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日本メディアが「文革」と揶揄した中国の教育改革が子どもを近視から救う

富坂聰拓殖大学海外事情研究所教授
(写真:アフロ)

 下校する小学生の集団とすれ違ったとき、ふと気づかされる。眼鏡をかけた生徒が多いな、と。意識してみると、レンズも概して分厚い。

 これは思い過ごしではない。

 日本の「学校保健統計調査」によると、子どもの近視の割合は確実に高まっているからだ。

 統計を取り始めた1979年度の近視の割合は、小中高生それぞれ17・91%、35・19%、53・02%だった。それが2020年度になると、それぞれ37・52%、58・29%、63・17%と、大幅に高まっているのだ。

 いわゆる近視の低年齢化現象を受けて文部科学省は昨年度、各地の小中学生およそ8600人を対象に調査を行った。結果、子供たちの目に大きな変化が起きていることが確認されたのである。それが眼軸異常だ。

 眼軸とは目の表面から網膜までの奥行きのことで、子どもの近視が増えた原因は眼軸の長さが伸び、遠くを見るのに適さなくなってしまったことにあると考えられるのだ。

 眼軸が伸びた原因は、誰もが思いつくだろう。ゲームやスマートフォンなど近い距離で画面を見続ける時間が増えたことだ。誤解を恐れずに言えば、近くのモノしか見ない生活に目が適合し、目自体が形を変えてしまったのだ。

 未発達な子どもが長時間同じ画面を見続けるという問題の怖さは、早くから眼鏡をかけなければならないというだけで終わらない点にある。目の酷使を続けてゆけば――現代の生活では続けていかざるを得ない――いずれ近視の進行を経て網膜剥離や緑内障など別の病気を引き起こすリスクが高まるのだ。

 実は、近視の低年齢化という問題は、中国でも数年前から大きな話題であった。中国の近視率は小中学生で約50%。高校生で80%に達している。単純に比較することはできないが、日本よりも深刻だ。

 日本よりも早くスマートフォンが普及したことも一因かもしれないが、中国では勉強による過度な負担が、近視進行の原因としてやり玉に挙がっている点が特徴だろう。そして即座に強い対策が取られるのも中国ならではだ。

 中国が子どもの近視対策に国を挙げて取り組み始めるのは2018年のことだ。教育部と衛生部が協力して進める「総合防控児童青少年近視実施方案」や「児童青少年近視防控光明行動工作方案(以下、「光明行動」)」がこれに当たる。

 対策の効果は、早速2年後に確認される。2020年、子どもの近視率は2018年に比べ0・9%と、わずかだが下ったのだ。

 だがその後、新型コロナウイルス感染症の拡大により学校がリモート学習に切り替わり、子どもの学習環境は目に負担をかけるようになる。学生が長時間パソコンに向き合えば、近視率にも悪い影響が及ぶ。

 そこで中国は新たに「光明行動(2021‐2025)」に取り組み始める。これは同時期に進められた教育改革の一つの目玉にもなっている。

 日本ではとかく評判の悪い中国の教育改革だが、その実態は「文化大革命」などという一言でカバーできるものではない。

 激し過ぎる受験戦争からの脱却を掲げ、学生の評価方法にメスを入れたこと以外にも両親が教育に注ぎ込むエネルギーを軽減し、生育環境を整える少子化対策。教育にかかる費用を減らして個人が債務を膨らませる問題への対処。さらには国民の健康という民生の問題や青少年の犯罪防止などさまざまだ。

 もちろん子どもの近視問題も、国民の健康維持の範囲に入れられている。宿題の負担軽減や睡眠時間の確保、そして屋外での活動を推奨をしているのも、まさに子ども近視対策の一環だ。ゲーム時間を国が管理しているのも同じだ。

 「光明行動(2021‐2025)」では体育の授業以外に屋外で過ごす時間をつくるためにゲーム形式の活動が義務付けられている。子どもがゲームを楽しむだけで近い場所から遠い場所へと目を交互に動かすようにプログラムされている。また毎日の朝礼では、目と手の動きを一体化させる運動が取り入れられ、子どもたちが学ぶ机の高さも、目の負担軽減に最適な高さを決め細かく指示されるのだ。

 強権的な手法など、中国のやることには批判もいろいろある。しかし問題を見つけ、素早く対処する中国の実行力には学ぶべきものがあると言わざるを得ない。

拓殖大学海外事情研究所教授

1964年愛知県生まれ。北京大学中文系中退後、『週刊ポスト』記者、『週刊文春』記者を経て独立。ジャーナリストとして紙誌への寄稿、著作を発表。2014年より拓殖大学教授。

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