どん底で結婚したジョブズ 〜スティーブ・ジョブズの成長物語 ピクサー篇(12)
Appleから連れてきた社員たちはジョブズに愛想を尽かし、みなネクスト社を辞めてしまう。私生活でも恋人を激怒させ、同棲が破綻。彼は遂に孤独になった。どん底に来た彼のとった決断とは───。
音楽産業、エンタメ産業そして人類の生活を変えたスティーブ・ジョブズ、没後十周年を記念した毎日連載、二十二日目。
■ジョブズの結婚
それから二年。一九九一年という年をジョブズは最悪の形で迎えていた。
ネクスト社は空中分解の危機に瀕していた。Appleから付いてきてくれた中心メンバーが全員、愛想をつかして退職していったのだ。
なかんずく右腕だったCTOのバド・トリブル(※後にジョブズとAppleに復帰し、副社長に)とCFOのスーザン・バーンズが職場結婚した途端に会社を去っていったのは、ジョブズをひどく傷つけた。
ネクスト社は大富豪ロス・ペローや日本のキヤノンからの資金援助でなんとかやっていたところがあった。どれも辞めていったスーザンの尽力による。
だがネクスト社と違い、他の投資家に見向きもされなかったピクサー社の負債は、もはやジョブズの金銭的余裕を遥かに超えるところまで来ていた。彼はキャットムル社長が出張している隙に、ピクサー社を処分しようと決意。社員の三分の一をさらに解雇し、売却先を探しだした。
私生活でも、ロリーンとの関係が拗れていた。ある日、ふたりはレストランで大喧嘩をしてしまう。彼女は席を立ち、帰ってしまった。
翌朝、チャイムが鳴りロリーンがドアを開けると、ずぶ濡れになって、手作りの花束を抱えたジョブズが立っていた。彼は謝罪のため雨の中、腕いっぱいに野の花を摘んできたのだ。そして結婚を申し込んだ。
だが、いざ彼女が妊娠するとジョブズは以前付き合っていたティナとやはり結婚すべきか迷いだした[1]。激怒したロリーンは彼の家から飛び出し、帰ってこなかった。
「スティーブは、すべてのことに悲観しているように見えました」
リストラの結果ピクサーにただ一人残っていた経理担当は、当時のジョブズをそう振り返る。そう、すべてが敗北に向かうかに見えた。
この年、ジョブズをAppleから追放したスカリーがSonyに設計・製造を依頼したPowerBook 100が世に出る。当時、Sonyの社長だった『CDの父』大賀社長は、このプロジェクトのためにどの部署のどんな人材も集めていいと指示していた。
大賀の読み通りSonyが製造したPowerBook 100は今日のノートパソコンの形を決めた画期的な製品となった。Appleの株価はジョブズの退職を機に低迷から抜け、今や十倍になっていた。
金儲けばかりで新しいモノづくりのことなど何も分かってないんだと揶揄したスカリーに、モノづくりの面、金儲けの面、両面でジョブズは惨敗しつつあった。
結局、ジョブズは肩の力を抜いた[1]。
ロリーンと結婚したのである。式はヨセミテ公園で、敬愛する禅僧、知野弘文《こうぶん》老師のもと仏教式でとり行われた。娘のリサも式に来て、嬉しそうにしていた。親しい家族だけが見守る中、老師の打つ銅鑼がセコイヤ杉の茂る山に鳴り響いた。
どん底が終わろうとしていた。(続く)
■本稿は「音楽が未来を連れてくる」(DU BOOKS刊)の続編原稿をYahoo!ニュース 個人用に編集した記事となります。
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[1] アラン・デウッチマン著 大谷和利訳『スティーブ・ジョブズの再臨』(2001)毎日コミュニケーションズ, p.220