フォロワー30万人のトラック運転手による飲酒投稿~「アルコール検査引っかかってない」の危険性<前編>
※本稿には、飲酒に関する記述・表現が含まれます。
先日、フジテレビが運営する動画配信サービス「FOD」で、あるひとりの女性トラックドライバーをモデルとしたドラマ「トラックガール」が制作・配信されるという発表があった。
「22歳の女性トラック運転手の日常と、 少し変わったTシャツを着てビールを豪快に飲む姿がSNSで話題!! あの“トラックめいめい”が、ついにドラマ化! 主人公は遠藤さくら(乃木坂46)!」(フジテレビ)
https://www.fujitv.co.jp/fujitv/news/20230538.html
そのドラマのモデルというのは、昨年からSNSで人気が急上昇している女性現役トラックドライバーの「トラックめいめい」氏(以下、「めいめい氏」)だ。
ポジティブな発言や明るいキャラクターで仕事に向き合うめいめい氏は、フォロワーがTwitterに約30万人、Instagramに8万人以上いる、社会的影響のある「インフルエンサー」で、運送業界のなかでも最もフォロワー数をかかえるひとりだ。
同ドラマ化の発表があった際、彼女のファンの間では驚きや喜びの声が相次いだ。
しかしその一方、業界関係者やSNSユーザーからは、「本気なのか」「これが業界の常識と思われたら」という疑問の声も。
その大きな理由は、めいめい氏の「飲酒に関する投稿」にある。
同氏は、ほぼ毎日のように平日朝はトラックと、そして夜や休日の朝・昼などには酒を豪快に飲んでいる姿をSNS上に交互に掲載している。
酒缶や大きなジョッキを高らかに掲げ、喉元を見せるような画角と、眉間にしわを寄せた姿。
それをすべて飲んでいるかはTwitterの画像からはうかがい知ることはできないが、その投稿には多くの種類の酒が並んでいることもある。
こうしためいめい氏の“映(ば)える”飲酒表現のなかには、毎度2万前後もの「いいね」が付き、
「女の子なのによく飲むね」
「めいめいさんの飲みっぷり見てると元気が出ます」
など、めいめい氏の飲酒に関する言動を称賛する声が数多く並ぶが、「現役トラックドライバー」による飲酒行為に対し、一部の同業者やSNSユーザーからはドラマ化が決まる前から
「毎日酒飲むとかプロドライバーとしては失格」
「このままではアルコール依存症になる」
という疑問や懸念の声も多くあった。
トラックドライバーの労働環境や交通安全、彼らの社会的地位の在り方を長く取材してきた身としても、若いトラックドライバーによる元気な発信は非常に喜ばしく、応援したい気持ちになる一方、めいめい氏の飲酒に関する投稿は、業界にとっても、そしてなによりめいめい氏自身にとってもいい結果にはならないと強く感じている。
ついては、各メディアやめいめい氏本人含めた取材・調査内容をもとに、その真意を
①「酒とトラック」
②「SNSによる飲酒表現発信の影響」
③「メディアの在り方」
の複数編に分けて綴っていきたい。
トラックと最も距離をおくべきが「酒」
めいめい氏は、SNSで確認できる限り「現役のトラックドライバー」だ。
この「トラックドライバー」という職業には、積極的に距離をおく必要があるものがある。
他でもない、「酒」だ。
無論、他の職業ドライバー、ひいては一般ドライバーにおいても、それは同じである。
「直接的な運転行為」でないにもかかわらず、「飲酒」と「酒気帯び」が道路交通法上に“明確な違反項目”として定められている事実に鑑みても、すべてのドライバーが「酒」との距離を考える必要があることが分かる。
そのなかでも職業ドライバーには、業務上「飲酒に関する厳しい規定」が設けられている。業務としてハンドルを握ることに、より高い「安全運転の保証」や「社会的責任」が伴うからだ。
しかし、そんな職業ドライバーのなかでも特に「トラックドライバー」は、「酒」を“最も遠い存在”として積極的に位置付けておく必要がある。
もともと近い「トラックと酒」の距離
トラックドライバーが「酒」と積極的に距離を置く必要がある理由。
それは皮肉なことに、トラックドライバーの労働環境には「酒」を呼び寄せる要因が非常に多いからだ。
