日本ゲーム界のガラパゴス化:プロゲーマー認定制度なる謎制度が発足
いよいよ発表されましたね。以下、ゲームメディアのIGNからの転載。
「闘会議2018」の開催概要が明らかに プロライセンス発行や高額賞金大会を実施
http://jp.ign.com/tokaigi2018/20347/news/2018
来春早々にe-Sports新団体を発足させると発表。闘会議2018にはこの新団体が主催として加わった上で、日本で初となるプロライセンスの発行や、これまで難しかった高額賞金がついた大会が行われることになった。
これまで我が国のeスポーツ業界は「我こそは業界代表」と名乗りを挙げる団体が複数に分離して鍔迫り合いを続けてきたわけですが、それらが一つに統合する事で新しい団体を発足する、と。このキッカケになったのが2022年にインドネシア・ジャカルタで開催されるアジア大会にeスポーツが正式種目として採用されたこと。アジア大会に日本代表を送り込むには日本オリンピック委員会(JOC)に対してeスポーツの団体加盟が必要となるわけですが、その要件として「その団体が当該競技種においてその国唯一の統括団体であること」が条件となっているのですね。これまで国内で鍔迫り合いを続けてきたeスポーツ団体ですが「こんな所で仲違いをしている場合じゃない」という事で、いよいよ団体統合するという方向で話がまとまったわけで、喜ばしいことであります。
ただ、私がどうも解せないのが上記報道の「日本で初となるプロライセンスの発行や、これまで難しかった高額賞金がついた大会が行われる」という部分。何なんでしょう、このプロライセンスなるものは?
1. 「高額賞金大会はNG」という誤解
上記eスポーツ団体の方々、どうも昨年9月に消費者庁から示されたeスポーツ大会における「賞金」に対する景表法の適用判断の内容を壮大に勘違いしていらっしゃると思うんですよね。eスポーツ大会における景表法適用判断は、私自身が昨年ノンアクションレター制度という制度に基づいて消費者庁から引き出したものであります。当時私はeスポーツ大会への賞金拠出にあたって2つの法令適用照会を行っています。それが以下のもの。
このうち照会(1)に関しては、eスポーツ大会の賞金に景表法が適用「される」ケースであり、このケースにおいては景表法の規定に基づいてそこに拠出できる賞金額は「本体取引価額の20倍、もしくは10万円のどちらか低い方」までとなります。一方、照会(2)に関しては景表法の適用が「なされない」ケースであり、ここで示される要件下でのeスポーツ大会の賞金額には上限はありません。
何で私がeスポーツ大会の賞金取り扱いに関してわざわざ上記の2つの法令適用照会をおこなったのかというと、高額賞金が「出せるケース」と「出せないケース」の基準を明確に示す為であって、大前提として「日本では景表法があるので高額賞金制大会が『出来ない』」というのは大きな勘違いであるわけです。
2. キーワードは「Pay to Win」
さて話を戻しますと、上記2つ照会書で示された賞金制大会を分けるものは何なのか?これを理解するために必要となる重要なキーワードが「Pay to Win」という概念です。「Pay to Win」とはゲーム業界の中でしばしば利用される業界用語であり、ゲームへの課金が競技の勝敗に対して影響を「与える」タイプのゲームシステムのことを言います。ゲームへの課金が他者に対する優位性を生む形式の競技において、そこに賞金を設定することは「顧客誘引の手段」となる。その様な場合は、そのゲームの製造/販売等に係り利益を享受する立場にある事業者自身がそこに賞金を設定する場合において、拠出できる賞金額が「本体取引価額の20倍、もしくは10万円のどちらか低い方」に制限されるということです。(完全なる第三者スポンサーが拠出する賞金には制限はありません)
一方、「Pay to Win」ではないケース。すなわち、ゲームへの課金状況がゲーム上での競争の優劣に影響を与えない場合、上記のような景表法の規定は適用されず、ゲームパブリッシャー自身が高額賞金をかけてもかまわない。これが、昨年9月に私が消費者庁から得た回答であるわけです。
※これ以外にも細かな要件があるので詳細は上記照会書をご参照下さい。
3. Pay to Winに関する世界的論調
さて、ここでご紹介した「Pay to Win」ですが、実はこの様なゲームシステムが現在進行形で日本のみならず海外で大きな論議を呼んでいるのが実態。先日のエントリにおいて、現在諸外国のゲーム産業においてルートボックス、すなわち海外版のガチャシステムの規制論争が勃発していることをご紹介しました。
