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「呼気」で「肺がん」の早期発見へ。筑波大学などの研究

石田雅彦科学ジャーナリスト
(提供:イメージマート)

 肺がんも早期発見が重要だ。筑波大学などの研究グループは、呼気と機械学習を用い、高い精度で肺がんを検知する方法を開発した。

肺がんも早期発見が重要

 肺がんは、がんの中で最も死者が多いがんだ。2020年には年間7万人以上が肺がんで死亡し、男性のほうが患者数も死者数も多い(※1)。

 がんは診断や治療開始後、再発なしで5年経てば、ほぼ治癒したと考えられる。肺がんの5年生存率は、Ⅰ期(ステージ1)81.9%、Ⅱ期(ステージ2)51.7%、Ⅲ期(ステージ3)29.3%、Ⅳ期(ステージ4)8.6%だ(男女、全年齢、いずれもネット・サバイバル、※2)。

 このように進行すると死亡率が高くなるため、肺がんも早期発見が重要だ。しかし、肺がんには特有の初期症状はないため、症状から肺がんを早期に発見するのは難しいとされている。

 肺がんの診断では、CT(低線量コンピューター断層撮影)スキャンが主に使われてきたが、放射線被ばくのリスク、早期の肺がんで偽陽性(56%から96%)が多いこと、高コストなどの課題があった。そのため、より安全で低コスト、簡単に肺がんスクリーニングのできる方法が求められている。

 筑波大学などの研究グループ(※3)は、嗅覚センサーと機械学習を組み合わせ、肺がん患者の術前と術後の呼気を高精度で識別できる技術を開発し、肺がんの国際学術誌で発表した(※4)。

 呼気には多くの揮発性有機化合物(VOC)が含まれているため、呼気に含まれる化学的多様性を検知できるセンサーが必要だが、ガスクロマトグラフィーなどを使ったガス分析装置では、肺がん患者特有の呼気を正確にスクリーニングする技術はまだ確立されていない。なぜなら、測定条件(温度や湿度など)、年齢、性別、肝臓や腎臓などの代謝機能、喫煙といった患者ごとに多種多様な要因の影響を受けるからだ。

呼気と機械学習で高精度に分析が

 同研究グループは、患者の呼気を分析するために膜型表面応力センサー(超高感度、モジュール化で小型、多様な化学組成を検知できる嗅覚センサー、物質・材料研究機構が開発)を使い、2018年11月から2019年11月までに筑波大学附属病院で肺がん手術を受けた66人の患者のうち、57人の手術前後の呼気を分析した。

 その際、多様な要因の影響を排除するため、一定の温度と湿度のもとで、これまで同研究グループが確立した再現性の高い呼気サンプル収集法を用い、同じ患者の手術前後の呼気を採取するなどとした。

 この膜型表面応力センサーは、電気抵抗を検知する膜を備え、膜に吸着した揮発性有機化合物のガス分子を分析する一種の人工嗅覚システムだ。これまで体臭の揮発性有機化合物の識別や揮発大気中のアルコールの定量検知、頭頸部がん患者と健康な人の区別などでの実績があるという。

 こうして得られた患者の呼気の成分に対し、膜型表面応力センサーを12チャンネル用意し、応答シグナルによる全チャンネルの組み合わせ(4083通り)を機械学習によって検証し、肺がんの有無を予測するモデルを構築した。

 その結果、80%を超える精度(正解率80.9%、感度83.0%、特異度80.7%、陽性適合率80.6%、陰性適合率81.2%)で肺がんの有無が予測可能であることを実証した。

同研究グループは、肺がん患者の手術前後の呼気を分析し、機械学習で肺がん予測モデルを構築した。筑波大学のリリースより
同研究グループは、肺がん患者の手術前後の呼気を分析し、機械学習で肺がん予測モデルを構築した。筑波大学のリリースより

 同研究グループは、今回の成果は患者の身体的負担が少なく、低コストで簡単な方法であり、呼気の分析による肺がんの早期発見の新しいスクリーニング技術となる可能性があるとしている。

 肺がんは、早期に発見されても悪性度が高い場合、生存率が低くなることがある(※5)。そのためにも早期に発見し、肺がんの悪性度を判別し、治療戦略に生かすことも必要だろう。

 今回の技術は、まだ単一の医療機関での実験段階であり、サンプル数も多くないため、多機関で多様な患者などでのさらなる検証が必要とし、同研究グループは今後、他のガスクロマトグラフィー機器を使ったり、肺がん以外のがんについての実験などを行っていき、一人でも多くの患者を救う技術を確立したいとしている。

※1:公益財団法人がん研究振興財団、「がんの統計」、2022
※2:日本全国のがん診療連携拠点病院などから収集した「院内がん登録生存率集計結果閲覧システム」より。ネット・サバイバルは、がんのみによる死亡を仮定して計算する方法。
※3:佐伯祐典(筑波大学附属病院呼吸器外科)、巻直樹、北澤伸祐、佐藤幸夫(筑波大学医学医療系)、根元尚大、南皓輔、今村岳、吉川元起(国立研究開発法人物質・材料研究機構、高分子・バイオ材料研究センター)、田村亮(国立研究開発法人物質・材料研究機構、マテリアル基盤研究センター)、稲田勝重、礒田愉紀子、小島寛(茨城県立中央病院)
※4:Yusuke Saeki, et al., "Lung cancer detection in perioperative patients' exhaled breath with nanomechanical sensor array" Lung Cancer, Vol.190, 107514, April, 2024
※5:吉岡拓弥、内山良一、「Random Survival Forestを用いた肺がん患者の予後予測」、医用画像情報学会雑誌、第36巻、第2号、2019

科学ジャーナリスト

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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