東京五輪のその先へ。2024年を見据えるスポーツクライミングの新たな取り組み
強豪国・日本クライマーをさらに向上させる国内競技環境を新導入
スポーツクライミングの日本代表選手たちが、国際大会シーズンで躍動している。
6月まで行われたW杯ボルダリング・シリーズ戦では、楢崎*智亜が3年ぶり2度目の年間王者に輝いたのをはじめ、男女とも目覚ましい成績を残した。その勢いは7月に幕開けしたW杯リードでも衰えるところがない。
W杯リードの開幕戦となったスイス・ビラール大会(7/4〜7/6)は8名で争うファイナルに、男子は楢崎*智亜、藤井快、楢崎*明智、波田悠貴と、女子は野口啓代、森秋彩、谷井菜月が進出。高校1年生の森がW杯リードのデビュー戦で3位表彰台に立った。また、同時開催のW杯スピードでは、野中生萌が日本選手で初めて決勝ラウンド進出の快挙を果たした。
来季の日本代表を目指した戦いは、すでに始まっている
日本代表選手たちが国際大会で活躍する一方で、国内では来シーズンのその座を狙う選手たちによる熱戦がすでに始まっている。
日本山岳・スポーツクライミング協会(以下JMSCA)は、今シーズンから『ジャパンツアー・ポイントランキング』システムを導入。5月から始まったこのツアーには来年の日本代表を決める『ボルダリング・ジャパンカップ(以下BJC)』、『スピード・ジャパンカップ(以下SJC)』、『リード・ジャパンカップ(以下LJC)』の出場権がかけられている。
五輪強化選手は3種目で、各種目の日本代表選手は当該種目で、翌年のジャパンカップへの出場シード権が与えられているが、それ以外の選手たちは各種目のジャパンツアーに出場し、種目ごとにランキング上位(男子40名、女子30名)に入らなければ、ジャパンカップ参加資格を手にできない。
2019年ジャパンツアー日程
【スピード大会 全2戦】
済 5/11 『東京選手権スピード』
東京都昭島市
モリパークアウトドアヴィレッジ
済 6/23 『岩手運動公園大会』
岩手県盛岡市・県営運動公園
【リード大会 全5戦】
済 5/26 『KAZO CUP』
埼玉県加須市・市民体育館
済 6/22 『岩手運動公園大会』
岩手県盛岡市・県営運動公園
済7/6 『Rock Festival2019』
埼玉県入間市・Base Camp入間店
7/28 『クライマーズチャレンジカップ』
長崎県大村市・大村高校内人工壁
10/26『Life is Climb2019』
大阪府大阪市・PUMP大阪店
【ボルダリング大会 全7戦】
10/12 東京都・B-PUMP荻窪店
10/19 福岡県・クライミングジム OD
11/2 山形県・FLATボルダリングジム
11/16 大阪府・PUMP大阪
11/30 香川県・ボルダリングジム STANCE
12/7 愛知県・Play Mountain岡崎店
12/14 埼玉県・Base Camp飯能店
新たに導入したジャパンツアーの狙いとは
ジャパンツアーを主導するJMSCA普及委員会メンバーであり、7月3日に行われたジャパンツアー・リード第3戦の会場となったクライムパーク・Base Campのスタッフでもある杉田雅俊さんは、予選システム導入の意図を次のように明かす。
「本来ならばIFSCの基準を満たす会場で開催できればいいのですが、資金面などの問題もあって難しいのが現状です。でも、だからといって手をこまねいていては、日本の競技力のレベルアップにつながらない。なるべくIFSCに準じる形をとりながら、まずはやれることからやるということです」
W杯ボルダリングの日本代表が決まるBJCは、ボルダリング人気に後押しされて競技人口が増えた2016年から予選会を導入。2018年からはボルダリングに加え、リードでも公認予選会を設けた。これを発展させる形で今季からジャパンツアーは生まれたが、「国内の競技日程がもたらしてきた課題解消の狙いがある」と杉田さんは語る。