ガチャ=賭博?:世界同時多発的なガチャ規制論が勃発
http://blog.livedoor.jp/takashikiso_casino/archives/9706299.html
この論争の「引き金」を引いたのはEA社が発売した大型タイトル、「スターウォーズ・バトルフロント2」(SWBF2)における極悪なルートボックス仕様であったわけです。実は、ルートボックス自体は近年諸外国で発売されるゲームには採用が増えているシステムであるわけですが、なぜこのSWBF2が急に大炎上したかというと、このゲームがスターウォーズという世界的に人気のあるコンテンツであったことに合わせて、SWBF2に採用されるルートボックスの仕様がまさにここでご紹介した「Pay to Win」であったためです。
実は諸外国のルートボックスシステムの主流は、プレイヤーのゲーム優劣に影響を与えない「スキン」と呼ばれるキャラクター(もしくはアイテム)の外見上に変化を与えるだけのものであり、同じくルートボックスシステムを採用している世界的な大型タイトルであったBlizzard社のOverWatchなどはその販売の対象を「スキン」に限定していた為、発売当初から今までそこに大きな批判はありませんでした。逆にSWBF2のルートボックスは、ゲーム内で優位性を保つために大量の課金を行って良アビリティを獲得しなければならないものであった。これは日本においては比較的許容されているゲームシステムでありますが、海外のゲームユーザーはこの種の「Pay to Win」課金に関しては非常に不寛容であり、それが大炎上の発端となったわけです。
結果、現在起こっているのが世界を又にかけたルートボックス規制論であり、またゲームメーカー自身としてはルートボックスというビジネスモデル自体は収益性の維持の観点から放棄できないとしても、やはり「Pay to Win」システムは控えるべきではないか?という論調を強めているという状況であります。
4. 「Pay to Win」とeスポーツ
そしてこの「Pay to Win」という概念は、eスポーツという新しいゲーム文脈上でも重要な論点となります。スポーツの中では各種ギア等への「課金」状況が如実にプレイヤーの成績に反映されるタイプの競技も存在します。その代表例がF1レースのようなモータースポーツ競技であり、F1は巨大な開発投資なくして勝利はないといういわゆる「札束での殴りあい」の重課金ゲームであるわけですが、あの競技は各自動車メーカーの技術開発競争の発表の場でもある商業スポーツであり、そのような企業間の技術開発競争も含めて「競技である」としてそこに文句をいう競技者も居なければ、ファンもいないわけです。
一方でオリンピックのようなアマチュアスポーツの祭典はどうでしょうか?勿論、オリンピックスポーツであってもシューズやウェアの開発など様々な「課金要素」はあるわけですが、一方で我々にとって記憶に新しいのが「魔法の水着」と呼ばれたレーザーレーサー問題です。2008年の北京オリンピックにおいて、英国speedo社が発売するレーザーレーサーと呼ばれる競技成績を劇的に向上させる水着が流行したことで、単一の大会でそれまでのあらゆる記録を塗り替え世界新記録が23個も誕生したという問題ですが、実はその後「ラバー素材の禁止と、身体を覆う水着の面積制限」という大会規定が出来、過度な水着への課金競争の抑制が行われることとなりました。
【参照】“異常な時代”の終焉、レーザーレーサーの今とは
要は、F1レースのような企業の開発競争の発表の場でもあるような商業スポーツは別として、オリンピックのようなアマチュアを旨とするスポーツ競技会において重課金、すなわち強度の「Pay to Win」を前提とした競技はやはり相応しくない。それがオリンピック競技における原則的な理念なのであって、今2022年のアジア大会で正式種目化し、あわよくば2024年のパリ五輪での正式種目化を狙っているeスポーツにおいて「Pay to Win」はどのように扱われるのでしょうか?という話であります。恐らくこの辺の論議は、2022年のアジア大会において具体的にどのゲームタイトルを競技種目化するかという選定過程の中で、今後どんどん大きくなってゆく論議であろうと思われます。
5. プロライセンス制度は「Pay to Win」の容認?!
