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月の裏側からサンプルを持ち帰った中国の思惑は資源だけではない

富坂聰拓殖大学海外事情研究所教授
(写真:ロイター/アフロ)

 中国が月の裏側で採取した岩石などの試料(サンプル)を収めたカプセルが、6月25日、無事に中国内モンゴル自治区の「四子王旗」に帰還した。月の裏側からのサンプル持ち帰りは人類初。試料は今後、中国科学院に引き渡される。

 無人の月面探査機「嫦娥6号」が打ち上げられたのは今年5月3日。この試みに対する日本での反応はいま一つ薄いが、世界の宇宙探査にとって巨大な突破となった。

 というのも、この約1カ月半の間に「嫦娥6号」は実に多くの技術の「壁」を乗り越えてきたからだ。

 地球から見える月の表側とは違い、裏側へアプローチしようとすれば、まず通信という壁が立ちはだかる。中国は2019年、「嫦娥4号」を、これも人類史上初めて着陸させることに成功しているが、今回、再び「嫦娥6号」を送るに先立ち、通信を中継するための衛星「鵲橋2号」を海南省文昌の発射場から打ち上げ、体制を整えていた。

誰が月の資源を支配するか

 「嫦娥6号」探査機は「軌道周回機」「帰還モジュール」「着陸機」「上昇機」の4つのコンポーネントで構成され、着陸カメラ、全景カメラ、鉱物スペクトル分析器、月土壌構造測定儀などが搭載され、それぞれのミッションをこなしてゆく。

 中国が月の裏側にこだわる理由はさまざまだが、海外のメディアが注目しているのは資源開発競争という視点だ。

 英公共放送BBCは6月26日に配信した記事のなかで「次なる宇宙開発競争では、単に人間を月に到達させるだけではなく、誰が月の資源を支配し、その権利を主張できるかが重要になる」と分析した。

 確かに月の裏側には水や酸素、水素を得られる氷の痕跡があるとされるほか、核融合のエネルギー源として期待されるヘリウム3も豊富にあると予測されてきた。資源開発競争という意味では、中国が一歩リードしたことは間違いない。

 だが中国が力を入れる理由はそれだけではない。困難な調査に挑むことで進歩する技術とその証明だ。

 サンプルを持ち帰る過程では、数々の難問を解決しなければならない。

月の裏側の表面に「中」の文字

 まず巨大なクレーターが多く平面が少ない裏面への着陸という障害だ。それをクリアし着陸に成功したら、次は通信環境が極端に悪いなかで掘削作業を無事に終えなければならない。そしてサンプルを採集したら、再び飛び上がり、一定の高度に達し、帰還モジュールとのスムーズなドッキングを果たさなければならないのである。

 もちろん、そこから地球へ帰還する過程でも技術者が一息つく暇はない。

 例えば大気圏突入だ。第二宇宙速度に近いスピードに達した帰還モジュールを減速させるために、このミッションでは大気圏で帰還機をバウンドさせる「跳躍式」という技術が使われた。大気圏を抜ける際の熱の影響を抑えるための蜂の巣構造の効果も試された。

3Dプリンターで月に研究センター

 そして地上10キロメートルの高さで開く2種類のパラシュートだ。最初に開くのは姿勢制御のためで、次に減速するためのメインのパラシュートが開く。

 メインパラシュートの大きさは50平方メートルにも達する。これがきちんと開き、毎秒13メートルまで減速できなければ、落下の衝撃でサンプルに大きなダメージが及び、下手をすればこれまでのすべての過程が台無しになるかもしれないのだ。

 月面での作業に話を戻せば、「嫦娥6号」は約2キログラムのサンプル採取時に、月の表面に中国の「中」の字を書き残し、さらに五星紅旗を月の裏側に掲げるというミッションを負っていた。

 この国旗に使われた繊維は昼と夜の激しい寒暖差に耐えるため、素材に特別な工夫を施している。最大の特徴は玄武岩から作り出した繊維を62%も使っている点だ。

 実は中国は今後、この岩から繊維をつくる技術を使い、月で構造物を建ててゆくことを真剣に検討している。構想はすでに2015年から始まり、月の土壌でどのように建築物をつくるかまで具体的だ。月にある素材を活かして3Dプリンターで建築物をつくる際、岩石から繊維を作り出す技術は極めて重要になるのだ。

 公表されている計画では2030年までに有人の月面着陸、2035年までに研究ステーションを建設するという。なかには、原子力発電施設を月の裏側に建設する計画も進んでいると報道されるから驚きだ。

拓殖大学海外事情研究所教授

1964年愛知県生まれ。北京大学中文系中退後、『週刊ポスト』記者、『週刊文春』記者を経て独立。ジャーナリストとして紙誌への寄稿、著作を発表。2014年より拓殖大学教授。

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