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生活保護費の削減は超安い使い捨て労働者の大量排出がねらい―交渉参加前に進む国内のTPP体制化―

大野和興ジャーナリスト(農業・食料問題)、日刊ベリタ編集長

TPP(環太平洋経済連携協定)交渉参加問題は、今回の総選挙の争点の一つだった。自民党は「聖域なき関税撤廃を前提にする限り反対」という公約を掲げて選挙に臨み、農村部の票を集めた。「条件付き反対」とも「条件付き賛成」ともいえるあいまいな公約のおかげで農村部の立候補者は堂々と「TPP反対」を標榜できたからだ。前回の総選挙では、民主党がコメの戸別所得補償制度創設を掲げ、米価下落に苦しむ農民票を大量に獲得して政権の座についた。今回、TPP交渉参加に前のめりの野田政権の裏をかいた“争点隠し”ともいえるあいまい公約で、前回と逆の現象が農村部で起きたのである。

安倍政権のTPPへの姿勢は、いま次第に変わりつつある。一連の人事を経て、閣僚、官邸にTPP推進派をそろえ、機会を見てオバマ米大統領に交渉参加を表明するシフトをつくりあげた。“日米同盟いのち”の安倍首相にとって、これ以外の選択肢はないからだ。TPP反対の二大業界団体、JA農協と医師会とも、水面下での条件取引がそのうち始まるはずだ。そのあたりの動きについては、稿を改め書いてみたいと思うが、ここでは、TPP交渉に参加すべきとか反対とかいう表面的な動きの陰で、人びとが知らないうちに進行している「TPPの内部化」あるいは「日本の社会経済のTPP体制化」とでも呼ぶべき動きについて述べてみたい。

TPPの先取りともいえる制度や運営の改定が、議会のチェックを受けることなく進んでいる。そのいくつかを具体的に検証してみる。

その一つは勤労の権利や勤労者の団結権に関するものだ。最近の動きでいえば、2012年8月に公布された労働契約法の改定がある。有期の労働契約の労働者がその職場で5年勤めた場合は無期労働契約にあるという、一見前向きの改定なのだが、実態は5年になる直前に実質上の解雇をする動きが、いま広まっている。

いま、安倍政権が進めようとしている生活保護費の削減も、そのひとつといえる。小泉改革以後、労働者の働く条件は劣悪化を続けてきた。それは非正規労働者の激増と賃金切り下げとなって現れているが、憲法25条で保障されている生存権の最後の砦である生活保護の削減は、その総仕上げといってよい。この措置によって、使い捨ての超低賃金労働者が労働市場に大量に排出されることになる。TPPに加入して貿易と投資の全面的自由競争の世界に踏みこむ日本の企業にとって、これほどありがたい話はない。安倍政権はいま、そこに踏み込もうとしているのだ。

「食の安全」も、憲法25条がいう「健康で文化的な最低限度の生活」をささえる重要な柱だろう。TPPへの参加は、遺伝子組み換え食品の表示問題やBSE(牛海綿状脳症)に関連しての米国産牛肉輸入問題などを通して、この食の安全を脅かすことはしばしば指摘されている。だが現実には、TPP参加を待つまでもなく、国内の体制はすでにTPP化を深めている。

例えばBSEについていえば、米国産牛肉の輸入条件緩和が年明けにも実施される。これまでは月例20ヵ月以下の若牛の肉しか輸入が許可されていなかったが、それが30カ月齢に緩和されたのだ。この輸入条件緩和は、TPP交渉に日本が参加するにあたって、米国が突き付けた条件の一つであり、野田政権のもとで早々にクリアされたものだ。

食の安全に関連していえば、遺伝子組み換え問題がある。遺伝子組み換えの食料を世界中に輸出したい米国は、「この食品は遺伝子組み換えです」といった表示は貿易障壁ととらえる。このため、こうした表示制度をもっている国に対しては、TPP交渉でその廃止迫っている。日本も、遺伝子組み換え表示制度をもっており、TPP参加となれば、この表示の撤廃が迫られることになる。