さて、翻って冒頭でご紹介した今回発表されたプロゲーマーに対するライセンス制度とそれを前提とした高額賞金制大会の創設でありますが、現在、私の耳に入っている情報に基づくのならば彼らの目指している大会仕様は「新設される団体によって認定を受けたプロに関してはゲームパブリッシャー自身が拠出する賞金を受け取る事ができる」一方で、「認定を受けていない一般人ユーザーに関しては賞金ではなく副賞となる何かしらの物品の提供に置き換える」という形で高額賞金を実現するという構想であると聞き及んでいるところです。要は、私が昨年9月に消費者庁から回答を引き出した「Pay to Winでなければ高額賞金も可能ですよ」とする法令適用判断に基づくのではなく、全く別のスキームで制度回避を行うものであるということです。
この点に関しては、今回新設される予定のeスポーツの統合団体の中核的人物として動いている浜村弘一ファミ通グループ代表が2017年9月19日付けのファミ通において以下のような解説をしています。
日本のeスポーツ団体が統合することで、どんな未来がやってくるのか? 浜村弘一ファミ通グループ代表に聞く
https://www.famitsu.com/news/201709/19142120.html
――プロライセンスの存在が、どのように賞金制大会につながるのですか?
浜村 これまで、日本のeスポーツ大会においては、ゲームメーカーが大きなお金を用意して大会を開催しようとしても、景品表示法によって、最大で10万円までしか賞金を出せませんでした。
――そういった大会は、“ゲームソフトを買ってもらうためのイベント”という扱いになり、景品表示法によって賞金額が制限されてしまう、というお話でしたね。
浜村 そうです。でも、ライセンスを持ったプロにとって、ゲームは生計を立てるための商売道具ですから、大会があろうとなかろうとゲームは購入して当然のものなんですよね。そうした前提があるから、プロを対象にした大会は“購買促進を目的とした懸賞”には当てはまらないんです。
ここで浜村氏は「プロにとってゲームは生計を立てるための商売道具」という非常に微妙な解説を行っておりますが、私としてはナンダカナァと思うところです。だって「生計を立てるための商売」であるなら賞金拠出は景表法に引っかからないという解説が本当なのだとして、なぜその商売をやっているという事をどこかの第三者に「認定」して貰う必要があるのでしょうか?要はこの浜村氏の解説は「正しい事を言っているように見えて、実は正しくない」んです。
「商売であればOK」というロジックは、実は消費者庁から正式に告示されている景表法の運用基準の中に含まれている考え方です。以下、消費者庁からの公式文書からの転載。
景品類等の指定の告示の運用基準について
http://www.caa.go.jp/representation/pdf/100121premiums_20.pdf
取引の相手方に提供する経済上の利益であっても、仕事の報酬等と認められる金品の提供は、景品類の提供に当たらない
上記のように消費者庁から示されている景表法の運用基準においては、例え事業者からその取引相手方に提供される経済上の利益であっても、それが「仕事の報酬等」と認められる場合においては景表法で規制を受ける「景品類の提供には当たらない」とする判断が明示されています。これは、例えば化粧品会社とその商品の愛好者などの間で適用されるもので「化粧品会社が自らの商品のハードユーザーを集めてモニターとして新商品開発のお手伝いをして貰う」といった企画があった場合、例えその募集要件が「自社商品に多額の課金を行ったユーザー」というものであったとしても、それが労働報酬の範疇と認められる限りは景表法の規制対象にならないといった形で運用が行われているものです。
その為の分岐点となるのは、そこで提供される経済的利益が「適正な労働報酬の範囲」であるかどうかであるわけですが、そんなものは第三者に認定して頂く必要は本来的にはありません。