「これまで国内で行われる公式戦は、ボルダリングでもリードでも1大会か2大会くらいと大会数は限られていました。それだと日本代表から漏れた選手たちは、翌年の公式戦までモチベーションを維持するのが難しかったんですね。
4月から国際大会を戦う日本代表選手がいて、その一方で国内では次の日本代表を狙う選手たちが切磋琢磨しながら実力を伸ばしていく。そういう環境をつくって選手全体を底上げしていくことが重要だと考えて、ジャパンツアーは始まりました」
ジャパンツアーの特徴のひとつは、商業クライミングジムなどでも行われることだ。国際大会で用いるIFSCルールには競技のテクニカルルール以外にも施設面などで細かな規定がある。商業ジムですべてに準じて開催することは不可能だが、最大限にIFSCルールに則る形で行われている。
ジャパンツアー・リード第3戦はBase Campの毎年恒例のイベント『Base Camp Rock Festival2019』の一環として開催された。イベントのカテゴリである『U-10(10歳以下)』、『U-14(14歳以下)』、『ビギナー』、『ミドル』、『オーバー50(50歳以上)』は、出場申し込みをジムで受け付け、審判はジムスタッフなどがつとめた。だが、ジャパンツアーの試合である『男女各オープンクラス』だけは、出場申込みをJMSCAのHPで行い、審判もJMSCAの公認審判員が担当。公平性を担保するための棲み分けがされていたことで、イベントの楽しさのなかにも、公式戦ならではの緊張感も生まれていた。
第3戦には優勝した中上太斗や、肩の故障から復活を遂げた島谷尚季などリード種目で実績ある選手が出場していたなか、過去にリード・ジャパンカップと日本選手権で優勝経験のある樋口純裕も出場。第2戦で優勝して100ポイントを獲得し、第3戦で4位の55ポイントを積み上げた樋口は、ジャパンツアー出場の目的と今後の課題を次のように感じているという。
「ぼくは岩手で優勝しているので、たぶん第3戦に出ないでもLJCの参加資格はクリアできたと思うんです。だけど、強い選手たちと競い合うことが大切だと感じているので出場しました。ジャパンツアーの意義深いところは、強い選手たちと高いレベルで競争できることだと思います。今後はBJC出場資格を取るために、ボルダリングのジャパンツアーに出ますが、大会が増えると純粋に技量を高めるトレーニングの時間が減ってしまう。そのバランスをどう取るのか。そこをしっかり考えていきたいですね」
次代を担う人材育成の場としての意義
こうした取り組みは選手の競技力向上のみならず、「大会運営や審判員のクオリティーの向上にもつながる」と、JMSCA主催の数多くの国内・国際大会で統括責任者をつとめる羽鎌田直人さんは説明する。
「これまでは審判やルートセッターの資格を取得しても、生かせる場が限られていました。ジャパンツアーが始まったことで、各地で多くの人が現場の経験を積めるようになりました。また、大会運営マネージメントの面でも、ジャパンツアーで新たに多くの人が実地経験を積めています。今後の大会運営を担う人材を育てる観点でも意義は大きいです。もちろん、いろんな面で改善点もすでに見つかっていますが、それらはジャパンツアーを始めなければ見えてこなかったこと。来年以降の課題として取り組んでいきたいと考えています」
スポーツクライミングは、5年後の2024年パリ五輪でも開催都市追加種目として実施されることがIOCで暫定承認されている。現時点では『ボルダリング+リード』、『スピード』の2種目実施に向かっているが、正式決定は2020年12月。オリンピックを契機にしたスポーツクライミングの転換期にあって、国内協会はさまざまな選手が活躍できるよう新たなチャレンジを続けている。
- 楢崎の楢は旧字体、崎は「大」の部分が「立」が正しい。