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【ヴェイパーフライ4%は何が4%だったの?】そのシューズは世界記録や日本記録にどのくらい影響したのか

たくや/ランナー医師、ランナー、ランニングコーチ

2017年にナイキ社から厚底カーボンシューズが発売されて以降、長距離選手のほとんどが使用するようになりました。その厚底カーボンシューズで最初に発売されたナイキズームヴェイパーフライ4%は、ナイキ社などが18人のエリートランナーの5分走を調べた研究の結果、従来の非カーボンシューズと比べてランニングエコノミーが4%向上することが分かりました。ランニングエコノミーとは、少ないエネルギーで効率よく走る”燃費のよさ”のことで、これが向上すると楽にスピードを出すことができます。

発売当初の研究で、ヴェイパーフライ4%はランニングエコノミーが4%向上するシューズだった。そしてタイムは3.4%更新することが期待された。

そして過去の研究から算出すると、世界記録のペースでフルマラソンを走行した場合、ランニングエコノミーが4%向上するとタイムは3.4%短縮することが予想されました。当時の世界記録が、ケニアのキメット選手が2014年のベルリンマラソンを、非カーボンシューズで走った2時間2分57秒でした。3.4%タイムが速くなれば、4分11秒速くなって1時間58分46秒と2時間を切れるわけです。また従来シューズでの日本記録は、2002年の福岡国際マラソンで高岡寿成選手が記録した2時間6分16秒でしたから、3.4%タイムが向上することで2時間1分58秒まで記録が伸びることが期待されるわけです。

ですが期待に反して、現実はそこまでのタイムの短縮は実現されませんでした。では実際にこのヴェイパーフライを使用したことで、どのくらいタイムが短縮したのでしょうか。

エリートランナーの研究では3.4%ではなく2%前後

まず1つ目は2020年のアメリカの研究で、2015年から2016年にかけて従来シューズでエリートクラスでフルマラソンを走破したランナー(男性は2時間24分未満で308名、女性は2時間45分未満で270名)を対象として、その後2019年までカーボンシューズのヴェイパーフライで走った際にどの程度タイムが伸びているかを調べています。
その結果、平均すると男性は約2.1%、女性は1.4%程度向上したようです。先ほどの述べた世界記録でみると、2時間2分57秒が2時間0分22秒。日本記録でみると、2時間6分16秒が2時間3分37秒となります。世界記録はだいぶ近くなりましたが、まだまだ現実とのギャップを感じます。

この文献は未査読のようで信頼性が低いのですが、ほかにも2021年のアメリカの文献で、2010年代のワールドマラソンメジャーの大会の男女上位50人を調べた研究でも、男性は2.0%で2.8分、女性は2.6%で4.6分速くなったとのことです。信憑性のないデータではないと思われます。

ワールドクラスのランナーは3.4%ではなく1.0%

そして2つ目の文献は、昨年11月に公開された英国のラフバラー大学のものです。2012年から2021年にかけてワールドクラスのランナーを対象に、従来型シューズを着用した672名と、カーボンシューズを着用した299名で分析しています。結果、個人差やレースによる差はあるものの、平均するとパフォーマンスは1.0%向上し、フルマラソンのタイムは79 秒短縮したようです。

1.0%の向上で計算すると世界記録は2時間1分43秒に、日本記録は2時間5分になるわけです。2021年以降もシューズがさらに進化して、さらに記録が伸びています。その結果世界記録は2時間0分35秒で1.9%、日本マラソンは2時間4分56秒で1.1%速くなりました。ですが最初のカーボンシューズであるヴェイパーフライ4%の効果で考えると、世界記録や日本記録のランナーへの影響は、こちらの方が近いのではないでしょうか。

さいごに

カーボンシューズは市民ランナーの場合、一般的に速いランナーの方が効果があると言われてます。自分の周囲でも、サブスリーランナーは厚底カーボンシューズを使用することで、3-5分程度タイムを短縮したランナーを多くみかけます。ですが、エリートランナーやワールドクラスのランナーは違うようです。

従来シューズのマラソンタイムとヴェイパーフライのマラソンタイムの平均の比較:J Guinness et al.2020より
従来シューズのマラソンタイムとヴェイパーフライのマラソンタイムの平均の比較:J Guinness et al.2020より

上のグラフはエリートランナーを調査した1つ目の文献内のものです。エリートランナー、さらにはワールドクラスのランナーと競技力が高くなると、受ける恩恵は小さくなり、ワールドクラスともなると1%で1分20秒程度となってしまうようです。おそらく世界記録や日本記録への影響も同程度です。競技力の高い市民ランナーのように、何分も速くなるという訳にはいかないようです。

医師、ランナー、ランニングコーチ

41歳まで某大学病院の消化器肝臓内科で勤務、現在は都内の一般病院で内科医をしています。また、中学でランニングを始めて走歴は約40年、その経験を活かしてランニングステーションでコーチもしています。総合内科専門医・消化器病専門医・肝臓専門医・抗加齢医学会専門医、JMJA公認ランニングドクター他、資格は多数。フルマラソンの完走は67回でベストタイムは2時間50分31秒(2019湘南)。ランナーからよく聞かれることやランナーに伝えたい事を、科学的なエビデンスと経験をもとに記事を書いています。

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