実は、昨年9月の法令適用照会以降、私のところには多数のゲーム業界関係者の方からのお問合せを頂いております。これまでそのような方々に繰り返し申し上げてきたのは、まずもってかの消費者庁の法令適用判断は「賞金を出してはいけないという判断ではなく『Pay to Win』仕様のゲーム大会における高額賞金が否定されただけのものである」ということ。但し、この消費者庁の「Pay to Win」の概念の中には「家庭用ゲームを購買すること」そのものや「アーケードゲームを繰り返し有料プレイする」という行為までもが含まれているので、ここが「基本プレイ無料」という概念があるPCやスマホゲーム以外の家庭用ゲームやアーケードゲームメーカーにとっては難しいですよね、ということであります。
その上で、私がいつもご紹介するのが上記の「適正な労務報酬は景表法の規制対象にならない」という運用基準。家庭用ゲームやアーケードゲームの場合、eスポーツ大会そのものに対してゲームパブリッシャー自身が高額の賞金を設定することは出来ませんが、その大会の優勝者とその後に何かしらの「労働契約を結ぶ」という形式であれば、それが「適正な労働報酬の範囲」と認められる限りは景表法の規制は回避できます。
我が国の歴史上で最初に「プロゲーマー」として有名になった存在はおそらく「16連射」で一世を風靡した高橋名人であるわけですが、高橋名人は当時ハドソン社の宣伝部の従業員であり、同社の宣伝活動の一環として「ゲームの上手な人=名人」を名乗っていたわけです。要は、eスポーツ大会を開催しその優秀成績者に対して「日本一ゲームの上手いプレイヤー」として広報大使的に1年間有期契約させて頂きますという仕様であれば、ゲーム会社の開催するeスポーツ大会は「日本一ゲームの上手い人」を探す為のリクルート大会という概念になるわけで、その後の労働契約の内容が「適正な労働報酬の範囲」と認められる限りにおいては、ゲームパブリッシャーとそのユーザーとの間に経済的利益の提供が存在しても問題がないわけです。例えばyoutube上に公式攻略チャンネルでも作って、そこに「日本で一番ゲームの上手い人」として1年間番組出演して貰うとか色んなやり方はすぐに思いつくわけで、数千万だとか数億だとかという報酬は社会通念上さすがに難しいとしても、大会優勝者に対して年間数百万円程度の報償が結果的に発生するような大会のやり方なんてのは実はいくらでもあるわけです。
逆に今回提案された「プロライセンス」のような制度のように、プロ認定を受けたプレイヤーは経済的利益を受けられるが、その他の一般プレイヤーはそれが受けられませんという賞金制度を採用するということは、そのゲームが「Pay to Win」ゲームであり一般向けにはその大会が依然として「販促行為」として機能しているということをゲームパブリッシャー自身が認めてしまう事にも似た行為であるといえます。特に「基本プレイ無料」の概念があり、ゲームの仕様次第で景表法の回避のやり方がいくらでも存在するPCやスマホゲームのタイトルにおいてこの制度を採用することはかなり致命的。先日もご紹介したとおり、海外ゲームタイトルではクラッシュロワイヤルのようにルートボックス(ガチャ)方式の課金スキームを採用しながら、同時に無課金プレイヤーが日本一の座に輝くような「Pay to Winではない」ゲームが明確に誕生している中で、ウチのゲームは「Pay to Win」ですよと自ら表明してしまうことの意味をもう一度考えてみた方が宜しいのではないかと思うところです。
【参考】クラロワ日本一大会:eスポーツ賞金制大会に朗報
http://blog.livedoor.jp/takashikiso_casino/archives/9700883.html
先述のとおり、現在世界的にはルートボックス論争の流れから特に「Pay to Win」システムに対する社会的批判が巻き起こり、またアマチュアスポーツの祭典たるアジア大会、オリンピックへの正式種目化というeスポーツ文脈からも今後「Pay to Win」に対する論議が高まるであろうゲーム業界を巡る全体の流れの中で、今回発表された「プロライセンス制度」なる方向性は日本のゲーム業界の更なるガラパゴス化を誘引する施策となるのではないか?と危惧しておるところ。この国のゲーム業界は一体、どこに向かって飛んでゆくつもりなのか? 今回の「プロライセンス制度」の発表を契機として、皆さんには是非、この点に関して論議を深めて頂ければ幸いです。