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追加関税100%でも中国のEVの勢いは止められないかもしれないバイデン政権の悩み

富坂聰拓殖大学海外事情研究所教授
(写真:ロイター/アフロ)

 また一つ米中対立に火種が持ち上がった。

 5月14日、バイデン政権は中国からの輸入品のうち電気自動車(EV)や半導体、太陽光発電関連製品など7分野について、制裁関税を大幅に引き上げると発表した。

 現時点で年間約180億ドル(約2兆8100億円)相当の輸入品に影響が見込まれる。メディアの多くは選挙をにらんだ動きと解説するが、その一方で中国製EVが狙い撃ちされたのも明らかだ。関税は現在の25%から一気に100%に引き上げられる。

 アメリカは通常、輸入車に対し2・5%の関税を課している。トランプ時代の2018年、中国車を対象にこれを25%にまで引き上げた。今後、中国のEVは102・5%の関税を適用した上で輸入されることになる。

 中国車は7500ドルの購入者補助からも排除されるので競争力は激減だ。

 自由貿易の「守護者」を自認してきたかつてのアメリカは見る影もないが、バイデン政権はさらに「中国がメキシコ経由でアメリカにEVを輸入する動きを厳しく監視する」(米通商代表部(USTR)のタイ代表)という。

中国のEVはEVはほとんどアメリカに輸出されていない

 ただ、多くの関係者が首を傾げたのは、その効果だ。

 というのも中国車の対米輸出は2022年が最高で14764台。昨年は10970台と決して多くはない。さらに新エネルギー車に限れば全体のわずか2%程度しかないのが実情だ。

 日本のメディアでは連日のように「アメリカの消費者の急速なEV離れ」が取り上げられ、SNSにはいわゆる「EVオワコン論」があふれている。

 日本の報道の通りならば、中国EVに高関税を課す必要はない。つまり、どうやら現実は日本が望むような方向には動いていないということなのだ。

 追加関税について米メディアのインタビューに答えたジャネット・イエレン財務長官は、EVを半導体やクリーンエネルギーと並べて「今後数十年にわたりアメリカに質の高い雇用をもたらし、国家安全の面でも基礎となる産業」と位置づけた。そして「こうした分野で中国に依存することは受け入れられない」と語った。

 追加関税に関するニュースがあふれるなか、多くの専門家たちが指摘したのは、中国EVのアメリカ市場での現在ではなかった。今後の趨勢だ。つまり、このまま放置すれば中国のEVによって市場は席巻されてしまうという危機感がバイデン関税の動機だというのだ。

リチウム電池は4年で7倍

 事実、リチウム電池におけるアメリカの中国依存はすでに深刻だ。2019年には18億7000万ドルだった輸入量が、2023年には135億4000万ドルにまで高まっている。4年で7倍以上に跳ね上がった計算(中国税関総署)だ。

 問題は、リチウム電池に高い関税を課して国内の産業を保護しても、同じような品質で低価格が実現できるかといえば極めて怪しいのだ。事情はEVも同じだ。

 そもそもEVへのニーズはガソリン車とは違い、両者を一律に比べることは難しい。というのも、EVに求められる性能の多くがAIと関連し、自動運転の未来を見据えれば、なおさらその傾向は強まるからだ。

 自動運転を視野に入れたドイツのフォルクスワーゲンやメルセデス・ベンツ、BMWがそろって自社開発を断念し、中国の企業との協力へと舵を切ったのは、その一つの答えなのだろう。

10分間充電で600キロメートル走行

 一部でEV販売の伸び悩みが話題になっているが、開発費が集まる数少ない産業であることは間違いなく、技術は日進月歩だ。

 4月末の北京のモーターショーでは、航続距離1000キロメートルの電池や10分間充電で600キロメートルも走行できる電池が披露された。

 さらに現在、中国国内では熾烈な価格競争が始まり、大きな淘汰の段階を迎えている。ここで勝ち抜いた企業がさらに良質で安価なEVを市場に投じてくることは想像に難くない。

 EVをめぐる米中の摩擦がかつての日米自動車摩擦と決定的に違うのは、中国にとって国内市場こそが世界最大の自動車マーケットだということだ。

 前述したドイツの三大自動車メーカーの販売台数を見ても、中国市場での販売が全体の約3割を超えていて、アメリカ市場のおよそ2倍の規模なのだ。中国のメーカーは国内市場で十分技術革新が続けられるのだ。

 だからこそ中国EV産業の先頭を走るBYD(比亜迪/Build Your Dreams)は、あえて無理をしてアメリカ市場に進出しようとはしていないのだ。

 バイデン政権が繰り返す中国の「過剰生産」問題は、中国EVの競争力を過小評価している。補助金で粗製乱造された安物が世界にばら撒かれた「チャイナ・ショック1・0」と本当に競争力を備えた製品が世界へと向かう「チャイナ・ショック2・0」は明らかに異質なものだからだ。

拓殖大学海外事情研究所教授

1964年愛知県生まれ。北京大学中文系中退後、『週刊ポスト』記者、『週刊文春』記者を経て独立。ジャーナリストとして紙誌への寄稿、著作を発表。2014年より拓殖大学教授。

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