だが、日本における遺伝子組み換えをめぐる現実は、表示制度だけではない問題をはらんでいる。世界で一番遺伝子組み換え食品を生産し、市場にも出回っているのは米国だとされているが、日本は米国以上の遺伝子組み換え天国だという認識が広まっている。

2012年12月5日、政府は除草剤グルホシネート耐性ダイズなど3種の遺伝子組み換え農作物を承認した。この中にはベトナム戦争で米軍がゲリラ対策としてベトナムの森や田畑、池、川に散布し、今なお心身に障害を持つ人を生み出している枯葉剤耐性遺伝子を組み込まれたトウモロコシも含まれている。これらの遺伝子組み換え作物は開発国である米国でさえ消費者市民の反対で承認がストップしているものである。こうした状況に対し、日本の消費者運動の間では「遺伝子組み換え 承認のベルトコンベア方式そのものを止めなければ、日本は間違いなく米国以上の遺伝子組み換え天国になる」という懸念が広がっている。TPP交渉で米国政府は各国の遺伝子組み換え表示の撤廃を要求しているが、現実には何の障害もなく日本に輸入する道が政府自身の手でつくられているのである。

「国民の健康」との関連では、公的医療保険制度がTPP参加で揺らぎ、高い医療費を支払わないと医療を受けられない事態が進むのでないかという懸念が指摘されている。米国の民間保険会社や製薬会社の日本市場参入の道を開くためだが、ここでも先取り現象がみられる。日本の成長戦略に位置付けられている医療観光(医療ツーリズム)だ。経済成長を続けるアジアの富裕層を対象に「医療・介護・健康関連サービス」を観光客呼び込みの一環として進めるこの施策は、公的制度としての医療の枠組みを壊す恐れが十分ある。

農民を生存権との関連でいえば、コメの市場開放は実質的に始まっている。安売り競争に余念がない牛丼チェーンでは外国米の混入が当たり前になり、スーパー西友で売り出した格安の中国米は貧困層が広がるなかで売れ行きを伸ばしている。国内コメ市場のTPP化は実質的に動き出しているのである。その一方で、TPPに対抗する農業成長戦略をして政府が進めている農業六次産業化にそって、政府の農業融資や補助金が農家ではなく食品や流通企業に流れている実態も、一般には知られていないがTPP化の一つとみてよい。農業の主役を農民ではなくアグリビジネスに切り替えようという狙いがそこにはある。

TPPの内部化は東日本大震災の復興政策にも露骨に表れている。宮城県では、知事を先頭に立って、これまで漁業協同組合がもっていた漁業権を内外の資本に開放するという「水産特区」を進めている。零細漁民を浜や海から締め出し、小さな漁港をつぶして大規模で効率よい水産企業を外国資本も呼び込んでつくりあげようというこの計画は、まさにTPPといってよい。

以上あげた事例は現に進んでいるTPP内部化の一例にすぎない。

ジャーナリスト(農業・食料問題)、日刊ベリタ編集長

1940年、愛媛県生まれ。四国山地のまっただ中で育ち、村歩きを仕事として日本とアジアの村を歩く。村の視座からの発信を心掛けてきた。著書に『農と食の政治経済学』(緑風出版)、『百姓の義ームラを守る・ムラを超える』(社会評論社)、『日本の農業を考える』(岩波書店)、『食大乱の時代』(七つ森書館)、『百姓が時代を創る』(七つ森書館)『農と食の戦後史ー敗戦からポスト・コロナまで』(緑風出版)ほか多数。ドキュメンタリー映像監督作品『出稼ぎの時代から』。独立系ニュースサイト日刊ベリタ編集長、NPO法人日本消費消費者連盟顧問 国際有機農業映画祭運営委員会。

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