Yahoo!ニュース

プロデューサーと脚本家が語る『芋たこなんきん』【キャスティング編】

田幸和歌子エンタメライター/編集者
画像提供/尾中美紀子さん

いよいよ最終週に突入した、BSプレミアム再放送中の『芋たこなんきん』。

ゲストキャラなど、細部に至るまで完璧なキャスティングは、どのように行われたのか。本作の企画協力としてクレジットされている外部プロデューサーの尾中美紀子さんと、脚本家の長川千佳子さんにお話を伺った。

いしだあゆみ、城島茂、火野正平をキャスティングした理由

「この人でないと物語が成立しないというくらい理想的なキャスティングができたのは、NHKのスタッフのみなさんと『朝ドラ』の枠の力ですね。NHKに提出するために長川さんが書いたものを間において、漫才の相方のように練り上げていく最中でしたが、秘書の矢木沢さんのモデルになった方とお会いした帰り道に、浮かんできたのがいしだあゆみさんのお名前でした。直前にフジテレビのドラマ『ナニワ金融道・4』を観たんですね。とにかくはじけていてすばらしいコメディエンヌ振りでした。

また、子ども時代・少女時代の町子のお父さんを演じた城島茂さんは、実際に田辺聖子さんのお父さんに似ておられて、ほんわかとした大阪の商家のボンボンの雰囲気があり、脚本づくりの最初から頭の中では勝手に動き始めていました。でもジャニーズさんで、大阪での撮影だし相当難しいと思いつつお願いして『断られたら一から考え直さなきゃ』というところで、お引き受けいただけたと聞いたときはガッツポーズでした。雰囲気も本当にピッタリで、『そのままで大丈夫です。参加していただければ、絶対いいドラマになります』とお約束したことを覚えています」(尾中さん)

ドラマオリジナルキャラで、風来坊かつ、難度の高い「憎めない兄」・昭一を演じた火野正平についてはこう語る。

「ああいうちょっと困りものなんだけど妙に魅力的で明るいお兄ちゃんがいたらな、というのがスタートでした。健次郎さんが一番上では、お父さんと喧嘩することもないでしょう? それで、誰なんだろうと考えながらドラマなどを観ているとき、『大奥~華の乱~』を私も長川さんもちょうど観ていて、私たち2人とも当然ながらよくよく知っている方ですが、頭の中でぼんやり浮かんでいた兄像が、火野さんの顔を見て、『ああ、この人だったのか!』とつながったんです。昭一をはじめとして、イメージした役者さんがNGだったら、たぶんキャラクターごと変えていたと思います」(尾中さん)

「火野正平さんに演じてもらったから、ああいう自由なセリフがすらすらと出てくる面白くて無茶苦茶であたたかいキャラクターができていったんですよね」(長川千佳子さん)

写真:イメージマート

藤山直美の父・藤山寛美の「助さん格さん」を要所に

そんな長男が血を濃く引き継いでいるのが父の喜八郎だ。その喜八郎を演じたのは小島慶四郎。

「舞台で活躍されている藤山直美さんが、ベテランとはいえ、普段とは違う映像の仕事で、しかも半年間もスタジオ撮影が続くわけですから、やはり舞台との違いでストレスを感じることもあると思います。それもあって、同じ舞台で活躍されている方の中から、思い切って松竹新喜劇の重鎮である小島慶四郎さんに健次郎の父親として、またストーリー半ばには落語家・笑楽亭米春の役を同じく松竹の小島秀哉さんにお願いしました。藤山直美さんのお父さんはご存知、喜劇俳優の第一人者の故・藤山寛美さんです。そして、このお二人は藤山寛美さんにとっての〈助さん・格さん〉だと思っていて、スタッフの方々とも出演していただける意義はとても大きいとお話ししていました。やはり直美さんと掛け合いになった時の空気感は絶妙で、何物にも代えがたいものでした。お二人と直美さんとのお芝居を堪能できる、贅沢なことだったと思います」(尾中さん)

喜八郎がホームレスなどを家にどんどん連れて来てしまう話は、風来坊の息子が世間にお世話になっているだろうからという恩返しだったエピソードには泣かされるが、「実際にカモカのおっちゃんのお父さんが、家に連れてきたかどうかはともかく、ホームレスの方などに親切にしていたというのは史実にあるんです」(長川さん)。

「不思議と、奄美大島と大阪というのは、とても近しく感じていたらしいです。どこか南の島の気質みたいなのを受け継いでいるというのが、火野さんなら自然と出てくるんだろうというところもありました。健次郎さんにはそうした面はパッと見ではわからないですけど、たぶんどこかにあって、お兄ちゃんには露骨に出ているんですよ(笑)」(尾中さん)

過去の回想編の光と影を支えた淡島千景、岸部一徳

過去の回想編では戦前の大阪を書くおもしろさと難しさがあった。とはいうものの、克明な記録が作品の中に多数あるので、読み込んでいくうちに、ドラマとして語るべき物語が決まっていったと言う。

「戦争が激しくなる直前までは豊かで明るい生活があった。ほどなく終戦で一変した世界に翻弄される少女・町子。光も影もある暮らしの中で、その生活と人々との記憶が鮮やかであるほど失ったものの喪失感は深い……。後の生き方を左右する主人公の背骨の部分なので、ここは慎重に大切に作っていこうと、尾中さんとプロットを練っていきました。もちろん、笑いは忘れず!」(尾中さん)

信夫が生まれる日の孝子の「子犬が……」や、よぼよぼした産婆さんを見て不安がる町子に「15年前からあんなんや」という徳一。人生の光と影、悲喜こもごもが凝縮されたシーンだった。

「この大事な時間をお任せできる俳優さんとして、バアバアばあちゃんには淡島千景さん、そしてお祖父ちゃんの岸部一徳さんのユーモラスなやりとりなども大切なシーンでした。過去編も、本当にアンサンブルの取れたキャスティングになったと喜んだものです」(尾中さん)

山口智充の出演シーンの撮影はたった1日!

