なくならないトラックドライバーの飲酒運転~穴だらけの検査と高まる「アルコールインターロック」への関心
今年5月の大型連休最終日、群馬県伊勢崎市の国道17号で、大型トラックが乗用車に突っ込み、2歳児を含む家族3人が死亡した。
事故直後の報道では、ドライバーの脇見や速度超過が原因ではとされていたが、今月、トラックドライバーに飲酒運転の疑いが浮上。
ドライバーの血中からは、酒気帯び運転の基準値を超えるアルコールが検出され、車内からはアルコール度数20度を超える焼酎220mlの空き瓶が2本見つかったという。
トラックによる飲酒運転はいつになったら根絶されるのだろうか。
1999年、東名高速で飲酒運転のトラックに追突され、長女の奏子(かなこ)ちゃん(当時3歳)と、次女の周子(ちかこ)ちゃん(同1歳)を亡くした井上保孝さん郁美さんご夫妻は、今回の事故に対する思いをこう話す。
「25年前、私たちが娘2人を失った事故以来、飲酒運転対策が強化され取り締まりも厳しくなった。その効果も目に見える形で表れてきていたのにもかかわらず、今回の大惨事はこれらの人たちすべての努力を帳消しにするかのように感じた」
トラックドライバーが酒好きになる原因
職業ドライバーには、出勤時に点呼が義務付けられており、その際、必ず専用の機器を使用した「アルコール検査」が行われる。
しかし、こうした飲酒に関する規定のあるトラックドライバーには、皮肉なことに酒好きが多い。彼らの家族からは、
「アルコール検査のおかげで酒量が制限されている父が、定年でトラックを降りた時が今から怖い」
「これまで一滴も酒を飲まなかった兄弟がトラックドライバーに転職して以降、毎日酒を飲むようになった」
といった心配や不安の声が聞かれる。
元々酒に近くなかった人までもがトラックに乗ると酒好きになるのはなぜなのか。
それには、下記のようなトラックドライバーの特殊な労働環境があると考えられる。
1.現場に理不尽やストレスが多い
2.孤独な車内
3.車中泊生活で他にリフレッシュ方法がない
4.体を動かす荷役作業
5.不安定なシフトによって酒の力を借りないと眠れなくなる「寝酒」の習慣
※詳しくは過去記事参照のこと
自らの意思を持って酒と距離を置かなければ、もはや酒のほうから近づいてくるような労働環境。
しかし当然、だからといって酒に甘いトラックドライバーたちに同情の余地は一切ない。
「検査に引っかかったことない」という常套句
そんなトラックドライバーの飲酒問題を取り上げるたび、一部の酒好きドライバーからは毎度こんな声が集まる。
「アルコールチェックに引っかかってないんだから文句を言うな」
「トラックドライバーが酒を飲んで何が悪い」
点呼時のアルコール検査における基準は厳しい。
一般車の場合、酒気帯び運転になる基準は「0.15mg/L」以上だが、トラックドライバーの場合はより厳しく、各現場では「0.00mg/L」という基準を定めているところがほとんどだ。
しかし、この現行のアルコール検査には、「穴」が多いのが実情だ。
今回の群馬県で飲酒運転死亡事故を起こしたドライバーのように、アルコール検査後に飲酒をすれば、当然検査には引っかからない。
過去には、大手の物流企業で社員のドライバーなど6人が業務前のアルコール検査時、「長いチューブ」を使用して別の社員に受けさせるという不正が報じられたこともある。
「日本郵便グループの物流会社 アルコール検査で不正の10人処分」(NHK)
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20240308/k10014383391000.html
つまり、穴だらけのアルコール検査に対して「検査に引っかかってない」としても、それは免罪符にはならないのだ。
トラックドライバーの飲酒運転を根絶させるには、この検査方法そのものを根本から見直す必要があるといえる。
アルコールインターロックとは
そんななか、昨今注目されているのが「アルコールインターロック」だ。
アルコールインターロック(以下、「インターロック」)とは、クルマに繋がれた検知器に呼気を吹きかけ、アルコールが検知されるとエンジンがかからない装置のこと。
クルマは当然、エンジンがかからなければ運転ができない。つまり、物理的に飲酒運転ができなくする装置、といっていい。
使い方は非常に簡単で、ストローのついた検知器に数秒息を吹き込むと解析がスタート。
アルコールが検知されなければ10秒ほどでエンジンの始動が可能。検知された場合は、鍵を回してもエンジンはかからない。
