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分野横断のセレンディピティ:化学と物理学が出会って太陽電池の新技術「ペロブスカイト」が生まれた

石田雅彦科学ジャーナリスト
(提供:イメージマート)

 セレンディピティ(Serendipity)とは、幸運な偶然が重なって予想外の発見が生まれるようなことをいう。科学技術などの研究開発では、異分野の偶然な出会い、つまりセレンディピティから画期的な発見や発明が誕生することも多い。今回は、日本発の太陽電池の新技術であるペロブスカイトの事例について、開発研究者の宮坂力氏に話をうかがって紹介する。

ペロブスカイト太陽電池とは

 現在、実用化されている太陽電池は、有機のものもあるが主にシリコンを使う無機太陽電池だ。一方、有機無機のハイブリッド構造のペロブスカイトという素材による太陽電池(Perovskite Solar Cell、PSC)も開発されている。

 ペロブスカイトによる太陽電池は、簡易な装置で材料を塗布したり印刷技術を応用することで低コストな大量生産が可能で、光を電力に変換するエネルギー効率が高く、太陽光が少ない場合や屋内などでの発電もでき、さらに薄く軽量で柔軟というシリコン太陽電池にはない特徴がある。

 このペロブスカイトの結晶が酸化チタンの可視光増感剤として機能することを世界で初めて発見し、研究室の同僚や学生らと太陽電池への道筋をつけたのは日本の研究者、宮坂力氏(桐蔭横浜大学医用工学部臨床工学科特任教授)だ。

 日本発の技術だが、現在では中国を初め世界中の研究者や研究機関、企業がこぞって変換効率向上競争に参加する最先端の技術分野となっている。ペロブスカイト太陽電池の最高効率は25.7%に達しており、また最新(2023年1月)の研究成果では温度変化のある条件下で18mm角のデバイスが24.6%の変換効率(1cm角で23.1%、シリコン太陽電池に匹敵)を達成している(※1)。

ペロブスカイト太陽電池は、柔軟性に富むのも特徴の一つだ。ウェアラブル・デバイスの電源としての可能性も高い。写真提供:桐蔭横浜大学 宮坂研究室
ペロブスカイト太陽電池は、柔軟性に富むのも特徴の一つだ。ウェアラブル・デバイスの電源としての可能性も高い。写真提供:桐蔭横浜大学 宮坂研究室

他大学の学生の研究テーマだったペロブスカイト太陽電池

 ペロブスカイトを太陽電池として使うという発見には、宮坂氏の専門である化学、そして物理の知見が必要だったという。化学と物理の出会いとはどのようなものか、同氏に話をうかがった。

──ペロブスカイトというのは、どんな材料なのでしょうか。

宮坂「ペロブスカイト型という結晶構造を持つ物質のことで、金属酸化物のペロブスカイトでは電場をかけるとプラスとマイナスに分極するという特性があったことから蓄電材料などに実用化されていました。たとえば、チタン酸バリウムなどがその例でインクジェットプリンターのヘッドやセラミック積層コンデンサ、潜水艦のソナー、メモリ、蓄電材料などに使われています。しかし、太陽電池に使うペロブスカイトは、酸素に代えてハロゲンが入った有機と無機のハイブリッド構造になっています。このハロゲンが入ったペロブスカイト結晶は自然界にはなく、人為的に合成して作ります」

──ペロブスカイトを太陽電池に使う技術は、これまでなかったということでしょうか。

宮坂「そうです。ペロブスカイトを発電に使うという研究開発は、私たちが取り組むまで少なくとも学会で報告するような事例はなかったと思います。私自身もハロゲン化ペロブスカイトに対しては、その特徴としてLEDのように光る性質がある、というくらいしか知りませんでした」

──先生方のペロブスカイトに関するご研究の最初のきっかけはなんだったんですか。

宮坂「他の大学から私の研究室に入ってきた小島陽広(こじま・あきひろ)くんという大学院の学生が、ペロブスカイトが光で発電できるかどうかを調べる研究をしたいと言ってきたんです。2005年のことでしたが、私には、光に対してなんらかの反応をする物質は光を電気に変える特性をもっているかもしれない、という考えがありましたから、その時は、それならうちの実験室でやってみたら、と軽い気持ちで了解しました」

──小島さんの発想は、どのようなものがヒントになっていたのでしょう。

宮坂「小島くんの他大学の指導教員は私の知人ですが、化学で作る色素増感太陽電池に興味をもっていたこともあって、彼は大学院へ進んでからペロブスカイトの特性などをいろいろ調べているうちに、色素増感太陽電池に使う色素をペロブスカイトに置き換えてみることに興味を持ったのです。実験を始めて数ヶ月後、小島くんが『先生、ペロブスカイトに光を当てたら電流が流れました』と言ってきました。あのときはとてもうれしかったです」

ペロブスカイト太陽電池は泥臭い化学の領域

──最初にペロブスカイト太陽電池から電流が流れてからは、すぐに注目されるようになったのでしょうか。

宮坂「小島くんには2006年から正式に私の研究室に入ってもらい、その後、ペロブスカイト太陽電池の原型のようなものを国際学会で発表したのが2008年です。しかし、この成果では変換効率が低く不安定で、ペロブスカイトというあまり知られていない材料を使うということもあって注目されませんでした。ところが、ペロブスカイト太陽電池で変換効率が10%を超え、その成果を米国の科学雑誌『Science』に論文発表(※2)した2012年から、急に世界の研究者が注目するようになりました」

