危険運転で全身麻痺となった女子大生 検察官に訴えた苦悩と加害者への思い
5月14日、広島地裁で「危険運転致傷罪」に問われている男子大学生(20)の刑事裁判(第2回公判)が開かれました。
被告が運転した車の後部座席で事故の被害に遭い、第5頸椎損傷による四肢麻痺等の重度障害を負った女子大学生(20)の父・石田さん(仮名)は、傍聴席で見たこの日の模様を苦渋の表情で振り返ります。
「被告人は、事故現場の手前で時速150キロ以上出していたことを認めました。その上で、『現場のカーブの状況を知っていた。自分の車は性能がいいので、時速100キロくらいであれば曲がれると考えていた、だから危険運転の意図はなかった』と言ったのです。夜間、片側一車線の暗い一般道を、時速150キロで走ることに恐怖を感じなかったのでしょうか……」
この日の尋問では、被告人が自動車の運転免許を取得してから約1か月しか経っていなかったこと、また、被告人の母が祖母に借金をして買ってもらったという中古車は、納車されてからわずか1週間だったことも初めて分かったそうです。
石田さんは語ります。
「被告人には、自分が初心者だという意識があったとは思えません。法廷では『初心者マークはボンネットとリアガラスの内側に吸盤で張り付けていた』と述べていましたが、私が事故の翌日に撮った車の写真や警察の調書類を見る限り、初心者マークは見当たりませんでした」
■一般道のカーブを時速100キロで走行し、制御不能に……
事故は、2019年10月10日、午後10時半頃、広島県東広島市高屋町稲木の路上で発生しました。
当時19歳の被告が、車の助手席に友人の大学生・Bさん(当時20)を、後部座席石田陽子さん(当時19・仮名)を乗せ、時速100キロを超える猛スピードで一般道のカーブを走行中に制御不能となり、車は転覆。Bさんと陽子さんに大けがを負わせたというものです。
この事故については、すでに3月8日に配信された以下の記事、
『危険運転の被害で女子大生が全身麻痺に 再生医療に希望を託す両親の苦悩』【親なき後を生きる】
で取り上げました。
友人2人を乗せてから、事故を起こすまで約1分。その間に何が起こっていたのかについては上記記事に書いた通りですが、今回の裁判で、石田さんが特に許せなかったのは、娘の陽子さんに向けられた、ある言葉だったといいます。
「被告はこんなことも言ったのです。助手席に座っていてけがを負ったBさんは、走行中に何度も『やめろ!』と言っていたが、後部座席の長女は、『イェーイ』などとテンションが高かったので、喜んでいると思っていた、と。しかし、長女は普段からそのような言葉を発することはありませんし、もちろん本人も強く否定しています。あたかも娘が速度を出せと言ったかのようなこの発言は、到底看過できません。本当に憤りを感じました」
現在、刑事裁判では、この事故が「危険運転致傷罪」に当たるのか否かが争点になっています。
被告人は、
「カーブに進入する前は時速150キロを出していたが、ブレーキを踏んで100キロ近くまで落とした。そのため、危険な運転であるとは認識していなかった」
と主張しています。
対して検察側は、
「仮にブレーキを踏んだとしても、カーブを時速104キロで走行していれば、わずかなミスも許されないため、『危険と認識していなかった』というのは言い訳に過ぎず、危険運転致傷罪の成立は免れないと考えている」
と反論しているのです。
■全身麻痺、被害者の胸の内を綴った検察官への手紙
退院後、名古屋市の実家に戻り、在宅介護を受けている陽子さんは、長距離の移動が困難なため、広島の裁判所に出向いて直接自分の言葉で思いを語ることは叶いません。
そこで今回、広島地検の検察官に宛てて、自身で書いた以下の手紙を提出しました。そこには、一瞬の事故で突然、自ら動かすことのできぬ身体となった切実な思いと悔しさが綴られていました。
<陽子さんが検察官に送った手紙>
広島地方検察庁 検察官殿
いつもお世話になります。事故による四肢麻痺とその併発症状などから、複数の介護者を同行しなければならず、移動が著しく困難です。裁判には出席できませんが、以下に私の意見を述べます。
事故の被害弁償は保険会社が行うと聞いていますが、保険会社は私の再生医療を始め、通例の医療行為さえも支払いを拒んでおり、私をサポートする家族はじめ、弁護士は私が払っている最大の屈辱と、生きる権利を取り戻すために日々昼夜問わずその対応に迫られています。
