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トルコのシリアへの侵攻によって脅威と負担に直面する米国

青山弘之東京外国語大学 教授
シリア人権監視団、2022年11月22日

トルコが19日に、シリア北部とイラク北部に対する「鉤爪」作戦を開始してから1週間が経った。

13日にイスタンブールで起きた爆破テロ事件が、「分離主義テロリスト」であるクルディスタン労働者党(PKK)、そしてその系譜を汲むシリアの民主統一党(PYD)によるものだとして始められたこの侵攻作戦では、PYDが実効支配するシリア北部(ハサカ県、ラッカ県、アレッポ県)に対して、有人戦闘機、無人航空機(ドローン)による爆撃や砲撃が続けられている。

ロシアがウクライナの「ネオナチ」に対して行ったのと同じように、トルコが地上部隊を派遣し、PYD、その民兵である人民防衛隊(YPG)、YPGを主体とする武装連合体のシリア民主軍、そしてシリア民主軍の制圧地域の自治を担う北・東シリア自治局を掃討するのではとの見方も浮上している。

「敵」の同盟者である米国

「鉤爪」作戦が「第2のウクライナ侵攻」に発展するかは、引き続き事態を注視する必要があるが、トルコのこうした動きは、シリア内政に執拗に干渉を続け、部隊を違法駐留させてきた米国にも脅威と負担を与えかねない。

脅威は、PYD実効支配地域各所に設置されている米軍(有志連合)の基地に、トルコ軍の爆撃が肉薄することで高まっている。

「鉤爪」作戦は、当初は11月20日に開始される予定だった。だが、トルコ日刊紙の『イェニ・シャファク』によると、米国が作戦開始を事前に察知し、PYD側に情報が流れることが懸念されたため、1日繰り上げて爆撃や砲撃が開始されたという。

米国はPYD(YPG、シリア民主軍、北・東シリア自治局)をイスラーム国に対する「テロとの戦い」の協力者とみなし、その軍事的後ろ盾となっている。「分離主義テロリスト」の処遇をめぐって、トルコは米国を「敵」の同盟者とみなしており、こうした姿勢は、「鉤爪」作戦におけるトルコ軍の行動にもこれまで以上に明確に示された。

トルコ軍は22日、ハサカ市北のワズィール休憩所(イスティラーハト・ワズィール)に設置されている米軍とシリア民主軍テロ撲滅部隊(YAT)の合同基地をドローンで爆撃し、YATのメンバー2人を殺害、司令官1人を含む3人を負傷させたのだ。

この攻撃を受けて、米国は当初平静を装った。米国防総省の高官は22日、ロイター通信に対して、シリアに駐留する米軍部隊が「シリアとイラクでのトルコの軍事作戦によって危険に晒されてはない」と述べ、平静を装った。

だが、米国防総省のバート・レイダー報道官(空軍准将)は24日、「トルコの爆撃はシリアで勤務する米国人の安全を直説脅かした」としたうえで、「事態悪化はこの地域におけるイスラーム国との戦闘の進捗に脅威を与える」と懸念を示した。

とどまることを知らないトルコ

こうした発言で自重するトルコではなかった。

トルコ軍は22日、ダイル・ザウル県北部のマクマン村を5回にわたって爆撃した。ダイル・ザウル県は、シリア政府支配地が散在し、ロシア軍の基地も存在するハサカ県、アレッポ県、ラッカ県のPYD実効支配地域とは異なり、米国の影響力が強いとされる。トルコ軍によるダイル・ザウル県への爆撃はこれが初めてで、それはトルコの「やる気」を体現していた。

トルコの「やる気」はロシアにも示された。

トルコ軍は23日、タッル・タムル町(ハサカ県)近郊に設置されているシリア民主軍とロシア軍の合同拠点をドローンで爆撃、シリア民主軍兵士2人を殺害、2人を負傷させた。

トルコは米国(そしてロシア)を威嚇するだけではなかった。トルコ軍は11月23日、フール・キャンプとジャルキーン刑務所(ハサカ県)を爆撃し、混乱が生じるなか、収容・収監されていたイスラーム国のメンバーやその家族(女性ら)多数が脱走したのだ。

米国に反感を募らせるPYD

シリア民主軍は、逃亡したメンバーらを追跡し、その一部を拘束した。だが、同時に、トルコの攻撃を抑止しようとしない米国への対抗策として、シリア民主軍は24日、イスラーム国に対する「テロとの戦い」にかかる合同作戦を中止すると発表したのだ。

治安紊乱の不安が高まるなか、11月26日深夜、シャッダーディー市に設置されている米軍の哨戒基地がロケット弾攻撃を受けた。

誰が攻撃を行ったか、今のところ不明だ。

米軍基地へのロケット弾攻撃は、多くの場合「イランの民兵」によるものであり、今回の攻撃もおそらくこれらの組織によるものだと考えられる。

だが、米国を標的としたいと考えている勢力が他にもいることは、常に念頭に置いておく必要がある。

「イランの民兵」による米軍基地への攻撃は、通常はイスラエルによるシリア領内への越境爆撃やミサイル攻撃への報復措置として行われる。それは、シリアをめぐるイスラエル(そして米国)とイランの勢力争いの一環として繰り返されているが、通常はダイル・ザウル県のウマル油田に設置されている米軍最大の拠点であるグリーン・ヴィレッジ基地が標的となっている。

シャッダーディー市の基地に対する「イランの民兵」によると思われる攻撃はこれが初めてではないが、きわめて異例だ。そして、このことは、トルコの軍事侵攻に伴うPYDの治安維持能力の低下を示すものとして捉えることができる。

とはいえ、こうした攻撃が米国の報復、あるいはPYDへの支援の再活性化を促す性格を有していることを踏まえると、それを利することができるのは、トルコの攻撃に晒されているPYDだと言うこともできる。

東京外国語大学 教授

1968年東京生まれ。東京外国語大学教授。東京外国語大学卒。一橋大学大学院にて博士号取得。シリアの友ネットワーク@Japan(シリとも、旧サダーカ・イニシアチブ https://sites.google.com/view/sadaqainitiative70)代表。シリアのダマスカス・フランス・アラブ研究所共同研究員、JETROアジア経済研究所研究員を経て現職。専門は現代東アラブ地域の政治、思想、歴史。著書に『混迷するシリア』、『シリア情勢』、『膠着するシリア』、『ロシアとシリア』など。ウェブサイト「シリア・アラブの春顛末記」(http://syriaarabspring.info/)を運営。

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