また、終盤では、50歳を過ぎた晴子がバツイチ子持ちの部下と結婚するエピソードも登場する。5人の子持ちで町子にプロポーズした健次郎が、妹のお相手に二人も子どもがいることをボヤき、町子と和代に即座にツッコまれる展開も爆笑を誘った。

「晴子は別に結婚しなくてもいいんですけど、もし結婚するとなったらどういう人なんだろうという話をしている中で、海外青年協力隊に参加していた人で、なかなか組織にはなじまないが晴子を医師として尊敬する部下というキャラクターができてきて、ぐっさん(山口智充)が浮かびました。ただし、当時あまりに多忙で、吉本興業さんに一回は断られているんです。それで、『撮影を短くして全部1日で撮るから』と無理やりお願いしたら、『わかりました、何とかやってみます』と引き受けてもらいました。それで全部1日で撮りきれるように台本を書き換えたんですよ。長川さんのプロの仕事振りでしたね。実際、よく観ると登場シーンは少ないんです。でも、最初にそのキャラクターに対する愛情や信頼を持ってもらえたら、電話のむこうでもそこに確かに〈居る〉印象になるんですね」(尾中さん)

写真:イメージマート

「たこ芳」主人のイーデス・ハンソンは「降りて来た」

『芋たこなんきん』の世界では馴染みまくっているが、よく考えると不思議なのは、「たこ芳」の主人にイーデス・ハンソンがキャスティングされたこと。

「和食の店か、飲み屋さんみたいな場所は最初から欲しいと思っていましたが、決めていたのは設定のみで、たぶん3~4週分を書いているくらいまでキャスティングしていなかったんです。それで、脚本にも途中までふねだか、まさこだか、そんな名前を書いていたんですけど、尾中さんが突然『イーデス・ハンソンさん!』と(笑)。確かにそれはすごいですけど、今どうされてますかね?みたいなところから進んでいきました」(長川さん)

「私が若い頃はよくテレビに出ていらっしゃったんですけど、しばらくテレビでお見掛けしなくなっていたので『イーデス・ハンソンさんが降りて来たんですけど、リアルには出ていただけるものなのか?』と思ったら、なんとすんなりとOKしていただけたと。息子が出てくる週の芝居なんか、本当に素晴らしくて驚かされました。息子のエディ(チャド・マレーン)は当時板尾創路さんと会った時に一緒に会いました。偶然にです。直ぐその帰りのタクシーの中から長川さんに電話して、『りんさんに息子がいて、その息子役がチャド君で、こんな話どう思う?』と聞いたら『あっ、面白いですね』と乗ってくれて。最初、ハリウッドスターは無理があるから香港映画のスターかな、などと話した末にできた設定でした。結果として、あの二人だからこそ、おりんさん親子のエピソードはこちらの思っていたものを越えた素晴らしいものになりました」(尾中さん)

「大阪」にリアリティを与えた言葉、距離感

大阪人のリアリティが、「大阪の人らしい言い回しのセリフ」へのこだわりから生まれている部分もある。

「例えば、晴子が夜帰って来て健次郎にお酒をすすめられて『明日手術やからやめとくわ』と。そうしたら怪我人が運ばれてくる。晴子は『私、よう飲まへんかったことやわ』とつぶやきます。これこそ大阪ことば独特の言い回しですね。標準語だと『私、飲まなくて良かったわ』で、そのまま大阪方言に意訳すると『私、飲まんで良かったわ』でしょうか。でも、大阪の人は『……よう飲まへんかったことや……』と言うんです。大阪ことばとして正しい正しくないじゃなく、大阪的言い回しとか表現方法はたくさんあり、『ほんまほんま』となぜか2度繰り返すのも独特の言い回しでしょう。また、時代によって昭和初期の大阪ことばと、戦時中、戦後、昭和40年代、そして現代では大きく変遷していますし、男と女の違いもあるけど、それよりも社会の中での暮らしや職業による違いもある。そういったそれぞれの『らしさ』が、その時代性や土地柄の匂いを醸し出すんじゃないかなと思い、できるだけ書き分けしています」(長川さん)

「大阪」の描き方について、長川さんはこんな思いを聞かせてくれた。

「大阪って、ド根性とか、ずっとホルモンとたこ焼きしか食べてないみたいな描き方をされることが多くて、それが気持ち悪かったんですね。本当の大阪は商人だからこそ持つ都会的な距離感がきちんとあって、豊かな食卓があるという思いと、田辺先生の世界とが一致して。たこ芳に集う人たちにも、そこには独特の距離感があって、店の主人がいて、お店のルールがあって、その舞台の上でみんなが粛々と過ごす。いかに常連であっても、多数の人に開かれている店の1人でしかないという意識が客側にもちゃんとあって、そういう場所は大阪にも、もちろん東京にもどこにもあって、そういうお店を持つ街は魅力的だなと思うんです」(長川さん)

『芋たこなんきん』では、人々が、街が生きているのは、こうした距離感の心地良さが描かれていることもあるのだろう。

(田幸和歌子)

エンタメライター/編集者

1973年長野県生まれ。出版社、広告制作会社勤務を経てフリーランスのライターに。週刊誌・月刊誌・web等で俳優・脚本家・プロデューサーなどのインタビューを手掛けるほか、ドラマコラムを様々な媒体で執筆中。エンタメ記事は毎日2本程度執筆。主な著書に、『大切なことはみんな朝ドラが教えてくれた』(太田出版)など。

田幸和歌子の最近の記事