【インタビュー】映画学校から映画業界への道は見つけられるのか?そのために必要な環境とは
■NCWとはどんな学校なのか
冒頭から個人的な話で恐縮だが、以前から映画監督をはじめとしたスタッフの方々、映画会社の方々、映画宣伝会社の方々などと話をしていると、なんとなく「ニューシネマワークショップ(以下、NCW)出身」というコメントを聞く機会が多いように感じていた。調べてみると、2023年時点で、映画監督は58人(今泉力哉監督や深川栄洋監督、森義隆監督、「silent」を手掛けた脚本家の生方美久氏など)、宣伝・配給をはじめとした映画業界へはこれまでに550名以上のOBを輩出しているとのこと。数字を見れば、確かに卒業生に会う確率も多くなるだろうなとは思うのだが、そんなこともあって、そもそもNCWとはいったいどんな学校なのだろうか、というのは前々から気になっていた。
そんなおり、鈴鹿央士、奥平大兼がダブル主演を務める映画『PLAY! ~勝つとか負けるとかは、どーでもよくて~』公開記念と題した、古厩智之監督の特別講座が2月中旬にNCWで行われ、取材する機会に恵まれた。古厩監督は長年、NCWの「つくる」コースでスペシャルスタッフとして実習作品の指導をやってきており、そんな流れからこの講座では「どうやって監督になったか」から「この30年でどのように成長してきたか」「その間、演出の考え方、やり方はどのように変化してきたか」、そして「『PLAY! ~勝つとか負けるとかは、どーでもよくて~』はどうやって撮ったのか」といったトピックをおよそ2時間半の時間をかけてじっくりと語り尽くした。
そこで講座終了後に、古厩智之監督とNCW主宰の武藤起一氏を直撃、話を聞いたわけだが、そのインタビューを紹介する前にまずは古厩監督のプロフィールをおさらいしてみよう。
古厩監督の最新作『PLAY! ~勝つとか負けるとかは、どーでもよくて~』(現在公開中)の予告編はこちらとなる。
さらにインタビューに入る前に、予備知識として「NCW」についての解説も引用したい。
■NCWも27年目になり生徒の気質にも変化が
――NCWも1997年の開校なので、生徒の気質もだいぶ変わってきたのでは?
武藤:今年で27年目になるということもあり、かなり変わっていますね。変わっていないのは生徒の世代くらいで。一番多いのが20代ですが、30代以上も少しずつ入ってきています。「映画クリエイターコース」はけっこう上の世代の人も入ってきているんですが、ただ若い人たちも当然ながらどんどん入れ替わっているので。27年前の生徒さんと比べても、興味の対象など、だいぶ変わってきたと思います。
たとえば「映画ディストリビューターコース」で言えば、昔は、うちに来るような生徒さんはミニシアターで映画を観ていたような人たち、いわゆるコアな映画ファンが多かったんですが、今はそういう人は本当に少なくて。ミニシアター映画だけでなく、ハリウッド映画なども普通にシネコンで観ているような人が多くなっています。
――そんな時代に、ものを作りたい人たちのモチベーションはどのあたりにあると思いますか?
武藤:間違いなく言えるのは、デジタル化によって映画がものすごく作りやすくなったということ。身近にYouTubeなどもあって、簡単に映像を表現できる場があるということで、昔に比べて映画の敷居は低くなっています。だからちょっとでも興味を持って、やってみたいなと思う人たちはすごく増えているのではないかと。ただその分、古厩監督みたいに「何がなんでも映画監督になるんだ」という人はあまりいないかもしれない。昔はそういう人たちはいっぱいいましたけどね。でもだからと言ってそれが悪いというわけではなく、やっていくうちに「これは映画しかないな」と思えるようになる。
■学校で映画を学ぶことに何を求めるのか
実際にうちの卒業生でもそういう監督はいますからね。入ってくるときは軽い気持ちで入ってくるのですが、でもやってくうちに、本当に映画をやらなきゃいけない、映画しかないというようになっていく。そうやって才能が開花した人はけっこういます。そういう意味で入口の敷居は絶対に低い方がいいと思うんですよ。どういう才能が眠っているのか分からないですからね。いい時代になったなと思います。
――古厩監督は日本大学の映画学科で映画を学んだわけですが、学校で映画を学ぶことに何を求めていたのでしょうか?
