「平屋」「一人暮らし」「高齢者」が溺死。全員が治水に取り組む時代に「球磨川水害」から学ぶこと
あなたも治水の当事者になった
今年は日本の治水政策が大きく変わり、誰もが治水の当事者になった。
4月28日、「流域治水関連法」が国会で成立。
これまで治水は、主に河川管理者が「河川区域」において、堤防やダムなどを計画・整備し実施してきた。
しかし改正後は、これに加え、流域に関わるあらゆる関係者が協働し、山間部など上流部の「集水域」から、平野部で洪水に見舞われることの多い「氾濫域」まで、流域全体を視野に入れて治水に取り組むことになった。
改正のポイントをまとめると以下になる。
背景には、豪雨災害、土砂災害が激甚化・頻発化していること、気候変動の影響で降雨量や洪水発生頻度が増加すると見込まれていることがある。
忘れやすい災害の記憶
私たちは昔から数多くの災害に見舞われ、自然の脅威を体験してきた。来たるべき災害に対応するには、過去の教訓から学ぶことは必要不可欠だろう。
しかし、時間が経ち、日常生活が戻ると、被災の記憶は薄れがちになる。寺田寅彦は「天災は忘れた頃にやってくる」と言ったが、忘れるスピードは早くなっていると感じる。
そもそも被災地から遠く離れて暮らす場合、災害の記憶を共有することも難しい。さらに最近は災害が立て続けに起こるため、災害の記憶が上書きされてしまうような感覚もある。
だからこそ記録が重要だ。『流域治水がひらく川と人との関係 2020年球磨川水害の経験に学ぶ』(嘉田由紀子編著/農文協)は球磨川水害で何が起き、どのような課題が残っているかを複数の研究者、被災者が克明に記している。
2020年7月4日、九州で球磨川水害が発生。「人的被害では、熊本県全体では65名が亡くなり、2名が行方不明である(2021年7月4日段階)。そのうち球磨川流域での水死と推測される死者は50名」(同書より)だった。
この50名について、溺死場所、当事者の認知能力、移動能力、建物の耐水性、家族背景、地域コミュニティ、避難体制の在り方について調査を行ったところ、「避難するかどうかの判断力」「住宅事情(平屋・2階屋)」「当人のリスク認知力と移動力」「家族・近隣の社会関係」などが深く関係していることがわかったという。
具体的には、「平屋で一人暮らしの高齢者の脆弱性が高い」とし、浸水しやすい1階建て住宅の高齢者・障害者、2階建てでも2階に逃げられない高齢者・障害者、近隣から孤立して避難行動にでにくい高齢者などに特別な配慮が必要とうったえている。
各地で流域治水の計画がはじまっているが、現在のところ、従来の河川区域での対策が中心である。今後は集水域、氾濫域でのハード対策、ソフト対策が急務になっている。
編著者の嘉田氏は、上記のハード、ソフトに加えて、「ハート(そなえる)が大切」と言う。これは避難判断、建物構造、移動能力、近隣社会関係などが含まれ、人命を守る行動につながる。
「一人暮らしで、隣近所からの声かけもなく溺死した人が数名いました。また声かけをしてもらっても反応しなかった人が2名いました。普段からの近隣とのつながりが大切と改めてわかりました」(嘉田氏)
日本には一級河川で109の流域がある。それぞれ地形、地質、周囲の森林環境など特徴は異なるが、本書に詳述されている「球磨川水害」の経験に学ぶことは多い。とりわけハートの部分は、来年の雨の時期までに対策すべきことだろう。