そんなインターロックを日本で唯一製造・販売している会社が、静岡県富士市にある。
「東海電子株式会社」だ。
同社は、元々点呼時に使用するアルコール検知器を開発・販売する会社だった。
しかし、2006年に福岡市で3人の子どもが犠牲になった飲酒運転事故の後、同社社長の杉本哲也氏はアメリカで行われた「アルコールインターロックシンポジウム」に参加。
その時、日本でもインターロックの普及が必要だと感じたという。
2009年の販売開始以降、クルマに付けてきたインターロックは14年間で3000台。
そのうち装着が最も多い車両は「トラック」だという。
「誤作動を起こす」の誤解
今回の伊勢崎市の飲酒運転を受けて、トラックドライバーたちに「インターロックの装着は義務化するべきか」をSNSで聞いてみたところ、約76%が「義務化すべき」と回答。
「やましいことがないなら反対する理由はないはず」
「これで救われる命があるならば絶対付けた方がいい」
実際、すでにインターロックが装着されているトラックに乗っているドライバーたちからはこんな声が届く。
「車中泊が必要なドライバーの車両に付いていました。それとは別に、アルコール反応が出たドライバーの車両にも。 起動してから吹くまでに少し時間がかかるのが難点だが、悲しい事故を減らすには必要だと思う」
一方、反対するドライバーにその理由を聞いてみたところ、最も多かったのが「誤作動の懸念」だった。
このインターロックは昔からドライバーの間では知られてはいるのだが、なぜか「インターロックは誤作動を起こす」という言説が都市伝説のように語られている。
が、それは完全なる誤解だ。
「誤作動」ではなく、むしろ「精度がよすぎる」のだ。
東海電子は先述通り、元々アルコール検知器を製造・販売する会社。
このインターロックの開発ベースもアルコール検知器だ。
点呼時のアルコール検査でも同様に精度がよすぎるがゆえ、検査直前に摂取・使用したものによっては反応してしまうことがある。
しかし、これらを使用すると数値が出てしまうことは、トラックドライバーの間ですでによく知られている。
エンジンをかける前に使用や摂取を控えればトラブルは回避できるはずだ。
不正の手口も研究済み
反対の理由として次に多かったのが「アルコール検査同様、不正は起きる」というものだった。
しかし、メーカーとて「検査のプロ」。不正をしようとするドライバーの心理や傾向、手口も当然研究済みだ。
最もスタンダードなのが「身代わり検査」という懸念だろう。
物理的には可能ではある。
しかし、業務用のインターロックには「カメラ」が付いており、呼気を吹いた時の映像が全て記録されるようになっている。
それに、そもそも出庫後ひとりで回ることの多いドライバーにとって、身代わりに吹いてくれる人はそう簡単には見つからないので、点呼時よりもむしろ不正は難しくなる。
もう1つ、アルコール検査における不正の常套手段でよく聞くのが、「風船に息を吹かせる方法」だ。
空気入れで空気を入れた風船に検知器のストローを繋ぎ、その風船に吹かせる。悪質性の高い不正だが、酒好きが極まるとここまでやるのだ。
しかし、これに対しても同社は対策済みだ。
インターロックで息を吹き切った直後、”一瞬息を吸い込まないといけない機能”を付けたという。
無論、風船にはそんなことはできない。
そして、インターロックに対して最も懸念の声が上がるのが、「飲酒前に呼気を吹いてエンジンをかけたら、その後は好きに飲酒できてしまう」というもの。
また、「冷蔵冷凍車のようにエンジンが終日掛けっぱなしになるトラックの場合、不正は防げないのでは」という声も少なくなかった。
しかし、この懸念も完全に払しょくできる。
実は現在のインターロックには、「抜き打ち検査機能」が搭載されているのだ。
乗車開始から長時間が経過した場合、抜き打ちで測定が促され、仕事中の飲酒運転を徹底的に監視・防止する仕組みがあるのだ。
取り付けはわずか配線4本のみ
「緊急時」の対策も万全だ。
車両の故障やドライバーの急病などがあった場合は、解除ボタンによってすぐにエンジンがかけられる「オーバーライド機能」も搭載。
もちろん、検査のすり抜けとして使用されないよう履歴も残る。
さらに、管理者が設定した時間内は荷卸しや給油などでエンジンを停止させても検査なしで再度エンジンを掛けられる「フリータイマー機能」もあるため、運転効率を下げずに不正を防止できる工夫もされている。
その他に「高価なのでは」や「取り付けが複雑なのでは」という声も聞く。