古厩:自分も入るまでは分からなかったし、今、自分で教えていても感じていますが、学校では何の映画をつくるのか、ということは教えることができないと思っているんです。たとえばゴッホだって、そのモチーフを誰かから教わったわけではなく。それはゴッホが自分で見つけたものですよね。一番大事なものはみんなが自分で見つけるんだよ、ということは言いたいですね。僕らはその手助けをするだけなので。それはあらゆる芸術でも変わらないことだと思います。それと学校で一番すばらしいのは仲間がいることじゃないですか。やはりこういう場所がないと、自分の形は見えないですからね。
武藤:それはまさに僕がいつも言っていることと同じです。デジタルの時代になって、誰でも映画を作りやすくなったわけですが、映画が他の表現と違うのは、ひとりではつくれないということなんですよ。仲間がいることがものすごい大きな力になるわけですが、仲間をつくるならこういう学校みたいなところに行った方がやはり確実ではないかと思っています。
――やはりこれだけOBで活躍してる人がいるというのも、そのあたりのネットワークが大きいのでは?
武藤:おそらくここに通ったとしても、卒業後すぐにプロデビューというわけにはいかないと思うんです。まずは自分でつくる、インディーズという形を取るときに、仲間がいるということは非常に大きな支えになります。仲間がいるからつくり続けられるというのはあると思いますね。それで認められてプロになっていく人たちはたくさんいますから。
■卒業しても作り続けられるから才能が開花する
古厩:僕は詳しくは分かっていないんですが、NCWの制作部というシステムはいいですよね。ここでは卒業しても撮影機材を貸してくれるんですよ。やはりそういう場所がないと。ひとりで映画をやるのは難しいですからね。
武藤:NCWは、卒業した後も“つくること”をサポートしています。機材もそうですし、場所もそう。アドバイスもしますし、プロの役者さんの紹介もしています。制作部ではシナリオのコンペもやっているので、そこで選ばれた作品にはお金も出しています。
古厩:卒業した人も? そのコンペは俺も出していいの?
武藤:卒業生じゃないでしょ(笑)。でもそういうサポートをちゃんとやるというのはうちならではの特色だと思います。卒業してもつくり続けられる環境があるから、才能がいつか開花して、監督になれるという部分はあるのかなと。機材はもちろんですけど、やはり仲間がそのままつながっているということも大きな力になると思います。
――当然、卒業した後もクリエーター人生はつづくわけですから。
古厩:確かに監督って、誰かから監督と言ってもらわないと監督じゃないんですよ。監督と呼んでくれる人が必要なんですよ。そうじゃないと頭おかしくなっちゃいますよね。会社員でもないしね。ミュージシャンならギター1本を持っていれば、俺もミュージシャンだと言えるんですけどね。
――古厩監督も、1995年の『この窓は君のもの』で日本映画監督協会新人賞をとった後の5~6年は映画を撮れずに、ただシナリオを書き続けるという不毛な日々を送られたとおっしゃっていましたが。
古厩:その時期はやはり寂しかったですよ。たったひとりでいると誰も俺のことを監督と言ってくれない。だからたまにプロデューサーのところに行っては「ホン(脚本)を書いてきました!」と言って。そのときは落ち着く。でもまたうちに帰るとひとりになって、みたいな。あれはつらかったな……。だからもしもその時の僕が、NCWの“制作部”に入っていたとしたら救われましたよね。だってどの大学でも卒業したら「お前は何しに来た」って言われるだけですから。
武藤:そりゃ大学のシステムの中では無理だよね。
古厩:すばらしいシステムだと思います。
――そもそもなぜ制作部というシステムをつくろうとしたんですか?