このような状況の中で事故の加害者は、私の治療を進めるようになぜ働きかけないのか。このまま生涯にわたり、歩くことも、起き上がることも、排泄も食事もできない状態を認知黙認しているのであれば、その罪の意識はあまりにも低いか、または反省はしていないものと考えています。今後、繰り返し被害者への支援を始めるよう伝えて貰いたいと意思表示いたします。よろしくお願いいたします。
石田さんは語ります。
「娘の握力はほぼゼロです。当初は『Eye Tracker』という、視線でPC画面を制御する装置を使っていましたが、ベッドに寝たままでは制御に難があるのと、全く動かないとはいえ手指の運動になると考えて、試行錯誤の末に現在は『iPad』を使用しています。電子ペンでキータイピングをしていますが、当然ながら筆圧や位置も意図したところにはなかなか行きません。このため、このような機器は頻繁に破損しますし、ときおりどこかへ飛んでしまうため、文章を綴るのも容易ではありません。最近は少しの間上体を起こすことができるようになったため、今回の手紙には文末に自筆でサインをしました。震えるような文字ですが、自分の名前4文字を書くだけでも30分ほどかかりました」
■回復への望みをかけた先端治療すら保険会社に却下され……
現在、陽子さんは、常時2~3名による24時間介護を受けながら日々を暮らしています。
ロボットスーツを着用してリハビリに取り組む動画は、前回の記事の中でも紹介した通りですが、今も加害者側の任意保険会社からは、「社会的に相応でない先端医療にかかる費用は、認められない」と、支払いを拒否されています。
石田さんは語ります。
「厚労省によると、日本では年間4~5000人が脊髄損傷を罹患しており、現在の患者総数は10~20万人以上と言われています。さまざまな新しい取り組みが模索されている中、厚労省にも許認可されている治療が、『社会的に相応でない』というのは、いったいどのように理解すればよいのでしょうか。加害者側の保険会社が先端医療や再生医療、ロボットの使用を認めないと告げてきていることが娘の耳に入り、どうにもならない現実が迫っています。娘は精神的にも肉体的にも疲弊し、『どうしたらいいのか教えて。こんなこといつまで続けるの? モルヒネを大量に飲んだら死ねるのかなあ……』とさえ口にするようになっています。なぜ、保険会社は被害者の希望すらかき消すのでしょうか。介護をする親としても、言葉がない状態です。本当に、交通事故被害者は何度も泣かされるのですね。娘が被害者になって初めて、この現状を知りました」
陽子さんは、6月に21歳の誕生日を迎えます。本来なら大学で学びながら、輝くような時間を謳歌していたはずです。
「被告側は、本当に私の現状を理解しているのでしょうか? あの日から、手も足も全く動かず、神経の異常によって強烈な痺れや痛みだけは残り、大学に通うこともできません。毎日、毎日、他人に囲まれ、一人でいる空間や、好きなことをする時間をほとんど与えられず、もう治らないと言われながらも僅かな可能性に賭けてリハビリを続けている私の生活を、一度でもイメージしたことがあるのでしょうか? 私は、ただ明日をより健康に生きるために、耐えがたい屈辱を強いられているのです」
裁判の中で被告のAは、「この度の事故については大変申し訳なく思っているし、今後は免許の取得も自動車も運転しないつもりです」と反省の弁を述べました。また、民事での賠償が済んだら、謝罪に伺いたいと考えているとも……。
しかし、その言葉が判決後に実行されるのか、石田さんは疑問視しているといいます。
「すべてが終わったら謝罪する、免許も取らない、車には乗らない、という文言は、別の事故の裁判で目にしていますが、それが守られないばかりか、事後には全く誠意のない対応をする事例も枚挙にいとまがありません。しかし、犯罪の構成要件として危険運転の意図がなかったことや、反省していることなどを満たせば、刑期は2年から3年と驚くほど短くなったり、執行猶予がついたりするのです。これでは全く抑止にならず、全国で酷似した事故が起こり続けてしまうのではないでしょうか」
初心者ドライバーによる無謀運転事故の大半が「過失」で処理されている中、少年が危険運転致傷罪で起訴されたこの事件は注目を集めています。
次回の裁判は、7月1日、広島地裁にて午後1時半から開かれます。
第2回公判での証言を踏まえて、検察官の論告・求刑、被告人・弁護人による弁論、そして2人の被害者の意見陳述が行われ、次々回の公判で判決が言い渡される予定です。
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