──宮坂先生は化学の研究者ですが、太陽電池は電子工学や物理学の分野ではないのでしょうか。

宮坂「ペロブスカイト結晶の薄膜材料を作る工程は、晶析という泥臭い化学の領域です。泥臭いという意味は、例えば料理で『さしすせそ』といって砂糖の次に醤油というようなレシピが化学にもあり、これはおそらく物理学の研究者にはよく理解できない考え方だと思います。また、光の研究で光合成のように光で水を分解することは化学の領域ですが、半導体という固体材料に光を当てて発電させることは完全に物理学の領域です。物理学の研究者は半導体の結晶のバンドギャップや欠陥などを細かく調べたりしますが、これはもう化学の研究者には手の負えない領域になります」

──ペロブスカイトの薄膜材料を作るのは「泥臭い」化学の領域というのは、どういう意味なのでしょうか。

宮坂「同じ製法で作れば、誰もが同じような質の結晶薄膜を作ることができるとは限りません。我々はよく『ゴールデンハンド』と呼んでいますが、研究者の職人的な技術(腕)が重要になります。そうした達人は、実験環境をしっかり制御し、実験の都度、結晶薄膜を作るためのレシピをノートに書いて緻密に記録しているものです。こうした現場のレシピの蓄積があってこそ、質の高い結晶薄膜を作ることができるのです」

化学と物理学をつなぐペロブスカイト太陽電池

──ペロブスカイト太陽電池は、化学と物理をつなぐ技術ということでしょうか。

宮坂「その通りです。一般に化学と物理学の研究者が分野を超えた交流をするのは難しい部分があります。しかし、ペロブスカイト太陽電池は、化学で作り、物理学で調べる研究対象ですから、若い研究者や学生を国際学会などへ連れて行き、化学と物理学が一堂に会してペロブスカイト太陽電池をテーマに意見交換するというのはとても有意義な交流だと思っています。こうした分野横断研究では、例えば材料工学という化学でもあり物理学でもあるような領域があって、分野間の敷居は今後どんどんなくなっていくでしょう」

──ペロブスカイト太陽電池の研究開発競争はますます激しくなっていますが、日本発の技術ということもあり、国際競争に勝ち抜いていくことが期待されています。

宮坂「この分野で、中国には日本の30倍くらいの研究者がいます。これからの日本は、コストは少し高くてもいかに質の高いものを作っていくことが重要でしょう。この質の高さはほんのわずかでもいいんです。わずかの差は、特許には書けないノウハウから生まれます。固体材料の物理学の分野では、理論的に分析すると製法などが明らかになってしまうことも多いと思います。しかし、化学の分野は、作った自分でもどうやって作っているのか説明できないという泥臭いノウハウが生きています。そうした意味で、日本はペロブスカイト太陽電池の化学のノウハウで勝ち抜いていけるかもしれません」

 ペロブスカイト太陽電池は、このように化学と物理学の知見が出会わなければ生まれなかった。化学の研究者、宮坂氏もよもや自分が太陽電池の研究開発で世界のトップランナーになるとは予想できなかっただろう。

 ペロブスカイト太陽電池は、プラスチックフィルムのような薄い材料に塗工することで、軽量でフレキシブルな太陽電池を実現できる。住宅の壁面や車の屋根など、従来のシリコン太陽電池が設置できない場所で特性を発揮できる太陽電池だ。

 雨天や曇天、屋内など光量が少なくても発電でき、印刷技術を応用した大量生産が可能なため、宮坂氏は太陽電池の電力コストを、将来的に石炭火力発電と同等のコストにまで下げられるという。また、横浜市などと連携協力し、公共空間でのペロブスカイト太陽電池の実証実験も始められている。

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宮坂力(みやさか・つとむ)

桐蔭横浜大学医用工学部臨床工学科特任教授。工学博士。早稲田大学理工学部応用化学科卒業、東京大学大学院工学系研究科合成化学専攻博士課程修了。カナダ・ケベック大学トアリビエール校生物物理学科(1979~1980)、東京大学大学院総合文化研究科客員教授(2005〜2010)、富士写真フイルム(株)主任研究員(〜2001年)、桐蔭横浜大学大学院工学研究科教授を経て2017年から現職。2004年に大学発ベンチャー、ペクセル・テクノロジーズ(株)設立、現在代表取締役。2019年より東京大学先端科学技術研究センター・フェロー。専門分野および研究分野は、光電気化学、環境エネルギー科学、色素増感太陽電池ならびにペロブスカイト光電変換に関する研究など。主な受賞に、クラリベイト・アナリティクス引用栄誉賞、日本化学会賞、市村学術賞功績賞、山崎貞一賞、英国RANK賞などがある。最近、ペロブスカイト太陽電池の研究開発に関する自伝『大発見の舞台裏で! ペロブスカイト太陽電池誕生秘話』(さくら舎)を出版した。

※1:Guixiang Li, et al., "Highly efficient p-i-n perovskite solar cells that endure temperature variations" Science, Vol.379, Issue6630, 399-403, 26, January, 2023

※2:Michael M. Lee, et al.,“Efficient Hybrid Solar Cells Based on Meso-Superstructured Organometal Halide Perovskites” Science, Vol.338, pp643-647, 2012

科学ジャーナリスト

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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