武藤:やはり1年のコースが終わって、それですぐにプロの監督になれるわけではないですからね。それでも監督を目指す人はつくり続けないといけないわけです。でもコースが終わったら、どうしたらいいんだ、という話になりますからね。だからその環境をちゃんとこちらがつくってあげる必要があるのではないかと。正直、これは全然儲けにも何もならないわけですが、ただ自分たちが何を目指しているのかということですよね。その結果、うちがちゃんと実績を残すことができる、ということにもつながるわけですから。そのためにもこのシステムは必要だなと思って始めました。ただ本当に手間は掛かるんですけどね。うちのスタッフも大変ですよ(笑)。
■現役の映画監督が教えられることとは
――現役の映画監督でもある古厩監督がここで講師をやるということは、現役のスキルを伝授することになるんじゃないかと思うのですが。
古厩:いや、でも先ほども言いましたけど、映画監督なんて教えられるものがあるわけではないですからね。映画監督なんて手に職があるわけでもないし。
武藤:でも映画をつくったことがない人は、そのとっかかりさえもわからないですからね。
古厩:でも本当に映画づくりなんて、始めれば誰でも分かるものなんですよ。僕は誰でも分かるようなことしか言ってない。始めていない人からしたら、すごいことをしているように思うかもしれないですけどね。
武藤:確かに監督の仕事というのは説明が難しいですよね。技術的なスキルを持っているのはほかのスタッフであって。それを全部統合するのが監督だからね。
古厩:そうそう、ひとりでは何もできない(笑)。
武藤:でもたとえば最近で言うと、やはりビクトル・エリセの新作『瞳をとじて』はすばらしいんですよ。でもビクトル・エリセ監督の何がすごいのかを説明するのは本当に難しいわけです。たとえば映像がすばらしいとか、音楽がすばらしいとか、美術がすばらしいとか。そういうことなら分かるじゃないですか。でも映画って全部が統合されたものだから。演技がすばらしいと言っても、それは役者のすばらしさなのか、演出の素晴らしさなのか、それは分からないですよね。もちろん両方なんですけどね。そういうことを現役の監督が言っていただくと説得力が違ってくるわけなんで。これは本当に大事なことなんですよ。
――NCWは4月から新学期がスタートするそうですね。
古厩:僕がこっち側から見ていていいなと思うのは、NCWって大学じゃないし、専門学校でもないから。生徒さんがけっこう幅広いなと思うんですよ。
武藤:それこそ昼間に働いている60代の人もいますしね。そうした60代の人が、20代と一緒に映画をつくる機会ってなかなかないじゃないですか。そういうことが経験できるのは面白いですよね。
■映画好きが集まるからこそ相手を肯定できる
古厩:社会人が学生に何か教えてたりするんですよ。そういうのを見てて面白いなって。最近は近所づきあいもあまりないし。自分の親以外で違う世代の人と触れ合う機会ってあまりないんですよね。でもここはけっこう村化していていいんですよ。『ミッドサマー』みたいな感じ?
武藤:それじゃめちゃめちゃダメじゃない(笑)。
古厩:違う場所、違う階層だったり違う価値観を持ってる人が、何か映画に興味あるなっていう共通点だけで集まってると、なんか不思議な強さがあって、違いが許容される場所だってことなんですよね。ここはそれが大前提としてあるので。やはり映画好きが集まってるから、横の人を肯定しようとするような感じがあるんですよ。だからいろんな人が出てくるのかなと。それはここの学校のいいところだと思いますね。昔の私塾のような感じがします。
――そんなNCWも4月から新しいコースが始まるとのことですが。
武藤:ここからは宣伝になりますけど(笑)。うちは映画をつくりたい人と、映画業界に入りたい人のためのふたつのコースがあって。それは日本でうちだけなんです。
最近は、ビクトル・エリセもそうですし、ヴィム・ヴェンダースの『PERFECT DAYS』もそうなんですけど、われわれがレジェンドだと思っている人たちの作品を改めて観て、「映画ってこんなすごかったんだ!」ということを自分としても再確認しているところがあって。ですからそんな映画の素晴らしさを皆さんにも知ってもらいたい。その結果、実際に映画をつくりたい、映画の仕事に就きたいっていう人たちが、これからもどんどん出て来てほしいなと思います。
確かに今、日本の映画業界にはいろいろな問題がありますけど、でも新しい人たちが入ってくれば状況はどんどん良い方向に変わってくると思うんです。わたしは「映画の力って本当にすごいな!」と希望を感じたわけで、だから映画を目指したいと思う人なら、ぜひともそういう経験をしてもらいたいですね。われわれはそういう経験をする機会を与えることができる機関だと思っているので、映画に興味がある方には、ぜひとも来ていただけたらと思っています。
『PLAY! ~勝つとか負けるとかは、どーでもよくて~』
監督:古厩智之
脚本:櫻井剛
企画・プロデュース:広井王子
キャスト:奥平大兼、鈴鹿央士、山下リオ、小倉史也、花瀬琴音ほか
製作年:2023年
配給:ハピネットファントム・スタジオ
https://happinet-phantom.com/play/
【eスポーツ】を題材にした日本初の劇映画である本作は、徳島の高等専門学校を舞台に実在した生徒をモデルに描く青春映画。本音を語らず微妙な距離を保ついまどき世代を、時に笑いを誘いながら等身大に映し出す。今をときめく奥平大兼と鈴鹿央士というふたりの若手有望株を主人公に、『まぶだち』『ロボコン』『武士道シックスティーン』など数々の青春映画の傑作を世に送り出してきた古厩智之監督がメガホンをとった。企画・プロデュースは「サクラ大戦シリーズ」等を手がけ、ゲーム界のレジェンドと称される、広井王子。
映画学校|ニューシネマワークショップ(NCW)
2024年度4月コース説明会は3/24(日)オンラインにて開催
https://www.ncws.co.jp/flow/guidance.html