インターロックは1個20万円ほど。それに年間1万8千円ほどのメンテナンス契約料がかかるが、現在、運送業界も飲酒運転撲滅を高く掲げており、多くの都道府県トラック協会では助成制度を設けている。
クルマへの装置取り付けにおいては、配線はわずか4本のみで、専門のエンジニアによって取り付け時間も3~4時間程度で終わる。
確かにワンプッシュでのエンジン始動よりは時間はかかるが、このように現在のインターロックは、ドライバーたちが思う以上に現場を邪魔せず、飲酒運転や検査の不正を防止できるようになっている。
会社にある全車両に付けずとも、過去にアルコール検査に引っかかったことがあったり、気になる飲酒習慣をしているドライバーのクルマのみでも付ければ、悲惨な事故はぐっと減るはずだ。
海外では普及
国内ではまだまだ関心の低いインターロックだが、世界では普及や研究が進んでいる。
例えばアメリカでは、20年以上も前からインターロック制度が法制化されており、現在においては約40万台のインターロック搭載車が稼働。
州によっては「インターロック限定免許」が存在し、30の州と地域で、全ての飲酒運転違反者にインターロックが義務付けられている。
アジアにおいては、唯一台湾がインターロック導入を法制化。2020年に飲酒運転違反者へのインターロック装着を義務付けた。
また、杉本氏が参加している「アルコールインターロックシンポジウム」は、国を変えて隔年で開催。
今年はノルウェーのオスロで開催され、杉本氏には前出の井上夫妻たちも同行した。
「日本でもインターロックにおいては過去に何度か機運が高まりましたが、装着義務化の議論がいつの間にか下火に。その間、欧米は目覚ましい進歩を遂げています。オスロでは各国の事例と状況報告を聴き、日本のインターロック導入の検討がその端緒にすら立てていない、と歯がゆく感じました」(井上さんご夫妻)
今年で17回目になるが、日本での開催は過去にない。
点呼をしない会社の存在
トラックドライバーの飲酒問題に対して、業界も真剣に取り組んでいる。
ほとんどの運送企業も基準を守り、検査に引っかかったドライバーに対しても乗務禁止や重い処罰の対象にするなどの対応を取っている。
しかし業界のなかには、明らかに数値が出ているにもかかわらず、ドライバーに運転をさせたり、義務になっている点呼やチェックそのものを行わない会社も存在するのが実情だ。
「日をまたぐ長距離運行は、検知器を常備して運行開始、中間点呼、運行終了と検査しなくてはいけないのですが、検査自体やっていないところも多い。やっていても常備してる検知器が感度の低いおもちゃだったりする」
「私の会社では点呼がないのでアルコール検査がなく、飲酒運転が日常に行われている。ある日別のドライバーのトラックに乗ったところ、車内の冷蔵庫に缶チューハイが大量に入っていました」
実は会社が点呼を行わない背景には、業界の大きな問題が絡む。
「運行管理者の人手不足」だ。
“トラックドライバー”の人手不足は、メディアでも取り上げられてきた「2024年問題」で知られるようになったが、実はそのドライバーに点呼を行う「運行管理者」たちの人手不足もまた深刻な状況にあるのだ。
トラックドライバーは一般的な労働者のように「朝出勤、夜退勤」と決まっているわけではない。
未明や早朝に出庫・帰庫するトラックドライバーの対面点呼をするには、その時間に運行管理者も会社にいる必要がある。
ドライバーの数が多ければ、やはり運行管理者も足りなくなるのだ。
現在は、人間の運行管理者の代わりに機械で点呼を行う「IT点呼」が普及し始めているが、こちらもやはり導入には「カネ」がかかる。
皮肉なことに、酒好きのトラックドライバーたちは資金力のない小規模な会社に集まりがちだ。
つまり、こうした機械の導入に、国や団体がより積極的に助成金・補助金を出すなどすれば、人手不足によるチェックのすり抜けの穴も小さくなる。
インターロックを設置することで、無論、現場には多少なりとも負担が増えるだろう。
しかし「出社時大丈夫なら外に出ても大丈夫」という性善説に頼ったあげく、何の罪もない人たちが、一部のトラックドライバーの私欲のために犠牲になり続けている現状には、いい加減終止符を打たねばならない。
現場から聞こえる「トラックドライバーが酒を飲んで何が悪い」という声を聞くたびに、彼らにとっても、他の道路使用者にとっても、「飲んだら乗るな」から「飲んだら乗れない」にしていく時期に来ているのではないだろうか。
※ブルーカラーの皆様へ
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