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5年に一度の国交省・マンション総合調査結果発表! 生活音のトラブルは増えているのか、減っているのか

橋本典久騒音問題総合研究所代表、八戸工業大学名誉教授
(写真:長田洋平/アフロ)

 国土交通省が5年に一度発表しているマンション総合調査の令和5年度(調査年度、他も同じ)の最新版が6月21日に発表されました。この統計調査結果の中で、いつも注目している項目があります。それは、マンションでの「トラブルの発生状況」に関する結果です。日本全国でのマンションに関する調査結果ですから、生活音に関するトラブルの最も客観的で信頼のおける統計であり、また、この調査の過去の年度別の結果と比較すれば、マンションでの生活音トラブルの時代変化も把握することができます。

生活音トラブルの調査結果は、改善それとも悪化?

 過去の調査結果では、マンションでのトラブル原因で最も多いのが生活音であり、特に、上階から響く音(専門用語で床衝撃音)の問題です。日常的に頭上から響いてくる足音などは、一度、「うるさい音だ」と刷り込まれてしまえば、それに対する苛立ちを抑えることは非常に困難となり、上下階同士の住民の激しい争いや、管理組合を巻き込んだ騒動へと繋がります。拗れれば裁判での争いに発展し、最悪の場合には殺傷事件につながることさえあります。現在でも、全国の数か所でこの床衝撃音に関する裁判が進められています。 

 時代とともに他人の生活音に対する意識は厳しくなっていますが、建築性能としてのマンションでの床衝撃音遮断性能は良くなっていません。

(前回記事「新築なのになんでこんなに煩いんだ! マンション上階音問題の恐るべき現実、その責任は一体誰にあるのか」参照)

 そのため、マンションでの床衝撃音に関するトラブルが増加の一途を辿る現況を迎えていますが、この傾向は続いているのでしょうか。

 それでは、マンション総合調査(最新版)での「トラブル発生状況」の調査結果を見てゆきましょう。まず、トラブルの項目ですが、発生比率の最も多いのが「居住者間の行為、マナーをめぐるもの」であり、60.5%と他の項目を圧倒しています。ただし、この傾向と数値は、多少の差はあるものの、殆ど毎回同じ状況です。

表-1 トラブルの発生状況の項目と発生比率(令和5年度マンション総合調査結果より筆者作成)
表-1 トラブルの発生状況の項目と発生比率(令和5年度マンション総合調査結果より筆者作成)

 この「居住者間の行為、マナーをめぐるもの」の中に、生活音や違法駐車、ペット飼育などの内訳があり、その発生比率(重複回答)が示されています。図-1が、マンション総合調査(最新版)によるマンション内でのトラブル内容の内訳ですが、生活音に関するトラブルが43.6%と他を圧倒しています。しかも、図-2の年度別の推移を見れば、違法駐車やペット飼育などのトラブル比率は年度毎に減少傾向にありますが、生活音に関するトラブルは逆に増加の傾向を示しており、その差が大幅に拡がっています。生活音トラブルの一人勝ちといった状況です。

図-1 居住者間の行為、マナーに関するトラブル内容(令和5年度マンション総合調査より筆者作成)
図-1 居住者間の行為、マナーに関するトラブル内容(令和5年度マンション総合調査より筆者作成)

図-2 各トラブルの年度別の推移(令和5年度マンション総合調査より筆者作成)
図-2 各トラブルの年度別の推移(令和5年度マンション総合調査より筆者作成)

 それだけではありません。図-3は、マンション完成年度別の生活音トラブルの発生比率を比較したものですが、新しく造られたマンションほど生活音トラブルが多いという驚くべき傾向が続いており、令和2年度以後に造られたマンションでは発生比率が6割に届かんばかりとなっています。この事実は、前回の調査結果(平成30年度)でも確認されていますが、今回の結果ではそれが更に顕著になっているのです。

図-3 生活音トラブルのマンション完成年次別の発生比率(令和5年度マンション総合調査より筆者作成)
図-3 生活音トラブルのマンション完成年次別の発生比率(令和5年度マンション総合調査より筆者作成)

現在の状況は「住生活基本法」に違反している!

 このような驚くべき状況となっている大きな理由として、前回記事で書いたように、マンションの床スラブの設計において床衝撃音遮断性能の正確な予測検討が行われていないことが挙げられます。再度になりますが、敢えて述べておきます。消費者が「良質な住宅を安心して取得できること」はマンション供給の大原則です。一生に一度の買い物をして、いざ住んでみないと床衝撃音の性能が分からないというようなことはあってはならないことです。そして、良質な住宅を安心して取得できるためには、建築設計者が床衝撃音遮断性能の正確な予測検討を行わなければならず、これは技術者としての社会的責務であると言ってよいと思います。その上で、床衝撃音に関する正確な情報を消費者に提供すべきです。

 下記に示すように、「住生活基本法」の第八条では、住宅関連事業者は「住宅の品質又は性能を確保するために必要な措置を適切に講じる責務を有し、住宅に関する正確かつ適切な情報の提供に努めなければならない(要約)」と明記しています。

住生活基本法の一部抜粋(図は筆者作成)
住生活基本法の一部抜粋(図は筆者作成)

 しかし、床衝撃音遮断性能に関してはこれが守られておらず、法律の主旨に反する状況が続いているのです。住宅関連事業者が、床衝撃音遮断性能に関する正確な情報と良質な住宅を一般に提供できていない状況というのは、不作為の住生活基本法違反といえます。このような状況はいち早く解消する必要があり、放置すれば、今後も状況は悪化の一途を辿る恐れがあります。  

騒音問題総合研究所代表、八戸工業大学名誉教授

福井県生まれ。東京工業大学・建築学科卒業。東京大学より博士(工学)。建設会社技術研究所勤務の後、八戸工業大学大学院教授を経て、八戸工業大学名誉教授。現在は、騒音問題総合研究所代表。1級建築士、環境計量士の資格を有す。元民事調停委員。専門は音環境工学、特に騒音トラブル、建築音響、騒音振動、環境心理。著書に、「2階で子どもを走らせるな!」(光文社新書)、「苦情社会の騒音トラブル学」(新曜社)、「騒音トラブル防止のための近隣騒音訴訟および騒音事件の事例分析」(Amazon)他多数。日本建築学会・学会賞、著作賞、日本音響学会・技術開発賞、等受賞。我が国での近隣トラブル解決センター設立を目指して活動中。

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