つまり、意識して酒を遠ざけなければ、その距離が近くなってしまう環境が現場にはあるのである。
第一に、「メンタル面」で酒に近くなりやすい。
トラックドライバーの現場には、業界に蔓延る現場軽視によって強い心的ストレスが生じる劣悪な労働環境が少なくない。また、「時間」に追われながら「交通事故を起こさぬように」というプレッシャーに常に晒されている。
車内という閉鎖された空間でドライバーは常にひとり。
こうしたストレスやプレッシャーを仲間と共有しにくい「孤独」な労働環境がそこにはあるのだが、この「孤独」もまたアルコールとの関係が深く、これまでにも多くの研究がなされている。
工藤力・西川正之(1983)「孤独感に関する研究(1)」
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjesp1971/22/2/22_2_99/_pdf/-char/en
など
そして「身体面」でもトラックドライバーは酒と近くなりやすい。
手荷役(手による荷物の積み降ろし)など、体を使う労働で汗をかくことが多いトラックドライバーにとっては、汗をかかない職種の労働者以上に酒は必然的に「美味くなって」しまう。
特にこれからの夏、炎天下での労働後に飲むビールなどはその傾向が顕著だ。
また、長距離トラックドライバーのなかには、キャビン(運転席のある空間)のなかに冷蔵庫を設置しているドライバーが少なくない。
仕事場と生活環境の空間的線引きが難しく、運転席から手を伸ばせば届く距離にキンキンに冷えたビールを置けてしまうのだ。
つまり、「物理的」にさえもドライバーは酒との距離が近くなり得るのである。
不規則な労働環境と「アルコール依存症」
このような、「酒との距離」が近くなってしまう環境に常に身を置いていると、懸念されるのが「アルコール依存症」だ。
「アルコール依存症」とは、アルコールを習慣的に摂取することで、年齢・性別・社会的立場、意志の強さや性格などに関係なく陥る精神疾患のひとつだ。その依存性は(薬物)と同類と考えられている。
飲み始め→精神依存に移行する初期→病的行動が始まる依存症中期→人生が破綻し始める依存症後期へと、徐々に進行していく。
長年アルコール関連の問題と向き合う特定非営利活動法人ASK代表、今成知美氏は、こう指摘する。
「皮肉なことにアルコール依存症に陥る人たちの中には、職業ドライバー、警察官、消防士、パイロットなど、普段からアルコール摂取に何らかの制限があり、現場で多くのプレッシャーやストレスを抱える人たちがいる」(今成氏)
前出の「トラックドライバーと酒が近くなる『労働環境の3要素』」の他にもう1つ、彼らがアルコール依存症に陥りやすくなる要因がある。
「不規則な労働時間」だ。
「トラックのドライバーは、シフト制で走ることが多いため、労働時間は変則的になり、夜に走ったり、道路状況によって残業になったりします。結果、睡眠時間も不規則で短くなりがちになってしまう。酒は、この睡眠と深い関係があるんです」(今成氏)
以前、SNSで長距離トラックドライバーに「繁忙期の睡眠時間」を聞いたところ、最も多かったのが「3~5時間」(Twitterにて:回答期間5日間)。
職業ドライバーのルール「改善基準告示」には、ドライバーはその日の終業から翌日の始業までに、連続最低8時間以上の休み(休息期間)を取らねばならないという規則がある。
が、この8時間の休息期間は、「8時間寝られる」わけではなく、その間にシャワーを浴びたり食事を取ったりする時間も含まれるため、トラックドライバーは慢性的に睡眠不足に陥っている人が非常に多い。
そんななか、翌日の仕事のためにドライバーもできるだけ長く眠ろうとするのだが、人間「早く眠らなければ」と焦るほど、眠れなくなるもの。
こうして 起きてしまうのが「寝酒」だ。
つまり、「酒の力」を借りて眠りにつこうとする行為である。
この寝酒が習慣化したトラックドライバーによって、過去には悲惨な事故が起きている。
井上保孝さん郁美さん夫妻は、1999年11月、東名高速道路で酒酔いの大型トラックドライバーが起こした事故によって長女の奏子(かなこ)さん(当時3歳)と、次女の周子(ちかこ)さん(当時1歳)を亡くした。
