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繰り返される騒音殺傷事件、いつまで個人の問題として放置しておくのでしょうか

橋本典久騒音問題総合研究所代表、八戸工業大学名誉教授
(写真:イメージマート)

多発する騒音殺傷事件

 今月初めに千葉県で起きたアパート住人の殺人事件が報じられました。内容は以下の通りです。

『騒音に不満で大家の女性殺害か 住人の84歳男を逮捕(千葉テレビ放送)

 3月2日、千葉県市川市のアパートで大家の高齢女性が血を流して死亡しているのが見つかった事件で、警察は11日、殺人の疑いでこのアパートに住む84歳の男を逮捕しました。

 殺人の疑いで逮捕されたのは、市川市国分の無職・眞崎昌男容疑者(84)です。

 警察によりますと、眞崎容疑者は3月2日午後4時ごろ、1階に住む大家の及川知子さん(87)の部屋で、及川さんの胸を刃物で突き刺すなどして殺害した疑いが持たれています。

 及川さんは室内で死亡していた一方、眞崎容疑者は腹から血を流した状態で発見され、病院で治療を受けていましたが、11日退院したため警察が逮捕しました。

 調べに対し容疑を認めているということです。

 眞崎容疑者は2階の部屋の住人で、アパートの騒音に不満を持っていたという趣旨の話をしているということで、警察が事件の経緯を調べています。』

 まだ詳細は不明ですが、被害者の大家の女性が1階に居住、加害者が2階の住人ということで、多分、アパートでの上階からの騒音を巡ってのトラブルだと考えられます。このような事件は枚挙にいとまがありません。少し前には、東京・杉並区のアパートで、79際の男性が同じアパートに住む70代の女性を包丁で刺したとして逮捕されました。容疑者は、「女性が棒のようなもので天井をつついて嫌がらせをしている」と供述していました。

これらの事件は、果たして個人だけの問題でしょうか

 このようなニュースや記事を見ると、短絡的で暴力的な性格の人間が、一時の激情に駆られて起こしてしまった事件のような印象を持ちますが、多くの場合、そうではありません。騒音に関する事件が実際に発生するまでには数か月から、長ければ数年の時間的経過が存在します。その期間の中で、いわば否応なしに事件に向かわされているという背景があるのです。もちろん、どんな状況にあろうと、決して事件を起こさない人もいる訳ですから、性格的な要素が大きいことは否定できません。しかし、事件発生までに多くの時間があるなら、その時間内で何らかの回避措置が取られれば、最悪の状態は防ぐことも可能なはずです。

 では、実際にどれくらいの時間でしょうか、幾つか調べてみたことがあります。2016年に尼崎で起きた騒音殺人事件ですが、加害者となった68歳の男性は、木造モルタルの古い2階建てアパートの1階に住んでいました。その上階には被害者となった62歳の女性が一人で住んでいましたが、事件の3年ほど前から、女性の娘さん(33歳)がお母さんのアパートに子供を連れて度々訪れたり泊まったりするようになり、子どもが少し大きくなると母親に預けるようになりました。高齢者の女性一人の生活と比べれば、小さい子供が加われば上階からの生活音の響き方も激しくなります。加害者の男性は、その頃から何度も上階に苦情を言っていたそうですが、ある時、外で女性に会った時に口論となり、相手をハンマーなどで殴りつけて大怪我を負わし、その後、2階に向かい部屋にいた娘を包丁で突き刺すなどして殺害したのです。3年かけて積み重なった敵意が、一気に殺傷事件に繋がった事件です。

 他の事件についても同様です。最初に起きた騒音殺人事件として有名なピアノ殺人事件(神奈川県平塚市の県営住宅で、4階に住む男が、階下の家族のピアノ音がうるさいと、33歳の母親と8歳、4歳の2人の娘の計3人を包丁で刺殺した事件)では、昭和45年4月に加害者の男が団地に入居し、その2ヵ月後に被害者家族が入居しています。その後、約3年が経過し、昭和48年11月に被害者側がピアノを購入し、翌年の昭和49年8月に事件が発生しています。ピアノ購入以前にも、何らかの確執があったことも考えられますが、直接的なトラブルとしてはピアノ騒音が発生してから約9ヶ月後に事件が起こっていることになります。

 横浜市で起きた上階音による傷害事件では、上階への入居が平成10年の12月、事件発生は翌年の9月であり、これも約9ヶ月で事件発生に至っています。また、北九州市での上階音に関する傷害事件では、上階への入居から約4ヶ月で事件が起き、さいたま市の上階音の事件でも最初のトラブルから約4ヶ月で事件が発生しています。愛媛県今治市の県営住宅で発生した傷害事件では入居から約2年半後に事件が発生していますし、大阪市阿倍野区のワンルームマンションでの事件でも、被害者が入居してからすぐに騒音のトラブルが発生していますが、刺されて殺されるまでには1年5ヶ月の時間が過ぎています。

 繰り返しになりますが、騒音事件はこのように数か月から数年かけてエスカレートしてゆきます。この時間の中のどこかに、当事者が意見や思いをぶつけ合い、それを公正中立な仲介者が両者の関係改善に導いてゆくという社会的システムがあれば、最悪の結末である殺傷事件というものを防げる可能性があるのです。既に紹介した米国のNJCをモデルとした近隣トラブル解決センターという社会システムです。このようなシステムがあることが広く認識され、トラブルの早期ピックアップがなされれば、多くの近隣トラブル、騒音トラブルが最悪の結果を迎えることは防げると考えています。以前の記事「騒音トラブルで起きた最も悲惨な事件とは? ちなみに、ピアノ殺人事件ではありません」で示したように、近隣トラブルによる殺傷事件は、単に個人の問題ではなく、社会的な解決システムが用意されていないことが大きな原因になっているのです。そろそろ考える時期ではないでしょうか。

騒音問題総合研究所代表、八戸工業大学名誉教授

福井県生まれ。東京工業大学・建築学科卒業。東京大学より博士(工学)。建設会社技術研究所勤務の後、八戸工業大学大学院教授を経て、八戸工業大学名誉教授。現在は、騒音問題総合研究所代表。1級建築士、環境計量士の資格を有す。元民事調停委員。専門は音環境工学、特に騒音トラブル、建築音響、騒音振動、環境心理。著書に、「2階で子どもを走らせるな!」(光文社新書)、「苦情社会の騒音トラブル学」(新曜社)、「騒音トラブル防止のための近隣騒音訴訟および騒音事件の事例分析」(Amazon)他多数。日本建築学会・学会賞、著作賞、日本音響学会・技術開発賞、等受賞。我が国での近隣トラブル解決センター設立を目指して活動中。

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