わり、55年体制は過去の話になった。ところが林芳正外務大臣のG20欠席問題で、改めて国対政治が表に出た。
いや表に出ただけではない。日本の国会がどれほど異常であるか、その恥部を参議院国対を牛耳る最大派閥安倍派が国際社会に晒したのである。何のために。安倍元総理にとって親の代からの敵である林外務大臣の足を引っ張り、ひいてはG7議長として広島サミットを成功させたい岸田総理の足を引っ張るためである。
今年G7の議長国は日本、G20の議長国はインドである。そして国際社会にとって最大の問題はウクライナ戦争だ。ウクライナ戦争は何度も書いたが、狂ったプーチンの帝国主義的領土拡大から始まったのではない。「テロとの戦い」に敗れた米国が中東から撤退せざるを得なくなり、ユーラシア大陸支配に穴が開いた。
その穴に中国とロシアが入り込み、米国のユーラシア大陸支配が危うくなった。そのため米国のバイデン大統領はウクライナにロシアを挑発させ戦争が始まった。だからロシアに経済制裁を課す国はG7を中心とする47カ国に過ぎない。アジア、アフリカ、中東など新興国は米国に背を向け、その新興国の代表格がG20議長国のインドである。
インドはロシア産の石油を大幅に輸入して欧米の経済制裁の穴を埋める一方、中国をけん制するクワッド(日、米、豪、印)の一員でもある。中露の結束に楔を打つ意味でインドは欧米側がなんとしても繋ぎ留めたいアジアの大国だ。
その役割を果たすよう求められるのはG7議長国の日本である。だから今年は日本の岸田総理の外交力と、インドのモディ首相の外交力のどちらが上かが試される。その最初の舞台が3月1日から開かれたG20外相会議だった。
G20の外相会議が3月1日から開かれることはあらかじめ分かっていた。日本では予算案が2月28日に衆議院を通過した。憲法の規定により参議院が何もしなくとも、3月28日には予算が成立する。
だから衆議院を通過した翌日に、参議院予算委員会を開かなければならない事情は何もなかった。しかし安倍派の野上浩太郎参議院国対委員長は、3月1日と2日に全大臣が出席する予算委員会の基本的質疑を設定し、同じく安倍派の世耕弘成参議院幹事長もこれを後押しした。
それでも林大臣に対する質問がなければ、林大臣は国会の了承を取り付け、G20外相会議に出席することはできた。野党に林大臣への質問はなかった。質問したのは自民党茂木派の上西良祐参議院議員で、在外邦人の孤独・孤立対策についてだった。答弁はわずか53秒、そのためだけに林大臣はG20を欠席した。
だからこれは野党が林大臣をG20に行かせなかったのではなく、自民党が行かせないように仕組んだのである。その結果、日本はG20議長国インドの顔に泥を塗った。そして英国の植民地であったインドは英国議会をよく知っている。
日本の外務大臣が国会の都合で国際会議を欠席することは信じられなかったと思う。インドのメディアは一斉に「驚いた」、「信じられない」と報道し、日本とインドとの関係に悪い影響が及ぶ可能性を示唆した。
海外の反響は日本の政界にも波及した。翌2日の予算委員会で維新の音喜多駿議員がこの問題を取り上げ、林大臣と岸田総理に説明を求めた。2人とも「国会日程などを総合的に勘案して判断した」としか答えない。
それまで「予算委員会の基本的質疑は極めて重要だ」と得意満面の顔で語っていた世耕自民党参議院幹事長や野上国対委員長は、ややトーンダウンして「外務省が何も言ってこなかった」と外務省に責任を転嫁、また安倍支持のメディアは「安倍元総理が良好にした日印関係を岸田総理が潰した」と岸田批判を強める。
しかし問題はただ一つ、予算委員会を開く必要のない1、2日に、基本的質疑を行うと決めた自民党国対に責任がある。週が明けた6日以降の開催でも何も問題はなかったはずだ。日本の国会は世界に日本の民主主義がいかに歪んでいるかを見せつけた。
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