※事故時の映像が流れます。
悲劇から21年…飲酒事故で2人の娘失った夫妻の闘い(テレビ朝日)
https://news.tv-asahi.co.jp/news_society/articles/000199538.html
「私達の娘が犠牲になった事故の加害者のアルコール依存症も、やはり寝酒から始まっています。シフト制で働いている人には共通の根っこがあって、不規則な勤務だからと早く効率よく寝ようとして飲酒する習慣ができてしまう」(井上氏)
寝酒をすると、「早く」は眠れても「深く」は眠れない。途中で目が覚め、さらにまた酒を飲み眠りにつこうとする。
こうしているうちに酒量が増えたり、強い度数の酒にシフトしたりして、知らぬうちに「アルコール依存症」に陥るケースが非常に多いのだ。
女性はアルコール依存症になるのが早い
現役のトラックドライバーである「トラックめいめい」氏が毎日のように飲酒している姿を投稿しているのに対し、「こんなに酒を飲んで大丈夫なのか」という声がSNSで上がると、めいめい氏本人や、一部のファンや支持者たちからは、毎度同じ言葉が聞かれる。
「アルコールチェックに引っかかったことがない」
「アルコールチェックに引っかからないように飲むのがプロドライバー」
職業ドライバーには、出勤時や仕事はじめに必ず専用の機器を使用した「アルコールチェック」がある。
一般車の場合、酒気帯び運転になる基準は「0.15mg/L」以上だが、トラックドライバーの場合はより厳しく、各現場では「0.00mg/L」という基準を定めているところがほとんどだ。
先述通り、Twitterの投稿だけでは、本人が実際どのくらい飲んでいるのかは分からない。
画像の酒をすべて飲んでいない可能性も、逆に画像の酒以上に飲んでいる可能性もある。
が、めいめい氏がよく発言している「肝臓に恵まれた」に鑑みると、飲んでいる量は少なくないことを想像してしまうか、ないしはそう想像できてしまう。
また、この「肝臓に恵まれた」という発言に対して、井上さんは「間違った解釈だ」と指摘する。
「自分は肝臓が強いから大丈夫、酒に強い、二日酔いもしないと思うのは全く間違っている。チェッカーに引っかかってしまったらもう遅い。それまでにやらなければならないことはたくさんある」(井上氏)
アルコール摂取量の基準とされる酒の「1単位」は、純アルコールに換算して「20g」。
この1単位を各種アルコール飲料に換算すると以下のようになる。
ビール中びん1本(5%:500ml)
焼酎半合強(25%:100ml)
ウイスキーシングル2杯・ダブル1杯(43%:60ml)
ワイン(12%:200ml)
日本酒1合弱(15%:170ml)
(カッコ内はアルコール度数:量)
体質や体調、体の大きさなどにもよるが、1単位の分解時間は4~5時間といわれているが、そのうえで今成氏は、比較的体が小さい女性は、男性よりもアルコールの分解に時間がかかるため害を受けやすく、アルコール依存症や肝臓病になるのも早いという。
「男性は50代がピークですが、女性は30代。つまり女性は、習慣的に飲み始めてから依存症になるのが早い。量も男性より半分くらいでなるといわれています」
めいめい氏や周囲からはよく「若いから大丈夫」、「若いから飲める」とする声が見られるが、その若い時の飲酒の習慣化こそ、「アルコール依存症」への入口なのだ。
同じく「若いうちならば多飲しても大丈夫というものではない」と指摘するのは、14歳から飲酒、17歳で十二指腸潰瘍を患い、現在はアルコール依存症からの回復を継続しながらASKの飲酒運転防止上級インストラクターを務める、阿部孝義氏だ。
「若いからこそ飲み方をコントロールできない。その間に酒が手放せなくなり、知らない間に依存症になる。まだコントロールできる今のうちに酒の飲み方を改めるべきです」
「数値が出ないなら自由に酒を飲んでもいい」の危険性
無論、だからといって「トラックドライバーは絶対に酒を飲んではいけない」というわけではない。
先の「8時間の休息期間」に対しても、改善基準告示には「完全自由な時間」と定められているため、トラックドライバーでも常識の範囲内ならば酒を飲んでも問題はない。筆者自身、過去にも関連記事を執筆している。
※過去記事
世間が知らない「飲酒運転は悪も、車内飲酒するトラックドライバーを全否定できない事情」
https://news.yahoo.co.jp/byline/hashimotoaiki/20210709-00246886
が、間違えてはいけないのは、「トラックドライバーでも酒を飲んでもいい」と「トラックドライバーが酒を飲むことを肯定的に捉えていい」は、意味合いが全く違うことだ。
述べてきたように、酒はソフトドリンクと違い「依存性」がある。また、摂取後しばらくの間、行動を制限される飲み物だ。
殺傷能力の高いトラックで事故を起こせば、関係のない人たちの命をも奪いかねない。
そのため運転が仕事であるトラックドライバーは、たとえ退勤後であっても、安全運転のために酒とは積極的に距離を取る必要があるのだ。
今回、「酒を毎日のように飲むトラックドライバー」がモデルのドラマが制作・配信されるという発表がなされた際、SNSでは
「アルコールチェックに引っかからないように酒を飲むのがプロドライバー」
「自分も酒を飲んでいる。アルコールチェックに引っかかってないのに文句を言うな」
と豪語する現役ドライバーが次々と出現。
めいめい氏同様、「休みだから」と、酒量を増やしたり、朝から酒を飲んでいる姿をSNSに投稿し、その飲酒を正当化しようとしたりする人も多く見られ、皮肉にもこうしてトラックドライバーに「酒」が浸透している実態が炙り出されるきっかけになった。
そんな彼らが免罪符にしている「アルコールチェック」だが、検査がその都度行われているにもかかわらず、トラックドライバーによる飲酒・酒気帯び運転は年々減少こそすれ根絶されておらず、全日本トラック協会が把握している関連事故だけでもこれだけある。
言わずもがな、これは氷山の一角でしかない。
令和3年中の事業用トラックの飲酒事故事例(全日本トラック協会)
https://jta.or.jp/wp-content/uploads/2022/01/r03inshujikojirei.pdf
令和4年中の事業用トラックの飲酒事故事例(同上)
https://jta.or.jp/wp-content/uploads/2023/01/r04inshujikojirei_.pdf
また、このアルコールチェックはあくまで「体内のアルコール値を表す数字」でしかないことも忘れてはならない。
以前行われたJAFの実証実験では、飲酒した翌朝に測った数値がゼロであっても、運転ミスが目立ったり、「眠気や体のだるさが残っていた」と答える被験者もいた。
飲酒による運転への影響は翌日まで続くのか?(JAFユーザーテスト)
https://jaf.or.jp/common/safety-drive/car-learning/user-test/drunk-driving/drinking-influence
つまり「身体への負担」は、アルコールチェッカーの数値には表れないのだ。
過去記事から述べているように、職業ドライバーでありながら、毎日酒を飲むことを肯定的に捉えるほどの酒好きは、トラックドライバーになるべきではない。
「アルコールチェックに引っかからなければトラックドライバーでも酒は好きに飲んでいい」と解釈し、さらにそれを毎日ポジティブにSNS投稿してしまうドライバーは、プロドライバーだとはいえない。
「毎日酒を飲まないとやっていられない人が、なぜトラックドライバーの職業に固執するのか。ハンドルを握る仕事から今すぐ遠ざかってほしいですね。お酒がそんなに好きならば、殺傷能力の高いクルマに乗る職業じゃなくても、無害な仕事はいくらでもあると思います。お酒がコントロールできなくなってからでは遅い」(井上氏)
いくらでも職業があるなかで、なぜここまで酒に固執する人がハンドルを握る職業を選ぶのか――。
この言葉以上に重いものはない。
中編は、「トラックドライバーのインフルエンサーによる飲酒姿のSNS投稿が業界や社会に及ぼす影響」について綴っていく。
※ブルーカラーの皆様へ
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